1.はじめに
インド仲裁法(Arbitration and Conciliation Act, 1996)第17条第1項では、当事者は仲裁手続中に仲裁廷に対して「interim measures(暫定措置)」の発動を求めることができると規定され、また、同第2項では、仲裁廷が命じた暫定措置の命令は、インド裁判所の命令と同様に執行可能であると規定されている。
そして、インドでは、従前より、インドを仲裁地(Seat of Arbitration)とする緊急仲裁判断について、同第1項の「interim measures」に該当し、執行力が認められるのかが議論されてきた。すなわち、緊急仲裁判断は、本来の仲裁廷が構成されるのとは別に、選定された緊急仲裁人が判断を下すという特別な手続によるものであるから、通常の仲裁廷による暫定措置と同様に「interim measures」に該当するかという点が問題となっていた。そのような中、近時、インド最高裁判所(以下、「最高裁判所」という。)は、緊急仲裁判断についても同条項に基づく執行力を認める判決(Amazon.Com Nv Investment ... vs Future Retail Limited on 6 August, 2021。以下、「本判決」という。)を下した。
本号では、本判決の概要を紹介するとともに、本判決を前提とした緊急仲裁人による緊急仲裁判断の執行可能性について検討する(なお、本号において、「緊急仲裁判断」の語には、仲裁廷が下す暫定措置を含まず、緊急仲裁人による緊急仲裁判断のみを意味するものとする。)。
2.本判決の内容
(1) 事案の概要
Amazon.com NV Investment Holdings LLC(以下、「Amazon」という。)は、Future Coupons Pvt Ltd.(以下、「FCPL」という。)との間で株主間契約を締結し、FCPLを経由してその子会社であるFuture Retail Ltd.(以下、「FRL」という。)に投資していたところ、FRLが小売店舗をAmazonの競合他社に売却しようとした。そこで、Amazonは、FRLに対して、株主間契約上の競合禁止条項に基づく差止めを求め、インド国内を仲裁地として、シンガポール国際仲裁センター(以下、「SIAC」という。)の仲裁規則に基づき、緊急仲裁を申し立てた。
これを受けて、SIACの緊急仲裁人はAmazonの主張を認める判断を下したが、FRL側は取引を強行する姿勢を見せた。そこで、Amazonは、デリー高等裁判所に対し、緊急仲裁判断の執行を申し立て、最高裁判所においても審理されることとなった。
(2)判決の概要
最高裁判所は、緊急仲裁人による判断も通常の仲裁廷による判断と異なることはないこと、および、当事者は、緊急裁定手続に参加し、SIACの仲裁規則に基づく判断に拘束されることに同意していることから、事後に緊急仲裁判断に従わないと主張することは許されないこと等を指摘し、SIACによる緊急仲裁判断には、インド仲裁法第17条により執行力が認められると判断した。
3.最高裁判断を前提とした緊急仲裁判断の執行力に関する留意点
本判決を契機として、主に以下の3つの論点について、議論がなされている。
(1) インド以外の国を仲裁地とする緊急仲裁(いわゆる国外仲裁)について
インド仲裁法第17条に基づく執行力は、インド国外を仲裁地とする緊急仲裁判断についても認められるか。
同条は、そもそも、インド国内仲裁を前提とした規定であり、本判決もインド国内を仲裁地とする緊急仲裁判断について判断したものである。したがって、本判決の射程は及ばず、国外の緊急仲裁判断にはインド仲裁法第17条に基づく執行力は認められないと考えられる。
ただし、インド国内の裁判所による暫定措置(interim relief、インド仲裁法第9条。)を求める際に当該判断を援用することや、インド仲裁法第2編の規律に従いニューヨーク条約やジュネーブ条約に基づく国外仲裁の執行を求めること等があり得よう。
(2) 仲裁合意の当事者以外の者も緊急仲裁判断に拘束されるのか
本判決では、AmazonとFCPLとの間の仲裁合意であったにもかかわらず、当事者ではないFRLに緊急仲裁判断の執行力を認めていることから、仲裁合意に拘束される者の範囲が問題となる。
本判決では、インドのグループ会社に関する判例理論である「Group of Companies Doctrine」に従って、当事者ではないがグループ会社であるFRLにも仲裁合意の効力が及ぶと判断された。しかし、例えば、ICC規則第29条第5項のように、仲裁規則によっては、仲裁合意に拘束される者の範囲が明確に示されている場合もある。仮に、契約当事者がICCによる仲裁を合意している場合には、本判決とは異なり、合意当事者ではないグループ会社に執行力を認めないと判断される可能性もあろう。
(3) 当事者が緊急仲裁手続に参加しなかった場合の緊急仲裁判断の執行力について
当事者が緊急仲裁手続に参加しなかった場合であっても、緊急仲裁判断の執行力は認められるか。
上述したとおり、本判決は、当事者が、緊急仲裁手続に参加し、仲裁機関の規則によることに同意していたことを、執行力が認められる根拠の一つとしている。そのため、当事者が緊急仲裁手続に参加しなかったのであれば、本判決の判断の前提を欠くと考えられ、このような場合の判断については今後の議論が待たれるところである。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/小川聡/本間洵
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