1.はじめに
インドの暗号資産・NFTに関する法規制については、2022年3月号のインド最新法令情報(以下「2022年3月号」という。)において記載したところである。そのため、暗号資産及びNFTとインドにおける法規制の状況については2022年3月号も参照されたい。
■インド最新法令情報2022年3月号「インドの暗号資産・NFTに関する法規制」
本号は当時から約1年が経過したことを踏まえ、当時の状況からインドの暗号資産・NFTに関する法規制がどのように変化したのかについて概観したい。
2.インドの暗号資産規制のこれまで
2022年3月号でも記載したが、インドの金融サービス規制当局でもあるインド準備銀行(Reserve Bank of India(RBI))は、暗号資産に伴う法的リスク等について何度も警鐘を鳴らし、暗号資産を禁止しなければインドの通貨と財政を不安定にしかねないとし、全面的な禁止を推奨していた。そして、インド準備銀行は、2018年、国内の金融機関等に対して、暗号資産を取扱う事業者と取引すること及びサービスを提供することを禁止する旨の通知を出し(RBI/2017-18/154 DBR.No.BP.BC.104 /08.13.102/2017-18)、その後、2019年に、インド政府は、暗号資産の取引等を禁止する法案(The Banning of Cryptocurrency and & Regulation of Official Digital Currency Bill, 2019)を公表した。こうした動きに対し、2020年にインド最高裁判所は、上記2018年のインド準備銀行による通知に関し、インド準備銀行は暗号資産の取引等を規制(regulate)することはできるが、禁止(ban)することはできない旨の判決を下した。
このような背景の中、2022年3月号において、インド政府は、上記2019年の法案に替わるものとして、暗号資産を禁止(ban)するのではなく規制(regulate)することを目的とする法案(The Cryptocurrency and Regulation of Official Digital Currency Bill, 2021)を公表し、今後国会での議論が予定されていると記載したが、結局、インド政府は暗号資産を規制する法律の導入を試みてはいるものの、現在に至るまでインド議会に提出されたものはない。
3.暗号資産(NFTを含む。)業務がマネーロンダリング防止法の規制下に
暗号資産やNFTについては、世界中の規制当局が「金融活動作業部会(FATF)」での議論をはじめマネーロンダリング(資金洗浄。以下「マネロン」という。)対策の強化について議論している。
例えば、日本においては、2022年12月2日に「国際的な不正資金等の移動等に対処するための国際連合安全保障理事会決議第千二百六十七号等を踏まえ我が国が実施する国際テロリストの財産の凍結等に関する特別措置法等の一部を改正する法律」(「FATF勧告対応法」)が成立し、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯罪収益移転防止法」という。)が改正され、暗号資産の移転に係る通知義務(いわゆるトラベルルール)に関する規定が追加1されるなど、暗号資産に関連するマネーロンダリングに対する規制が強化されている。
■金融庁「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令の一部を改正する政令案等に関するパブリックコメントの結果等について」
■一般社団法人日本暗号資産取引業協会「犯罪による収益の移転防止に関する法律施行令の一部を改正する政令案等の施行に伴うトラベルルール対応についてのお知らせ」
1:暗号資産に係るものとしては、例えば、外国所在暗号資産交換業者との契約締結の際の確認義務(改正犯罪収益移転防止法第10条の4)、暗号資産の移転に係る通知義務(同法第10条の5)の規定が追加された(2023年6月1日より施行)。
なお、暗号資産の移転に係る通知義務は、日本の暗号資産交換業者が暗号資産の移転を行う際に、その受取顧客が外国暗号資産交換業者に暗号資産の管理を委託している場合に適用されるものであるが、当該外国暗号資産交換業者が金融庁及び財務省の告示で指定される法域(日本の通知義務に相当する規制が定められていない国又は地域)に所在する場合は適用除外となる。インドは同告示で指定されているため適用除外となるが、その場合にも日本の暗号資産交換業者は、移転先の属性について調査・分析し、マネロンリスクを評価すること等が求められる(改正犯罪収益移転防止法施行規則第32条第8項)。
こうした暗号資産やNFTに関するマネロン対策を強化する流れはインドにおいても同様である。
