※本記事は、MIZUHO Membership One(MMOne)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該記事掲載日時点の情報に基づいている。
1.メキシコへの進出方法
メキシコへの進出方法は、現地子会社の設立、現地会社の買収、現地会社とのジョイントベンチャー組成、販売代理店の利用などの方法があるが、本稿では、メキシコに100%子会社を設立することを検討している日本企業に向けて、メキシコにおける法人形態の種類と法人設立手続の概要について説明する。
2.外資規制
メキシコでは、ほとんどの業種で外国資本による100%出資が認められている。本稿では詳述しないが、外資規制があるのは、多くの国と同様に、国家安全保障、自国産業の保護、自国の文化・社会的価値の保護などの観点からの規制である。たとえば、石油・炭化水素、原子力エネルギー、電力系統、放射性鉱物、港湾・空港運営、放送、新聞などの業種で外資規制がある。
3.法人形態の種類
(1)一般的に利用される法人形態
法人形態にはいくつかの種類があるが、日本企業による100%子会社設立という観点で言えば、一般的には、株式会社(Sociedad Anónima、略称「S.A.」)又は合同会社(Sociedad de Responsabilidad Limitada、略称「S. de R.L.」)のいずれかが利用される[1]。この2つの形態が選ばれる主な理由は、いずれも株主が有限責任(会社の債務について株主が責任を負わないというルール)である点にある。つまり、この2つの形態であれば、子会社であるメキシコ法人の債務や責任について親会社である日本法人が責任を負わない。
日本と同様に、合名会社(Sociedad en Nombre Colectivo)や合資会社(Sociedad en Comandita Simple)という形態もあるが、これらは出資者の全部又は一部が無限責任(会社の債務について株主が責任を負うというルール)を負うため日本企業がメキシコに子会社を設立するという場合に利用されることは通常ない。
また、証券市場法(Ley de Mercado de Valores)という法律に基づく投資促進株式会社(Sociedad Anónima Promotora de Inversión、略称「S.A.P.I.」)という形態もある。投資促進株式会社は、株式会社より多くの種類株式を発行できる、利益分配を柔軟に行える、少数株主の保護が手厚い(重要事項に関する拒否権、情報アクセス権、経営陣に対する責任追及訴訟を行使しやすいなど)などのメリットがあるが、一方で、取締役会を必ず設置しなければならないことやコンプライアンスなどに関して株式会社より厳しい規制を受けるという側面がある。100%子会社の場合は一般的にはより簡易な組織運営が望まれるので、あえて投資促進株式会社の形態を選択する理由はなく、通常の日本企業でこの形態を採用しているところはほとんどないと思われる。
(2)支店(Sucursal)
日本の親会社の支店という形態でメキシコに進出することも可能である。支店は親会社と同一の事業をメキシコで行い、収益活動も可能である。ただし、支店は法的には親会社の一部であるため(別の法人格ではないため)、支店の活動については親会社がすべて責任を負う。メキシコで事業活動を行う前提であれば、親会社の有限責任の観点で、支店を選択する理由はないと思われる。なお、支店はいわゆる恒久的施設(Establecimiento Permanente)に該当するため、メキシコにおいても課税される。
(3)駐在員事務所(Oficina de Representación)
支店のほかに駐在員事務所という形態もある。駐在員事務所は親会社から独立した収益活動を行うことができない。駐在員事務所の場合も支店の場合と同様に親会社がすべての責任を負う。駐在員事務所は外国の金融機関により利用されることが多い。
4.子会社設立時に検討すべき事項
子会社設立に関する作業は通常は法律事務所などの外部業者に委託することがほとんどであり、この場合、設立作業に必要な書類の準備や公証などの手続は外部業者が行う。そのため、企業としては設立に必要な書類を自ら用意したり、設立に関する具体的な手続の詳細を理解しておく必要はない。ただし、当然のことながら会社として決定しなければならない項目もある。以下では、会社が決定すべき事項やメキシコ特有の事項について説明する。
(1)法人形態の選択(株式会社vs合同会社)
