1.はじめに
「ESG」とは、環境(Environment)、社会(Social)及びガバナンス(Governance)を意味し、「ESG投資」とは、一般的に、環境・社会・ガバナンスに焦点を当てた投資のことをいう。企業価値の維持及び向上のためには、環境、社会、ガバナンスに配慮した事業活動に取り組むことが有益であるという考えの下、投資先となる企業によるESGへの取組みに対する関心がグローバルに高まっている。
このような潮流を受け、インドにおいても、企業のESGへの取組みに対する関心は高まっており、関連する法規制の動きも活発である。インド証券取引委員会(Securities and Exchange Board of India(SEBI))は、2021年5月5日、上場企業上位1,000社について、毎年、事業の責任及び持続可能性に関する報告書(Business Responsibility and Sustainability Report(BRSR)。以下、「本報告書」という。)の提出を義務化すること(以下、「本制度」という。)を発表し、2022-23会計年度から運用されることになった。現在、本制度の実際の運用状況やインドの投資への影響が注目されている。
本号では、インドにおけるESG投資の現状を検討した上で、本制度の概要を解説する。
2.インドにおけるESG投資の現状
(1) ESG投資への関心の高まり
インド企業の不祥事が少なくない現状からすれば、インド企業への投資の際に、「ガバナンス(Governance)」の面での企業リスクを検討する必要性は高い。また、インドは、他の新興国と比べて、早くデジタル化が進み、インターネットを通じてより多くの情報を得ることができる。とりわけ、インドでは、水質汚染や大気汚染等の環境問題から、「クリーンエネルギー」や「農業」に関する取組みを行っている企業への関心が高く、「環境(Environment)」や「社会(Social)」の側面も強く意識される。その他にも、貧富の差、教育格差、公衆衛生等、インド特有の社会課題を踏まえた、「教育」や「ヘルスケア」に関する取組みを行う企業も関心を集めている。
実際に、今回の新型コロナウイルスによるパンデミックの期間中である2020年第1四半期には、ESGへの取組みを推進している企業が、他の企業と比較して高い収益を生み出していたことが明らかになっている。また、ESGを意識した企業の買収を主軸としたファンドも数多く組成されており、ESG投資を行う投資信託の選択肢も少なくない。2021年のESG投資を行うファンドの運用資産残高は1230億インドルピーとなり、2年前の数字の約5倍となったとされる。
(2) ESGに関する法規制
近年、インドでは、会社法、労働法、倒産法、個人情報保護法等の多くの法令の大改正が進められており、ESGに対する意識の高まりは、これらの法改正においても反映されている。
例えば、CSR(社会的責任活動)に関して、会社法上、一定規模以上の企業について、CSR委員会を設置し、直近3会計年度の純利益の平均2%以上をCSR活動に支出することが義務付けられており、かかる義務を果たさなかった場合には、罰金が科される可能性がある。かかるCSR活動には、純粋な社会的な活動のみならず、環境保護活動も含まれるため、企業が行うべきESG(特に「社会(Social)」及び「環境(Environment)」)の取組みの一部について、会社法がESG の実行を促進しているとも評価できる。
その他にも、会社法における一定以上の規模の企業について女性取締役の選任を義務付ける規定や、セクシャル・ハラスメント防止法における10 名以上の従業員を雇用する全ての職場において社内セクシャル・ハラスメント委員会の設置を義務付ける規定等についても、同様にESG の実行を促進するものとして位置づけられる。
これらの規定は、直接的には企業によるESGの実行を促進するものであるが、究極的には投資家のインド企業に対するESG投資を促進することをも意図したものと言えよう。
3.本制度の概観
本制度において、上場企業上位1,000社(各会計年度の3月31日時点で計算された時価総額による)は、2022-23会計年度から、毎年、本報告書を提出することが義務付けられた。本報告書におけるESGへの取組みの評価は、「全般(General)」、「環境(Environment)」、「社会(Social)」、「ガバナンス(Governance)」の大項目について、例えば、「環境」については、「環境への重要な影響、リスク及び懸念点」、「エネルギー消費及びその程度」「水の消費及びその程度、水の回収及び排出」その他詳細な項目について、定性的・定量的な報告が求められている。
本報告書の提出が義務化される以前は、インドの上場企業上位1,000社は、証券取引所に対してビジネスの責任に関する報告書(Business Responsibility Report(BBR))という書面を提出する義務があった。しかし、ESGへの取組みに関する開示事項の達成の有無をチェックすれば足りる部分も多く、ESG投資を意識する投資家にとって有益な情報とは評価されていなかった。
一方、本報告書では、投資家に対して適切な情報提供をすることを企図して、GRIスタンダード等のESGに関する国際的な標準等に基づいた、より詳細な項目についての定性的・定量的な報告が求められる。本制度によって、投資家への情報提供がより有意義なものとなることが期待される。
4.おわりに
現状、本報告書の提出が求められるのは、上場企業上位1,000社のみであるものの、インドにおいては、ESG投資への関心が増してきており、今後も、ESG投資を推進するための法整備が進むことが予想される。日系企業においても、インド企業に投資する場合には、本制度やESGに関連する法制度を意識することが求められると言えよう。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/小川聡/本間洵
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