2023年3月7日、インド財務省は、以下に掲げる行為を業として行う事業者(以下「仮想デジタル資産サービス提供者」という。)をインドマネーロンダリング防止法(the Prevention of Money-laundering Act, 2002。以下「PMLA」という。)上の報告事業者(以下「報告事業者」という。)としてPMLAの規制下に置く旨の通知を出した。
- 仮想デジタル資産2と法定通貨の交換
- 一又は二以上の形式の仮想デジタル資産間の交換
- 仮想デジタル資産の移転
- 仮想デジタル資産又は仮想デジタル資産を操作する手段の保管又は管理
- 発行者の仮想デジタル資産の募集及び販売に係る金融サービスへの参加及び提供
■Ministry of Finance, Notification, The Gazette of India, (7 March 2023)
2:「仮想デジタル資産(virtual digital asset)」とは、インド税法(the Income-tax Act, 1961)第2条第(47A)項の定義と同一の意味を有するとされており(上記通知)、同項において仮想デジタル資産は以下のとおり定義されている。
(a) その名称の如何を問わず、暗号的手段又はその他の手段により生成され、対価の有無にかかわらず、固有の価値を有することを約束又は表明して交換される価値のデジタル表現を提供し、又は金融取引若しくは投資(但し、投資スキームに限らない。)における使用を含む価値の保存若しくは計算単位として機能する、情報、符号、番号若しくはトークン(インド通貨又は外国通貨を除く。)であって、電子的に転送、保存又は取引可能なもの
(b) その名称の如何を問わず、ノンファンジブルトークン*又はその他の類似の性質のトークン
(c) 中央政府が官報により指定するその他のデジタル資産
* ノンファンジブルトークンについては中央政府の官報により、その譲渡により基礎となる有形資産の所有権が移転し、当該基礎となる有形資産の所有権の移転が法的に執行可能なものは除くとされている。
■Ministry of Finance, Notification, The Gazette of India, (30 June 2022)
PMLAの規制下に入る結果、仮想デジタル資産サービス提供者は、報告事業者としてKYC(Know-Your Customer)手続を実施し、他の報告事業者と同じく一定の基準に従った報告義務等を課す規制に服することになる。また、このことは、インド歳入庁(Department of Revenue)により組成される実施局(Directorate of Enforcement)がPMLA違反の可能性のある仮想デジタル資産サービス提供者を調査する際に捜索及び押収をする権限を持つことも意味する。
具体的には、仮想デジタル資産サービス提供者は、概要以下のような規制に服することになる。
- 本人確認と顧客管理
仮想デジタル資産サービス提供者は、顧客の本人確認、顧客の資金源や顧客間の関係性を含む財務状況等の調査、取引を行う理由の記録といった本人確認と顧客管理の対応を行う必要がある。 - 取引記録の維持
仮想デジタル資産サービス提供者は、当局が個々の取引を再現できるような方法で取引記録を保存しなければならない。この記録は、5年間保存する必要がある。 - 疑わしい取引の報告
仮想デジタル資産サービス提供者は、疑わしい取引に関連する情報を、所定の期間内に他の所定の取引とともに提供する責任を負う指定取締役及び主任役員を任命することが要求される。詳細は、金融情報機関(Financial Intelligence Unit-India (FIU-IND))に提出される必要がある。 - 違反による制裁
仮想デジタル資産サービス提供者は、PMLA に違反した場合、1 件の違反につき10,000 インドルピー以上 1,000,000インドルピー以下の罰金を課される可能性がある。
4.最後に
国際的な動向に合わせ、インドにおいても暗号資産及びNFTについてマネロン対策を強化する動きが進んだ。もっとも、このような動きは、インド政府が暗号資産及びNFTを禁止するのではなく規制することでコントロールしようというものであると考えられる。
インドは今年G20の議長国であるが、インドのNirmala Sitharaman財務相は、「G20とそのメンバーは独立した単独の国が暗号資産に対応することはできないだろうという見解で一致している。」旨を述べており、今後、インドを中心とした世界各国の暗号資産及びNFTへの規制の在り方が注目される。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
平野正弥/白井紀充/清水一平
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