1.はじめに
2023年3月31日、インド政府は、外国貿易政策(Foreign Trade Policy、以下「FTP」という。)を公表した。FTPは外国貿易法(the Foreign Trade Policy(Development & Regulation)Act, 1992)第5条に基づきインド政府により発表される輸出入に関する政策指針であり、前回のFTPは、2015年に公表され、2020年に更新されることとなっていた。しかし、世界貿易機関(WTO)による規制と整合的ではない規定を有していたことや、コロナウイルスの流行の影響等が重なり、新たなFTPの公表は延期され続けた。
今回公表されたFTP(以下「FTP2023」という。)は、ポストコロナ期におけるインド企業の輸出の拡大と世界通商におけるインドの存在感の増大を目指すものであり、5年ごとの更新という枠は設けず、通商政策として今後も適宜修正しつつ継続する見込みとなっている。
なお、FTP2023に関するインド政府公表資料は、ウェブサイト(https://elplaw.in/wp-content/uploads/2023/03/Foreign-Trade-Policy-2023.pdf)で確認することができる。
本稿では、FTP2023の概要を紹介した上で、日系企業を含む外国企業に対して与える影響について検討したい。
2.FTP2023の概要
FTP2023の主要な項目は、以下の通りである。
(1) 貿易円滑化とビジネスのしやすさの向上
- 貿易円滑委員会(National-Committee on Trade Facilitation)によりWTO貿易円滑化協定の実施の促進として、貿易手続きにおける透明性・効率性・リスクに応じた手続きの見直しと全体的な簡素化・輸出のためのインフラの向上(特に道路と鉄道)、を行う。
- 輸出のオンライン申請手続等に対する24時間365日対応のヘルプデスクを開設する。
- FTP2023に基づく各種許可に対する自動オンライン承認、あるいは処理時間の短縮、申請の即時承認など手続きの迅速化を行う。また、輸出義務免除申請書の提出におけるペーパーレス化を推進する。
- 貿易における原産地証明について自己認証制度を実施し、可能な範囲での自己認証に関する自動承認を行う。
(2) SCOMETライセンス手続の合理化
- SCOMET品目(デュアルユース品目含む)の輸出について産業界が理解しやすく、かつ遵守しやすいように、手続を合理化すると共に、説明会を実施する。なお、SCOMETとは、「Special Chemicals, Organisms, Materials, Equipment and Technologies」の頭文字を取ったもので、デュアルユース技術(軍民どちらにも利用可能性がある技術のこと)の輸出等を行う場合の規制品リストのことをいう。
- SCOMET品目の輸出に関する一般許可基準を合理化し、SCOMET品目の輸出を促進する。
(3) ステータスホルダー・輸出優良都市の認定
- 輸出実績に基づき、輸出の多い企業をステータスホルダー(Status Holder)として認定しているところ、認定の際の輸出実績の基準を合理化する。ステータスホルダーは、通関手続きにおいて自己申告手続を行うことが認められるなど、各種の特典を有する。
- 輸出優良都市(Towns of Export Excellence)として、既に認定されている39の都市に加えて、新たにファリダバード、ミザプル、モラーダーバード、バラナシの4都市を認定する。輸出優良都市では、輸出に向けた生産能力等の潜在能力を最大限に引き出し、販路を拡大する。同時に新しい市場を開拓するための支援を行う。
(4) 電子商取引(E-commerce)の輸出の拡大
- 電子商取引における輸出ハブ拠点を創設する。輸出ハブ拠点としては、国境を越えた電子商取引活動の有望なインフラ及び施設の中心地として機能する地域を指定する。指定された輸出ハブ拠点は、電子商取引のための保管、梱包、ラベリング、認証・検査試験が可能な倉庫施設を具備する。
(5) 地方への輸出促進策の波及
- 輸出振興策を地方にも波及させるため、地方における輸出ハブ地区の認定を推進する。これにより、地方における新たな輸出業者の育成と新たな市場の開拓を行い、インド産業全体の輸出促進を図る。
- 地方における輸出促進を妨げているインフラや物流の改善を行う。
3.最後に
FTP2023は、現状の年間7500億ドルの輸出額を、2030年までに年間2兆ドルまで拡大するという目標を掲げており、この目標達成のために、上述のような貿易の円滑化策や輸出の促進策を採用している。
インドは、FTP2023の制定に加えて、本年3月10日に米国との間で半導体のサプライチェーン強靭化に向けたMoUを署名したことは世界の耳目を集めたところである。インドとしては、半導体分野の(主に米国への)輸出拡大を狙っていると思われ、輸出の拡大という点でFTP2023と軌を一にするものである。
日本企業としては、インド現地法人からの輸出が容易になる一方、インド企業が輸出増大を図ることにより、世界市場において新たなライバルがより多く出現することも意味している。
FTP2023の制定とこれに基づくインドの輸出産業振興の今後の推移・進展について引き続き注視していくことが、インドでビジネスを行う日系企業やインドの輸出産業と競合するビジネスを行う日系企業にとって重要である。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/小川聡/山田怜央
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