1.はじめに
暗号資産及びNFTは、近年、世界的に盛り上がりを見せている分野である。それはインドにおいても同様であり、インドの暗号資産及びNFTの市場は急成長を遂げている。また、2022年2月に発表された予算案において、暗号資産及びNFTによる所得に対して30%の課税をすることが発表されるなど、近時の法規制の動きも大きい。
本号では、暗号資産及びNFTの概要とインドにおける法規制の状況を概観したい。
2.暗号資産/NFTとは何か
(1)暗号資産
まず、一般に、「暗号資産」とは、ブロックチェーン技術(分散型台帳技術)等を用いて取引の安全性を確保したデジタル上の資産であり、ビットコイン等に代表されるように、代替性があるもの(すなわち同じ数量の他のビットコインと交換できる)を指す。
従前は「仮想通貨(virtual currency)」と呼ばれていたが、現在では「暗号資産(crypto-asset)」という名称が定着しつつある。(なお、ビットコイン等代替性のある資産は、インドにおいては「暗号通貨(cryptocurrency)」と表現されることがあるが、本号においては、日本の用語法にしたがって「暗号資産」と記載する。)
(2)NFT
「NFT」とは、Non-Fungible Tokenの略称であり、ブロックチェーン上で発行されるデジタルトークンであって、ビットコイン等の暗号資産とは異なり、非代替的なもの(この世に1つしかない固有のものや、少数限定のものなど)を指す。
通常、容易に複製や改ざんがなされてしまうデジタルデータについても、NFTを利用することによって、その固有性・稀少性等の価値を認めることができるようになったため、現在では、例えば、デジタルアート、ゲームアイテム、トレーディングカード、スポーツ選手の動画等が世界に一つだけのもの又は少数限定のものとして(時に極めて高額で)取引されている。
これらの取引は、ブロックチェーン上で契約を自動的に実行する仕組み、いわゆるスマートコントラクトによってなされているので、例えば、オリジナル作品のクリエイターから最初にデジタルデータの譲渡を受けた者が、次に誰かに譲渡をする際にも、クリエイターに一定額のロイヤリティが入る仕組みも容易に構成することができる。このような制度設計の容易性も、NFT取引を促進する要因の一つといえる。
3.インドにおける暗号資産/NFTの法規制
(1)暗号資産の法規制
インドにおいては、2013年に中央銀行であるインド準備銀行(Reserve Bank of India(RBI))が、国民に対し、暗号資産に伴う法的リスク等につき警鐘を鳴らしたが、国内における暗号資産の取引額は増加の一途を辿った。そこで、インド準備銀行は、2018年、国内の金融機関等に対して、暗号資産を取扱う事業者と取引すること及びサービスを提供することを禁止する旨の通知を出し(RBI/2017-18/154 DBR.No.BP.BC.104 /08.13.102/2017-18))、その後、2019年に、インド政府は、暗号資産の取引等を禁止する法案(The Banning of Cryptocurrency and & Regulation of Official Digital Currency Bill, 2019)を公表した。こうした動きに対し、2020年にインド最高裁判所は、上記2018年のインド準備銀行による通知に関し、インド準備銀行は暗号資産の取引等を規制(regulate)することはできるが、禁止(ban)することはできない旨の注目すべき判決を下した。
インド準備銀行は、2021年、金融機関等に対して、(暗号資産を取り扱うことは可能であるが)すべての暗号資産の取引において、マネーロンダリング防止法(Prevention of Money Laundering Act, (PMLA), 2002)及び外国為替管理法(Foreign Exchange Management Act (FEMA))の遵守を求める旨の通知を出した(RBI/2021-22/45 DOR. AML.REC 18 /14.01.001/2021-22)。また、同年、インド政府は、上記2019年の法案に替わるものとして、暗号資産を禁止するのではなく規制(regulate)することを目的とする法案(The Cryptocurrency and Regulation of Official Digital Currency Bill, 2021)を公表し、今後国会での議論が予定されている。
(2)NFTの法規制
インドでは現時点においてNFTに関する個別の法規制は存在しない。したがって、既存の法令の解釈にしたがって、それらの適用があるかを検討する必要がある。
まず、NFTに関連する取引は、上述したとおり、スマートコントラクトを通じて自動的に実現される契約であるから、契約法(Contract Act, 1872)や情報技術法(Information Technology Act, 2000)が適用されることになると考えられる。
また、NFTの対象となるデジタルデータが著作物であれば、著作権法(Copyright Act, 1957)にしたがった取扱いが必要になる。ここで、特に注意が必要な点として、著作権法上、著作権の譲渡は、その旨が紙の契約書上で明記されない限り、有効に譲渡されることはないことが挙げられる。NFTの取引においては、上述の通りスマートコントラクトが用いられることから、仮にスマートコントラクトに著作権の譲渡を記録したとしても、著作権法上は、NFTの購入者には、NFTの対象となっているデジタルデータを保有する権利が移転するのみで、オリジナル作品の著作権が譲渡されることにはならない。この点については、早期の法改正が望まれるところである。
さらに、NFTが証券(Security)であると考えれば、証券契約規制法(Securities Contract (Regulation) Act, 1956 (SCRA))の対象となる可能性もある。
なお、金融機関等に対して、暗号資産取引において、マネーロンダリング防止法及び外国為替管理法を遵守することが求められていることは前述したとおりだが、これがNFTの取引においても同様の法律の遵守が求められているかどうかは現時点で明らかではない。
4.暗号資産/NFTへの課税
以上のような議論の状況下において、2022年2月1日に、インドの2022年度(2022年4月~2023年3月)の予算案が発表され、この中で、新たに「仮想デジタル資産(Virtual Digital Asset(VDA))」の移転による収入に対して30%の所得税を課すことが発表された。
(なお、同予算案の概要については、先月号のインド最新法令情報を参照されたい。
■インド最新法令情報2022年2月号「2022年度予算案に示された政策方針」https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13241.html )
ここでいう「仮想デジタル資産」の定義は、デジタル上で交換価値があるものを広くカバーするものとなっており、NFTについても、中央政府が官報で指定したものがこれに含まれることが明記されている。ただし、通貨(Indian currency及びforeign currency)はこの定義から除外されており、インド準備銀行が今後発行する予定であるとされるデジタル通貨「デジタルルピー」についてはこの定義に含まれないと考えられる。
また、「仮想デジタル資産」の取得に要した費用以外の費用控除は認められておらず、取引から生じる損失の繰越しや他の取引からの収入との相殺も認められていない。
すなわち、暗号資産やNFTの取引によって生じた収入には、特段の費用控除なく、30%という高額な課税がされることとなったため、これらの取引に関与する場合には税務上の取扱いに注意が必要となる。
5.最後に
以上の通り、暗号資産及びNFTに関する法令等のルール整備は発展途上であり、多くの法的問題は既存の法令の枠組みの中で整理せざるを得ない状況である。一方、直近の予算案において、インド政府が、暗号資産/NFTへの課税を発表したことで、少なくとも暗号資産/NFTに対し合法的であるとのお墨付きを与えたうえで、規制・課税していく方向性は明確になったといえる。今後様々な法令やガイドライン等が整備されていくものと思われ、最新情報へのアクセスが欠かせない。例えば、2022年2月に、インド広告基準評議会(The Advertising Standard Council of India(ASCI))が、暗号資産/NFTに関するガイドラインを公表し、本年4月から適用されることになっている。本法令アップデートにおいても、暗号資産/NFTに関する新たな動きは適宜紹介していくこととしたい。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/白井紀充/本間洵
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