まず、最初に決める必要がある点は会社の法人形態である。上述のとおり、一般的に株式会社か合同会社のいずれかの形態が利用されるが、両者の主な相違点は以下のとおりである。
|
株式会社 |
合同会社 |
株主[2]の責任 |
有限責任 |
有限責任 |
株主数 |
最低2名 |
最低2名、最大50名 |
必要な機関 |
株主総会 業務執行機関 監査役 |
株主総会 業務執行機関
|
株券の発行 |
必要 |
不要 |
株式の譲渡 |
原則自由、ただし、定款で制限を設けることも可能 |
株主の過半数の承認が必要、ただし、定款で自由譲渡を認めることも可能 |
種類株式の発行 |
発行できる |
発行できる |
上場の可否 |
上場できる |
上場できない |
上記表のとおり、株式会社と合同会社では、株主数の上限、株式譲渡の要件、上場の可否について違いがあるが、これらはいずれも100%子会社を設立する場合は特に考慮する必要はない。そうすると、株式会社と合同会社でもっとも大きな違いは、株券の発行の有無と監査役の選任義務の有無である。
株式会社の場合、合同会社と異なり、株券を発行する必要があるため、手続き上の負担が大きくなる。具体的には、株式譲渡の際の株券への裏書[3]、資本金増減時の新たな株券発行や既存株券の消却、株券紛失時の再発行のための司法手続きなどが挙げられる。これらは合同会社では不要である。そのため、合同会社の方が、会社運営における手続きの簡便さという点でメリットがある。
次に監査役の点であるが、監査役は業務執行者の業務執行を監視・監督する役割を有するが、一般的に、監査役は現地の弁護士等に依頼することが多く、そのための費用が発生する。そのため、監査役の設置は、業務執行者の監視・監督の必要性と監査役の費用とを考慮した上で判断することになる。100%子会社の場合は、一般的には親会社からの駐在員が業務執行者になることが多いため、業務執行者を監視・監督する必要性は相対的に低い。そのため、合同会社を選択し、監査役を設置しないという判断も合理的な選択肢となり得る。
以上の点を踏まえると、株式会社を選択する特別な理由がある場合を除いて、合同会社の方が手続及び費用面で有利であろう。
なお、株主の所在する法域によっては合同会社の場合は、当該法域の税法に基づき税務上のメリットを受けられる可能性がある。
(2)業務執行機関
会社の事業運営や執行を行うのは業務執行機関であるが、株式会社、合同会社いずれも1人の業務執行者[4]だけでも足り、取締役会[5]を設置する必要はない。メキシコ国外に居住している者も業務執行者に就任できる[6]。
業務執行機関について会社が決定する必要があるのは取締役会を設置するか否かである。取締役会は、通常、取締役相互の監視や取締役会決議による意思決定を通して取締役(特に代表権を持っている取締役)の権限濫用や権限逸脱を防止するため設置される。100%子会社の場合には、親会社と子会社が実質的に一体経営(親会社の意思決定に従い子会社が運営される)であり、また、子会社の代表者には駐在員が就任することが一般的であることからすると、代表者の権限濫用や権限逸脱の可能性は一般的には低い。したがって、取締役会をあえて設置しなくても大きな問題が起きる可能性は低いといえる。
なお、取締役会を設置する場合の最低取締役数は2人である。
(3)定款作成
定款の記載事項は日本と大きく異ならない。法定記載事項は、会社名、事業目的、存続期間、本店所在地、資本金、機関設計、利益分配方法、解散・清算に関する事項などである。そのうち、いくつかについて説明する。
①会社名
メキシコでは、会社名の使用には事前に経済省(Secretaría de Economía)の許可を取得する必要がある。経済省は、既存の会社の名称や登録商標との同一性又は類似性や使用が禁止されている用語がないかを審査する。「類似」の判断基準については経済省が「Criterios lingüísticos aplicables a lo establecido en el Artículo 12 del Reglamento para la autorización de uso de denominación y razones sociales」というガイドラインを公表しており、その中で、スペルの違い、単数形・複数形の違い、動詞の活用形の違いなどで判断されると規定されている。
会社名の選定に関して実務上問題となるのは、使用したい社名と同一又は類似する会社名を使用した会社がすでに存在している場合である。この場合は、当該別の会社から許可を得ることで自社の会社名として使用できる。
②事業目的
