はじめに
2024年6月26日、インド電気通信法(The Telecommunications Act, 2023。以下「インド電通法」という。)が施行された(注1)。同法は、2023年12月20日及び21日にインド連邦議会下院及び上院にて可決され、同年同月24日に大統領の承認を得て制定・公布された法律であり、DX社会を先導するインドを「デジタル・インディア」へ導く重要な法令の一つである。
インド電気通信法/The Telecommunications Act, 2023
https://dot.gov.in/sites/default/files/Telecommunications%20Act%202023_1.pdf
1.概要
インド電通法制定の主たる目的は、電気通信サービス及び電気通信ネットワークの開発、拡大、運営、周波数帯の割当て、並びにこれらに関連又は付随する事項に関する法律を改正し、統合することである。インドにおける電気通信分野について規定する法律は、1885年インド電信法(The Indian Telegraph Act, 1885)、1933年インド無線電信法(The Indian Wireless Telegraphy Act, 1933)、1950年電信線法(The Telegraph Wires (Unlawful Possession) Act, 1950)等が存在するが、法文が分散しているほか、植民地時代の旧態依然とした内容をも含むため、インド電通法においては、技術の進歩やデジタル時代に即した統合的なルール設計を目指したものである。なお、インドにおいて通信分野は原則として中央政府の管轄であり、電気通信事業の監督官庁としては、電子情報技術省(MeitY/Ministry of Electronics and Information Technology)、通信省電気通信局(DoT/Department of Telecommunications, Ministry of Communications)、インド電気通信規制庁(TRAI/Telecom Regulatory Authority of India)が組織されている。
2.特徴
インド電通法は日本の電気通信事業法に相当する法律であり、基本的には通信サービスに関連して事業者を規制する取締法規としての性質を有する(注2)。インド電通法は全11章・62条により構成されており、各章においては、定義(第1章)、認可(第2章)、通信ネットワーク通行権(第3章)、適合性基準・安全保障・ネットワーク保護(第4章)、デジタルバラットニディ(旧ユニバーサルサービス基金・第5章)、規制のサンドボックス(第6章)、利用者保護措置(第7章)、裁定及び行政罰(第8章)、罰則(第9章)、雑則(第10章)、並びに経過措置(第11章)が規定されている。
インド電通法の施行により、電気通信サービスの提供にあたっては、かつての「免許」制(License)ではなく、通信省電気通信局(DoT)による「認可」制(Authorization)に変更されており、事業開始の認可に当たっては遵守条件が付される可能性がある(インド電通法3条1項・2項)。
また、「電気通信」(Telecommunication)の定義については、「有線、無線、光学その他の電磁気的システムによるメッセージの送信、発信又は受信をいい、これらのメッセージがその送信、発信又は受信の過程で何らかの手段により再配列、計算その他の処理を受けたか否かを問わない」と広範な定めを行っており(同法2条(p)号)、「電気通信を用いたあらゆるサービス」を前記認可を要する「電気通信サービス」(同法同条(t)号)と定めている。インド電通法の制定過程においては、いわゆる「OTT通信サービス」(インターネットを通じたコンテンツ提供サービスのうち通信機能を有するもの)を電気通信サービスに含むかが大きな論点となったが、明記することは避け解釈に委ねたものと思われる(注3)。前記認可を得ずにインドにおいて電気通信サービスを提供した場合には罰則が科され(同法42条1項。3年以下の懲役若しくは2000万ルピー以下の罰金、又はその併科)、同法は域外適用の定めもあるため(同法1条2項(ii))、日本企業にとっても電気通信サービスの解釈、及び実務動向については注意する必要がある。
そのほか、インド電通法においては、「公共の安全」を理由として、政府によって一部通信の停止等を命令することができるとされており(同法20条2項(b)号)、インドが監視社会とされる理由の一つである。日本では、政府全体で取り組んだ「サイトブロッキング」政策が、「通信の秘密」等の憲法上の価値を理由に暗礁に乗り上げたことは記憶に新しいが、インドが世界最大の民主主義国であることからすれば、特徴的な制度設計といえよう。
3.むすび
インド電気通信規制庁(TRAI)によれば、2022年7月時点におけるインドの通信密度は85.11%であり、世界第2位の通信市場となっている。インドの「2020年統合版外国直接投資方針」(Consolidated FDI Policy 2020)(2020年10月15日)においては、通信サービス業に対する外資出資は100%まで可能とされていることからすれば(同方針項目5.2.14・注4)、わが国にとってもその通信市場が魅力的であることはいうまでもない。一部の現地報道によれば、インド電通法の施行に伴い、政府においては規則等下位法規の作成を進めているとのことであり、今後の動向にも注視していきたい。
注1
正確には、同日をもって同法第1条、第2条、第10条から第30条、第42条から第44条、第46条、第47条、第50条から第58条、第61条、第62条の規定が先行して発効した。
注2
一部、通信サービスの利用者に適用される条文も存在する。同第29条においては、電気通信サービスの利用者は、事業者による本人確認時の虚偽の情報提供等を禁止している。
注3
2022年に提出された法案においては、OTT通信サービスを電気通信サービスに含むことが明示されていた。明記はされないものの、現行法の広範な定義からすれば、文理上は含むと解さざるを得ないと思われる。
https://dot.gov.in/sites/default/files/Draft%20Indian%20Telecommunication%20Bill%2C%202022.pdf
注4
49%以下の出資は自動認可とし、49%超の出資は政府による個別認可取得が条件。
https://dpiit.gov.in/sites/default/files/FDI-PolicyCircular-2020-29October2020.pdf
以上
☆アナウンス☆ |
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
平野正弥/奥村文彦/呉竹辰
info.indiapractice@tmi.gr.jp
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