1.はじめに
2020年8月21日、インド政府は、原産地証明に係る新たなルールとして、貿易協定に基づく原産地規則に関する関税規則(Customs(Administration of Rules of Origin under the Trade Agreements) Rules, 2020)(以下「CAROTAR2020」という。)を制定し、同年9月21日から適用する旨の通達を発出した。インド政府は、自由貿易協定(FTA)締結国を介した迂回輸入による特恵関税の不正利用が横行している現状を踏まえ、2020年2月に公表された予算案の中で、関税法を改正し、原産地証明の手続を強化する方針を打ち出しており、CAROTAR2020は、そのような背景に基づき制定されたものである。
本号では、インドにおける原産地証明制度及びCAROTAR2020の概要を紹介する。
2.CAROTAR2020の概要
CAROTAR2020では、原産地証明に係るいくつかのルールが定められたが、主に(1)輸入者の原産地証明にかかる義務の強化と、(2)税関職員の権限強化について規定されている。
(1)輸入者の原産地証明にかかる義務の強化
(ア)従来の制度と課題
従来、インド国内の輸入者は、日本企業によるインド国内への輸出取引に関して特恵税率(特定国の産品に対して適用される通常よりも低率の関税)の適用を求める場合、日印間の経済連携協定に基づき、輸入貨物に係る原産地証明書(取引対象の産品が、特定国・特定地域において生産・製造・加工されたことを証明する書類)及び詳細情報を提供することが求められていた。
(イ)CAROTAR2020による変更
CAROTAR2020においては、特恵税率の適用を申告する輸入者は、原産地証明書の提出及び詳細情報の提供に加え、Form Iという書式に従った原産品に関する詳細情報を取得することと、すべての根拠資料を輸入申告時から最低5年間保管することが義務付けられることになった。具体的には、(1)輸入品が完全生産品(一つの国又は地域のみで完全に生産された産品)か否かに関する情報、(2)完全生産品ではない場合には、生産プロセスや原産地基準にかかる情報及び根拠データなどの保管が求められることとなった。なお、このForm Iに係る義務は、保管義務にとどまり、当局が原産地性に疑義を持った場合に限り、提出が必要となる。
(ウ)CAROTAR2020による懸念及び当局による説明
CAROTAR2020により、Form Iの作成・保管が義務付けられ、輸出者及び輸入者双方から、輸出者の原価情報等の機密情報の提供を求められるのではないか、入手不可能な情報の提供を求められるのではないかなどが懸念されていた。このような懸念に対して、インド政府はCAROTAR2020に係るQ&Aを公表した。これによると、CAROTAR2020は、輸入者が輸入に先立って原産性に係るデュー・デリジェンスを実施することを促すものであって、原価情報や独自の製造工程に係る情報の保持を義務付けるものではなく、また、入手不可能な情報の提供を求められることはないことが明確にされている。
(2)税関職員の権限強化
(ア)従来の制度と課題
従前、インドの税関職員には、輸入者に対して、原産地証明書が提出された場合に追加情報を求める権限がなく、原産地基準を満たしていないと信ずるに値する理由がある場合にも、特恵関税の適用を否認することができなかった。
(イ)CAROTAR2020による変更
CAROTAR2020においては、税関職員の権限が大幅に強化された。具体的には、税関職員は、輸入者が関連情報の保管を義務付けられる5年間において、原産地証明書に関する追加情報の開示を請求することが可能となり、また、原産地証明の内容に不備がある場合には、特恵税率の適用を否認することが可能となった。さらに、税関職員は、輸入者が期限内に必要情報を提供できなかった場合や、輸入品の原産性に疑いが残る場合は、特恵税率による輸入の停止及び輸出国の当局に対して検認を要請することができることとなった。
(ウ)CAROTAR2020による懸念及び当局による説明
このような税関職員の権限強化に対しては、通関手続に要する時間がかかるのではないか、もしくは通関が不可能となるのではないかといった懸念が示されていた。これに対しては、前記Q&Aおいて、輸入者は税関申告書の提出時にForm Iを提出する必要はないものの、税関職員の要求があった場合は提出しなければならないことが明確にされた。また、税関職員から輸出国に対して原産地情報の検認を求めることができるのは、輸入者が情報提供の指示を受けた情報のすべてを入手できない場合であることなどが明確にされている。
3.コメント
CAROTAR2020によって、輸入者は、税関職員から原産地情報の提供を求められた場合には、Form Iを提出した上、自らが確認した原産地の情報について、税関職員に対して適切に説明する必要がある。このような税務職員による調査に対応するため、日系企業の現地法人等の輸入者は、自らがインドに輸入する製品について、従前よりも原産地情報をより慎重に確認することが求められる。
CAROTAR2020の適用後は、上記の通関リスクを考慮して、CAROTAR2020に係る制度の把握及びこれを踏まえた自社の運用の把握・見直しを行うとともに、期間に余裕を持った輸出入の手続きを行うことが望ましい。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
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