日本では、実際に行っている事業だけではなく、将来行う可能性がある事業なども含めて幅広に記載することが一般的である。メキシコにおいてもかつては幅広く事業目的を記載することが多かったが、2021年に下請(派遣)に関する法改正が行われた結果、その慣行は見直されるようになった。2021年の同法改正により自社のコア事業に関しては下請業者を利用することができなくなったため、幅広く事業目的を記載してしまうと下請業者を利用できる範囲が狭まってしまうからである。
③株主総会決議事項、取締役の権限
法律上株主総会の決議事項とされているもののほか、定款で株主総会の決議を要する事項を規定することができる。たとえば、一定金額以上の資産の処分や借入などを株主総会決議事項として記載されることがある。これにより業務執行者が勝手に重要な資産を処分することを防ぐことができる。
業務執行者の権限については一般的には定款に規定される。なお、定款で規定すると権限の変更の際に定款変更が必要となるため、重要な点のみ定款で規定し、その他の点は会社と業務執行者間で委任状を作成し、その中で業務執行者のその他の権限や義務が規定されることも一般的に行われる。
④可変資本制度(Capital Variable)
資本金の増減は資本金の変更が伴うため定款変更手続(公証及び登記)が必要となる。かかる手続を回避する方法が可変資本制度(Capital Variable)である。可変資本制度は定款にその旨を記載することで採用ができ、多くの会社が可変資本制度を採用している。可変資本制度の場合、最低固定資本を定める必要があるが、可変部分は不特定とすることが一般的である。
⑤会計年度
メキシコでは日本のように会計年度を自由に選ぶことはできず、1月1日から12月31日が会計年度となる。
⑥カルボ条項
カルボ条項とは、外国企業が設立する子会社の定款に規定される条項である。カルボ条項は、メキシコを含む多くのラテンアメリカ諸国で採用されている条項で、外国人投資家がメキシコ国内での投資に関して、メキシコの法律と裁判所の管轄権を受け入れることを義務付けるものである。具体的には、外国人投資家がメキシコ国内での投資に関する紛争を解決する際に、自国政府の外交的保護を求めないことを約束するものである。
5.会社設立手続
株式会社及び合同会社の設立手続は基本的に同じである。上述のとおり、会社設立手続は外部業者に委託することが一般的である。そして、定款などの会社設立書類のドラフトや各種手続きは外部業者が行う。そのため、各種書面や手続の詳細はここでは触れないが、特別な事業許可が必要となる会社を除き、設立までの手続の流れは以下のとおりである。
①経済省からの会社名使用の許可取得
②現地代理人への委任状の発行[7]及び会社設立書類の作成
③会社設立書類の公証人による公証
④連邦納税者番号(RFC)の取得
⑤登記
⑥経済省での外国投資登録
⑦株式登録簿などの法定書類の作成
なお、委任状や会社設立書類などの必要書類が整ってから会社の設立まで1か月程度かかることが一般的である。
以上
[1] この両者には日本の会社法に相当するLey General de Sociedades Mercantilesという連邦法が適用される。
[2] 「株式」及び「株主」は正確には株式会社の場合に利用される用語である。スペイン語では、会社の持分は、株式会社の場合はAcciónと呼ばれ、合同会社の場合はParte Socialと呼ばれる。持分の保有者は、株式会社の場合はAccionistaと呼ばれ、合同会社の場合はSocioと呼ばれる。
[3] 合同会社の場合は株主名簿の変更だけで株式を譲渡できる。
[4] 業務執行者は、株式会社の場合はAdministradorと呼ばれ、合同会社の場合はGerenteと呼ばれる。
[5] 取締役会は、株式会社の場合はConsejo de Administraciónと呼ばれ、合同会社の場合はConsejo de Gerentesと呼ばれる。
[6] 1人の業務執行者の場合でもメキシコ国外居住者を任命できるが、銀行口座の開設など対面での手続が必要な場合もあるため、メキシコ国外居住者を唯一の業務執行者とする場合には、メキシコ国内に代理人を置くことが一般的である(ただし、必須ではない)。
[7] 委任状はメキシコ国外のメキシコ大使館で公証を受けるか、又は、日本の公証役場で公証及びアポスティーユを取得して、その後メキシコの公証人による公証を受けるかの2つの方法がある。
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