1.はじめに
2022年5月19日、インドの会社法審判所(National Company Law Tribunal。以下「NCLT」という。)のChandigarh支部は、パナソニックグループのインド法人であるPanasonic India Private LimitedとPanasonic Life Solutions India Private Limited(以下2つの会社を総称して「申請会社」という。)の合併(以下「本件合併」という。)について、本件合併の主な目的が繰越損失の引継ぎにあり、一般的租税回避否認規定(General Anti Avoidance Rule(GAAR))が適用される等のインド税務当局による異議を退けて、本件合併を認める旨の判断を下した。
2.事案の概要
本件は、申請会社がインド会社法(the Companies Act, 2013)に基づきNCLTに対して本件合併の承認を求めたところ、税務当局が本件合併に異議を述べた事案である。
税務当局及び申請会社の主張、並びにNCLTの判断は以下のとおりである。
(1) 税務当局の主張
・本件合併は、商業的合理性がなく、その主な目的は、Panasonic India Private Limitedの143億7千5百万ルピーの繰越損失をPanasonic Life Solutions India Private Limitedに移転させ、今後発生する黒字と相殺することで租税上の利益を得ることにあるから、インド所得税法(the Income Tax Act, 1961)第96条の一般的租税回避否認規定が適用され、合併は認められない。
(2) 申請会社の主張
・インド所得税法は、第47条において、合併等に関する税務上の中立性(安全性)を担保するための規定を置いており、当該条項の要件が充たされる限り、税務当局は自らの利益を害するものであると主張できない。
・本件合併は、営業コストの減少、調達の効率化、顧客価値の上昇等の商業的な目的があり、租税上の利益を得ることを目的としているわけではないから、インド所得税法第96条の要件を充足せず「許されざる租税回避の取り決め」(Impermissible avoidance arrangement)には当たらず、一般的租税回避否認規定の適用は認められない。ボーダフォン事件(インド最新法令情報‐(2021年9月号)株式のオフショア間接譲渡課税に関する法改正‐の2「ボーダフォン事件」とインド最高裁判所の判決にも一部その内容を記載しております。)によれば、税務当局はその唯一の目的が租税回避にあり、ビジネスあるいは商業的な実態を欠く場合にのみ、一般的租税回避否認規定を適用することができる。
・インド所得税法第72条A及び同法規則第9条Cは、組織再編による繰越損失等の引継ぎ及び利用につき充たすべき要件を規定しており、税務当局は、税務調査時にこれらの条件が充たされているかどうかを確認することができる。
(3) NCLTの判断
NCLTは、以下のとおり述べて、本件合併を承認した。
・本件合併は、申請会社が主張するように、事業統合を目的としたものであって、租税上の利益は単なる結果に過ぎない。
・インド所得税法は、繰越損失等の引継ぎ及び利益との相殺が認められない場合の要件について株式保有形態の変更がある場合を含めて同法72条A、同法規則9条C及び同法79条で具体的に規定しており、これらの規定により税務当局の利益は充分に保護されている。
・本件合併がNCLTに承認されたとしても、これによりインド所得税法の規定が効果を失うわけではなく、税務当局は同法に基づく税務調査において、繰越損失等の引継ぎ及び利用の可否や一般的租税回避否認規定の適用について判断することができるのであり、これらは同法に規定された手続(例えば、一般的租税回避否認規定の適用については同法第144条BA)に従って発動されなければならない。
3.本件判断の意義
インド所得税法では2017年に一般的租税回避否認規定が導入されたところ、インドの税務当局は、NCLTに対して過去にも一般的租税回避否認規定の適用を主張し、会社再編計画に対して異議を述べることがあった。本件判断において、NCLTは、組織再編が結果的に租税上の利益をもたらすとしても商業的合理性が認められる場合があることを認めたうえで、一般的租税回避否認規定が適用される旨の税務当局の主張を退け、インド会社法の関連規定を充足していることを理由に本件合併を承認した。かかるNCLTの判断は、インドにおいて会社再編を志向する事業者にとって合併申請における有利な先例となりうる点で歓迎すべき判断といえる。
一方で、NCLT は、インド所得税法の組織再編に関連する各規定により税務当局の利益は担保されているとしたものの、申請会社が実際に各規定を充たしているかどうかについては判断していない。また、NCLTは、合併の承認とは別に、インド所得税法上の手続において一般的租税回避否認規定が適用される可能性について言及している。
よって、インドで合併等の組織再編行為を検討する企業は、仮に当該再編行為がNCLTによって承認されたとしても、NCLTが一般的租税回避否認規定の適用の有無を積極的に判断したような場合は格別、税務調査において、別途税務当局から、インド所得税法上の各規定を充足していることを示すよう求められる可能性があることに留意する必要がある。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/白井紀充/山田怜央
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