1.はじめに
2022年5月23日、デリー高等裁判所は、当事者間で合意した契約条件が商業的に履行不能になったという理由で仲裁人が当該契約条件を変更した仲裁判断に対し、当該仲裁判断の効力を否定する司法介入を行った(以下「本判決」という。)。
インドにおいては、仲裁判断が「公序(Public Policy)」に反する等一定の要件に該当する場合、裁判所が仲裁判断の効力を否定することが仲裁法上認められる。しかしながら、近年の仲裁法の改正では裁判所による積極的な司法介入を抑制する方向での変更が行われ、また、インド最高裁判所は、2021年3月4日、仲裁判断への司法介入に関し謙抑的な立場をとることを前提とする判断を下し、仲裁判断への司法介入に謙抑的な傾向となっている。なお、インド最高裁判所による2021年3月4日の判断については、過去のインド最新法令情報を参照されたい。
■インド最新法令情報2021年6月号
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12646.html
本判決では、上記のような傾向にもかかわらず、裁判所が仲裁判断に司法介入をするという判断をしている。これは、合意は守られるべきという原則を改めて示し、かかる原則に反する仲裁判断には司法介入も妨げられないことを示したものとも言える。本判決は、インドでビジネスを行う日系企業に対し、契約上の問題を仲裁で解決することに限界があることを示し、契約条件を精査して契約を締結する必要性を改めて注意喚起するものと評することができる。
2.本判決の概要
(1) 事案
Jindal Rail Infrastructure Ltd(以下「受注者」という。)は、入札によりMinistry of Railways(以下「発注者」という。)との間で貨車の製造および供給契約を締結した。当該契約には、発注者が当初の発注と同じ価格で発注量を最大30%増やすことができるという契約条件(以下「本条件」という。)が含まれていたので、発注者は、本条件に基づき当初の発注と同じ価格(1台当たり1,080,000ルピー)で追加発注した。しかしながら、当該価格は、その間の入札にかかる契約金額(1台当たり1,450,000ルピー)と概ね一致すると考えられる、追加発注時点の市場価格を大幅に下回っているため、受注者が本条件は商業的に履行できないと考え、仲裁を申し立てた。
仲裁人は、発注者は市場価格を無視して本条件に基づき追加発注をすることはできない(すなわち、本条件に基づく追加発注は、商業的に履行不能な場合には行うことができない)と契約内容を変更して、受注者は本条件に基づく追加発注に応じる義務はないとする判断を示したので、発注者は、デリー高等裁判所に異議を申し立てた。
(2) 争点
仲裁人は、当事者間で合意した契約条件が商業的に履行不能になったという理由で、当該契約条件を事後的に変更できるのか。
(3) 判断内容
デリー高等裁判所は、仲裁判断において契約条件の解釈を行うこと自体は否定しなかったが、契約条件を事後的に変更することは例外的な状況でのみ可能であるという最高裁判決(PSA SICAL Terminals Pvt. Ltd v. Board of Trustees of V.O. Chidambranar Port Trust Tuticorin and Ors.)を踏まえ、受注者が契約時に異議を唱えなかった契約条件を仲裁判断で事後的に変更することに慎重な姿勢をとった。
結果として、デリー高等裁判所は、この争点について、当事者間の契約条件が後に商業的に履行不能になったという理由のみで、仲裁判断で契約条件を変更することはできないとし、発注者の異議を認めた。
3.日系企業への影響と留意すべき点
契約という法的拘束力のある合意に至った以上、例えそれが不利な条件であったとしても、簡単に変更されるとすれば、契約の法的安定性を害する結果となる。
本判決からは、契約当事者間の法的安定性を重視し、当事者間で合意した契約条件を軽視してはならないとの考えを見てとることができる。当事者の合意は守られなければならないという原則を改めて示し、かかる原則に反する仲裁判断には司法介入も妨げられないことを示したものと言えよう。
本判決は、契約交渉が重要であり安易に妥協してはならないということを改めて認識させられる事例と言える。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/奥村文彦/鈴木基浩
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