1.はじめに
インドでは、2002年インド競争法(The Competition Act, 2002。以下「インド競争法」という。)の改正について2019年から4年に亘って審議検討が続けられてきた。そして、2023年競争法改正法案(The Competition (Amendment) Bill, 2023)が、2023年3月29日に下院、同年4月3日に上院で可決され、同月11日に大統領の同意が得られたため、正式な法律として施行されることとなった(The Competition (Amendment) Act, 2023。以下「本改正法」という。)。
インド競争法の施行以降、規則等の下位規範の改正が度々なされてきたが、インド競争法自体の改正は初めてとなる。
本改正法の全文はウェブサイト上で確認することができる。
本号では、本改正法の主要な改正点を概説した上で、本改正法が日系企業を含む外国企業に対して与える影響について検討したい。
2.主要な改正点
(1) 企業結合規制に関する改正点
ア 取引額に基づく届出基準の新設
これまでのインド競争法では、インド競争委員会(Competition Commission of India。以下「CCI」という。)への届出が必要となる企業結合について、当事者の資産及び売上高に基づく基準のみが規定されていた。なお、現行法における届出基準に関しては、インド最新法令情報 -(2022年4月号)を参照されたい。
本改正法においては、①企業結合に係る取引額が200億ルピー(約300億円)を超え、かつ②取引対象の企業(対象会社)が「インドにおける実質的な事業活動(Substantial Business Operations in India)」を行っている、という基準を満たす場合についても届出の対象として追加された。上記②の要件における「インドにおける実質的な事業活動」の該当性の判断に関しては、今後下位規範で明確化されることが想定されている。
インドに関連する企業結合を予定している日系企業にとって、CCIへの届出の要否は取引遂行のハードルに直結するため、十分に留意が必要である。
イ 証券市場における株式取得時の例外の創設
証券市場における株式取得により企業結合を行う当事者は、次の2つを遵守することを条件として、CCIの承認を取得する前に株式取得を実施できることとなった。
①両当事者は、株式取得後、CCIが別途規則で定める期間内に届出をすること。
②株式取得を行う者は、CCIの承認を得られるまで、議決権行使や配当金の受領を含む当該株式に対する所有権や受益権を行使しないこと。
これまでのインド競争法では、CCIの承認を取得するまでは証券市場における株式取得を実施できないこととされていたため、株価への影響等を考慮してやむを得ずCCIの承認前に証券市場における株式取得を実施する例があり、ガンジャンピング規制の違反が問題となっていた。本改正法により、上記問題点が一定程度解消されたものと評価できる。
ウ 「支配」要件の明確化
インド競争法で使用されている「支配(control)」の定義について、本改正法において「重大な影響(material influence)」を及ぼしている場合に当該定義を充足することが明確化された。したがって、ある企業が他の企業に対して「重大な影響」を及ぼしているのであれば、インド競争法において「支配」していると判断されることになった。
本改正法の施行により、企業結合においてグループ企業と認められる範囲が拡大されるものと考えられるため、インドへの投資等を予定している日系企業にとっては特に注意が必要である。ただし、インド競争法の下での実務上の運用も、支配を認定する際に「重大な影響」の有無を重視していたため、実務的な影響は限定的と見る立場もある。
エ 企業結合にかかる審査期間の短縮
企業結合にかかる審査に関して、「Phase 1」の審査期間が「30営業日」から「30暦日」に短縮された(なお、企業結合届出のうち、99%の届出が「Phase 1」の段階で承認が得られているとされる。)。また、「Phase 2」を含めた全体の審査期間が「210暦日」から「150暦日」に短縮された。
本改正法の施行により、迅速な審査がなされることが期待される。その一方で、当事者はCCIに対する事前相談及び情報提供を迅速かつ適切に行うことがさらに重要となる。
(2) 行動規制に関する改正点
ア カルテルの処罰対象の拡大
カルテルを行った企業のみならず、カルテルに「参加した」又は「参加を意図した」企業もカルテルの処罰対象に追加された。これにより、仲介者を介したいわゆる「ハブアンドスポーク型カルテル」も処罰の対象となるため、一般的な仲介業者や業界団体等もカルテル規制の適用に注意が必要となる。
イ 和解及び確約の手続の導入
垂直的協定及び支配的地位の濫用の違反事例に対して、和解及び確約(Settlements and Commitments)の手続が導入されることとなった。一般に、和解とは、当事者が違反の事実を認めた上で、調査手続の終結を当局との間で合意することをいう。一方、確約とは、違反の有無が明確ではない段階で、当事者が違反の事実を認めないものの、当局の懸念を払拭するような一定の行動をとることを当局に対して約束することにより、調査手続を終結させることをいう。
和解及び確約の手続の具体的な内容は下位規範に委ねられているが、当事者の協力を得た上で迅速な事案解決がなされることが期待される。ただし、カルテル(水平的協定)は和解及び確約の対象に含まれない点に注意を要する。
ウ 制裁金算定時における「全世界売上高」の考慮
CCIがインド競争法に違反した企業に対する制裁金額を計算する際に、当該企業のすべての商品及びサービスから生じる「全世界売上高」を考慮できることとなった。
これまでインド競争法においては、違反行為に関連する「関連売上高」に基づいて制裁金の金額が計算されていたが、本改正法の施行以降、より高額の制裁金額が認められるリスクがある。なお、金額の具体的な計算方法に関してガイドラインが策定される見込みである
3.総括
本改正法における改正点は多岐に亘るが、上記2でも検討したとおり、インドで事業を行う日系企業等にとって、ビジネスフレンドリーな改正とビジネス上のハードルとなりうる改正の両方が含まれているため十分な注意が必要である。
本改正法の施行日は中央政府が官報で告示した日と定められているが、上記2.(1)アなど下位規範による具体化が前提となっている条項については、ステークホルダ―との協議が行われ、規則等で規制内容が具体的に策定されてから施行される可能性が高いとされている。
本改正法のみならず今後策定される下位規範の内容が重要な意味を持つことが予想されるため、引き続き状況を注視すべきである。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/奥村文彦/本間洵
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