※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2025年7月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
本コーナーでは、通常はブラジル法の紹介をしているが、今回は趣旨を変え、当協会の会員で神奈川県川崎市内の法律事務所で働いている鈴木志帆弁護士に、ブラジルとの出会いやブラジル人との仕事での関わりについて話を伺ったのでそれを紹介する。
Q:まず、自己紹介とブラジルとの関係ついてお聞かせください。
みなさま、はじめまして。川崎市にある澄川法律事務所に所属している弁護士の鈴木志帆と申します。
私は、高校3年生の時(2001年-02年)、ロータリークラブの青少年交換プログラムでサンパウロ州のRibeirão Preto市の高校に派遣させて頂きました。どんな場面でも底抜けに明るくてユーモアを欠かさないブラジル人にすっかりハマってしまって、大学院の修士課程の時(2008年−09年)にもサンパウロ大学(USP)に1年間留学しました。
Q:大学院で留学している時から弁護士を目指していたのですか。
いいえ、当時はブラジルの労働社会学の研究をしていて、そのまま研究者を目指そうかと考えていました。しかし、2009年に帰国すると、地元の静岡をはじめたくさんのブラジル人がいわゆる派遣切りに遭って大変な思いをしていました。その姿を見て、それまではブラジルをはじめ海外にばかり目を向けていましたが、「もっと身近にいるブラジル人に対してできることがあるんじゃないか?」と思うに至り、そこから司法試験の勉強を始めました。
Q:実際にお仕事をしていて、ブラジル人からの相談はありますか。
私の所属している法律事務所は、一般民事(相続、離婚、破産、契約、交通事故等)や中小企業の法務を多く取り扱ういわゆる「街の弁護士(マチ弁)」ですが、相談者や依頼者の半数以上が外国人であるという特徴があります。
ブラジル人の方からの問い合わせも頂いていて、その内容も、相続や交通事故、債務問題、労働、離婚等と多岐にわたります。日本人と同じように日本で働き生活をしていれば、日本人と似たような法律問題に直面します。
Q:ブラジル人をはじめ外国人の方が困っていることはどんなことでしょうか。
やはり、外国人の方は言語の壁のせいで正当な権利を享受できていないと感じることは多いですね。日本人にとっても、法的なトラブルは複雑でよくわからないことが多いですが、ましてや外国人の方は、言語の問題も加わり、さらに複雑で不安な状況におかれていると思います。
例えば、外国人の方が交通事故の被害に遭って通院していたら、加害者側の任意保険会社に、突然、治療費を打ち切られることがあります。この打ち切りは果たして正当なものなのかもよくわからずに、「日本の仕組みではこういうものなのか」と思ってそのまま保険会社の言う通りにしてしまい、まだ治療が必要な状態なのに通院を途中で止めてしまうといったことがあります。
Q:特にブラジル人からの相談が多い分野はありますか。
いろいろなご相談を受けますが、最近では、国際相続の問い合わせが増えているように感じます。
日本には現在、約21万人のブラジル人が住んでいらっしゃいますが、日本に定住したまま生涯を閉じる方も多くいらっしゃいます。在日ブラジル人が日本で亡くなった場合、相続手続きでは、まず、「どこの国の法律が適用されるのか(準拠法の問題)」について考えなければなりません。
準拠法については、日本の「法の適用に関する通則法」という法律の36条が「相続は、被相続人の本国法による。」と規定しているので、被相続人がブラジル人の場合には、ブラジルの法律が適用されます。そして、ブラジルの「Lei de Introdução às normas do Direito Brasileiro」という法律の10条には「死亡又は失踪による相続は、財産の性質及び所在にかかわらず、死亡者又は失踪者の住所地の法に従う。」と規定されています。そのため、日本に住んでいたブラジル人が日本で亡くなった場合は、日本法が適用されると考えられます(ただし「住所地」とはどこか等、別問題もあります)。
また、上記の例で仮に日本法が適用され、かつ日本で相続手続きができる場合であっても、相続人がブラジル国籍でブラジルに住んでいることもあります。日本人の相続人の場合は、戸籍によって自分が相続人であることの証明ができますが、ブラジルには戸籍制度がありません。このため、ブラジル国籍の相続人には、現地の公証役場/登記所(Cartório)で宣誓供述をしてもらい、この宣誓供述書等で相続関係を証明することになります。
このように、国際相続の場合は、準拠法や手続きの内容が日本人の一般的な相続の場合と異なりますので、国際相続の相談の際は、特に事情を丁寧に聞き取ることを心がけています。
Q:最後に、何かメッセージがあればお願いします。
会員の皆様の中には、ブラジルに滞在したり、日本において何らかの形でブラジルに関わったりと、今でもブラジルとご縁のある方がたくさんいらっしゃるかと思います。
もし、皆様のお近くに法律のサポートを必要とされるブラジル人の方がいらっしゃったら、ひとまず弁護士に相談してみるようするようお声がけ頂ければと思います。