※本記事は、一般社団法人日本ブラジル中央協会発行のブラジル特報(2025年9月号)に掲載されたものであり、特段の注記がない限り、当該雑誌掲載日時点の情報に基づいている。
1.はじめに
2025年6月26日、ブラジル連邦最高裁判所(STF)は、インターネット法(2014年法12,965号、通称「Marco Civil da Internet」)の根幹規定である19条について、重要な判断を下した(Tema 987及びTema 533)。社会におけるインターネットの浸透とともに、表現の自由の保障とインターネット上の違法行為拡大への対策という相反する要請が高まる中、今回の判決はインターネットサービスプロバイダーの責任範囲や自律的監督義務の在り方について新たな指針を与えるものである。
2.インターネット法19条の一部違憲と21条の拡大適用
インターネット法は、ブラジルにおけるインターネット利用の指針、権利及び義務を定めた総合的な枠組み法であり、ネットワークの中立性、表現の自由及びプライバシー保護を柱とする。
同法19条は、第三者が投稿したコンテンツに関連する損害について、サービスプロバイダーは「裁判所の削除命令に従わなかった場合にのみ責任を負う」と規定している。この裁判所介在型の責任限定は、「表現の自由」と「事前検閲の回避」を強く意識したものであり、原則としてサービスプロバイダーの自発的な検証や削除を求めていなかった。今回最高裁判所は、「裁判所命令がなければ責任を問われない」という規定が、重大な権利侵害の救済として不十分であり、「例外的な場合には通知や自発的判断での削除義務が発生する」と判断し、19条を一部違憲とした。
なお、インターネット法21条は、非合意のヌード写真などの場合に限定し、裁判所の削除命令がなくても被害者からの「通知」のみでサービスプロバイダーに削除義務を課しているが、今回の最高裁判所の判決は21条を拡大適用するという側面も有している。
3.新たな規制枠組み
本判決により新たにサービスプロバイダー(特にプラットフォーマー)が責任を負う状況は以下のとおりである。
- 重大な違法コンテンツ(テロリズム、自殺の誘発、児童ポルノ、人身売買、差別、女性に対する重大犯罪、反民主主義など)に関しては、裁判所命令や通知の有無にかかわらず、プラットフォーマーには善管注意義務が課せられ、これらのコンテンツが流通しないよう、真摯かつ積極的な対応が求められる。ただし、これらのコンテンツが存在するだけではプラットフォーマーの責任は発生せず、これらのコンテンツを防止又は削除するための適切な措置を講じていない場合にのみ責任が生じる。
- 広告・有料コンテンツの場合、プラットフォーマーが事前承認しているためプラットフォーマーが違法性を認識していたと推定される。また、自動化(ボット)アカウントの場合も同様に、プラットフォーマーが違法性を認識していたと推定される。この場合、プラットフォーマーがコンテンツを削除するために合理的な時間内に真摯に行動したことを証明した場合にのみ免責される。
- 名誉を棄損する投稿に関しては引き続き19条が適用され裁判所の削除命令が要求される。ただし、裁判所が過去に削除を命じた投稿が繰り返し投稿された場合には、新たな裁判所命令がなくても被害者からの通知のみで削除義務が生じる。
- 憲法上の通信の秘密で保護され、かつ、コンテンツ内容に干渉しないサービス(電子メールサービス、WhatsAppなどのインスタントメッセージサービスなど)のプロバイダーに対しては19条が引き続き適用される。
4.プラットフォーマーに対する新たな義務
最高裁判所は、上記新たな規制を実効的に機能させるため、プラットフォーマーに対し、以下の施策を講じることを要求している。
- ユーザーが犯罪や違法行為を報告するための通知システムを構築すること
- ユーザーサポートチャネルを設置し、それを周知させること
- ユーザーが削除決定の根拠を理解し、異議申立てを行うことができる適切な手続きを実施すること
- コンテンツ削除の対応状況に関する年次透明性報告書を作成すること
- 外国のプロバイダーは裁判所命令を受け取る代理人をブラジル国内に設置すること
また、上記3.記載のとおり、プラットフォーマーが責任を負うのは違法コンテンツを防止又は削除するための適切な措置を講じていない場合や速やかに削除しない場合であるため、プラットフォーマーは、違法コンテンツなどを監視するためのシステムの構築が必須となる。また、機械学習アルゴリズムによる自動配信や広告・有料投稿等についてもリスク評価を強化することが必要となる。そして、これらを踏まえて、自社サービスの利用契約等を改訂することが必要になるであろう。
5.今後の法改正
ブラジルの立法機関は国会であるため、本判決のように最高裁判所が新たな義務を課すことは三権分立に反する。本判決もその点は考慮しており、本判決は今後立法により解決されるまでの時限的な措置であることを指摘している。