1.はじめに
インドでは、2023年にインド競争法(The Competition (Amendment) Act, 2023)(以下「改正競争法」という。)が成立し、企業結合規制や行為規制に関して、種々改正が行われた(なお、改正競争法については、インド最新法令情報(2023年4月号)を参照されたい。)。
改正競争法においては、企業結合届出の対象として、当事会社の資産及び売上高に基づく基準に加えて、結合に伴う取引額基準が新たに設けられるなどの改正が行われたが、これらの細則は規則にて定められることとなっていた。
そして、2024年9月10日付で改正競争法の結合規制に関する規則(以下「改正規則」という。)が発効した。
改正規則については、インド競争委員会(Competition Commission of India。以下「CCI」という。)のウェブサイト上でも確認することができる。
本号では、改正規則を概説した上で、改正規則が日本企業を含む外国企業に対して与える影響について検討したい。
2.主要なポイント
- 取引額基準の明確化改正競争法において新たに導入された①企業結合に係る取引額が200億ルピー(約360億円)を超え、かつ②取引対象の企業(以下「対象会社」という。)が「インドにおける実質的な事業活動(Substantial Business Operations in India)」を行っている、という2つの要件を満たす場合には、CCIへの届出義務の対象となることが規定された。これらの、いわゆる取引額基準について、改正規則は①及び②について以下のように規定した。
① 200億ルピーの算定基準には、直接か間接か、即時か将来か、現金か否かにかかわらず、当該取引に含まれるすべての価値ある対価が含まれるものとする(将来価格は、現在価値に割り引かれないなど、下位規範も細かく記載されている。)。
② (a)提供するデジタルサービス(※)について、インドにおける利用者が、全世界における総利用者の10%以上である場合、(b)インドにおける12か月間の総商品価値(Gross Merchandise Value)が、全世界における総商品価値の10%以上であり、かつ50憶ルピーを超える場合、(c)インドにおける直近の会計年度の売上高が、全世界における売上高の10%以上であり、かつ50億ルピーを超える場合、の3つのいずれかに該当する場合、インドにおける実質的な事業活動を行っているものと見なされる。
※なお、デジタルサービスとは、対価の有無に関わらず、利用者に対してインターネットを通じてサービス又は1つ以上のデジタルコンテンツを提供することをいう、と定義されている。 - 証券市場又は公開買付けによる企業結合の場合の権利行使
改正競争法において、証券市場における株式取得又は公開買付けによって企業結合を図る者については、CCIの承認を取得する前に株式取得を行うことができるものと定められている。
そして、改正規則はさらにCCIの承認前に買収者が行うことができる権利として、①配当金やその他の分配金、新株引受権、ボーナス株式、株式分割、買戻しなどの経済的利益を享受する権利を行使できること、並びに②清算及び破産手続に関連する事項についてのみ議決権を行使できることを定めた。 - 最低価格規則(Minimum Value Rules)
インド国内売上高が125億ルピー未満、又はインド国内資産が45億ルピー未満の企業を対象会社とする企業結合については、CCIへの届出が免除される。ただし、上記1.の取引額基準を充足する取引の場合、最低価格規則にかかわらず、届出が必要となる。 - Green-Channel Ruleの明確化
改正競争法においては、企業結合の全当事会社(各グループ企業及び関連会社を含む。)の事業が、水平、垂直又は補完的な重複を持たない場合、所定の書式でCCIに対して届け出れば、当該企業結合がCCIにより承認されたものと見なされる規定が存在する(この方法によるCCIの承認の取得を、Green Channel Routeと呼ぶ。)。
Green Channel Routeの承認については、何を以て重複がないとするのか、どの範囲で重複がないことを求めるかをめぐってCCIの判断が場合により異なり、一定の混乱が見られていた。
改正規則は、当事会社及びグループ企業について、(i)買収者及びそれと同一グループに属する事業体の最終支配者、(ii)対象会社及びそのグループに属する企業、(iii)合併される企業、それらの支配者、及びそれらのグループに属する企業、と定義し、また関連会社については、(i)当該企業の株式又は議決権の10%以上を保有している場合、(ii)当該企業の取締役会に取締役又はオブザーバーとして代表者を派遣する権利又は能力を有している場合、(iii) 当該企業の営業上機密情報にアクセスする権利又は能力を有している場合、と定め、この点明確化を図った。 - 新たな届出免除事由
改正規則ではCCIに対する届出義務が免除される事由として、以下の場合が定められた。
① 当該企業結合が、買収者による支配権の取得につながらず、取締役又はオブザーバーとして取締役会への参加権につながらず、対象会社の商業上機微な情報にアクセスする権利を持たない場合、25%までの株式取得に基づく企業結合は、CCIに対する届出義務が免除される。
ただし、買収者と対象会社の事業活動に重複がある場合は、当該免除の限度は10%までの株式取得に引き下げられる。
② 当該企業結合が、買収者又はそのグループ企業による対象会社の株式又は議決権の追加取得であって、取得前に対象会社の株式又は議決権を25%以上保有しており、当該取得の前後を問わず、対象会社の株式又は議決権の50%超を保有していない場合、かかる追加取得が、当該対象会社の支配権の変更をもたらさないときは、CCIに対する届出義務が免除される。
③ 当該企業結合が、ボーナス株式、株式分割、株式併合、自社株買い、新株予約権発行による株式の取得であって、支配権の変更をもたらさない場合、CCIに対する届出義務が免除される。
④ 当該企業結合が、金融仲介業者による買収である場合、登録証券仲介業者及び引受業者による25%までの買収、及び投資信託による10%までの買収は、CCIに対する届出義務が免除される。
3.総括
昨年の改正競争法の制定、及び今回の改正規則の公表は、インドにおける企業買収等の企業結合を検討するうえで、その予見可能性を確保する意味で重要な意義を有し、日本企業がインド進出を検討するうえで、概ね歓迎すべき動きであると言える。
ただし、新たに企業結合の取引額による届出義務が課されたことは、インドにおいて実質的な事業活動を営む会社の買収に対してCCIの承認が必要になる場合がある、という意味で日本企業を含む外国企業としては規制強化ともいえるため、一概にビジネスフレンドリーな改正とみなすこともできない。
今後、CCIが改正競争法及び改正規則をどのように運用していくかも、日本企業を含む外国企業にとっては重要であり、今後のCCIによる競争政策を注視する必要がある。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
茂木信太郎/奥村文彦/山田怜央
info.indiapractice@tmi.gr.jp
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