1.はじめに
2025年5月30日、インド企業省(Ministry of Corporate Affairs:MCA)は、会社法会計規則(Companies (Accounts) Rules, 2014)を改正し、企業情報の開示義務の範囲の拡大及び電子提出制度の導入を柱とする2025年第二次会社法(会計)改正規則(Companies (Accounts) Second Amendment Rules, 2025。以下、「本改正規則」という)を公布した。
本改正は、非財務情報の透明性を高め、企業の説明責任を強化することを目的としており、特に社会的責任や従業員に関する情報の開示が拡充された。また、財務書類の提出には統一された電子フォームが導入され、報告の効率化と行政によるデータ管理の精度向上が図られている。
本号では、本改正規則による改正の概要を整理するととともに、日系企業に求められる実務対応や留意点を解説する。
2.改正内容
(1)はじめに
インド法人は、外国資本の有無に関わらず、会社法134条に基づき、毎年、財務諸表の提出と共に、取締役会報告書(Board’s Report)を作成して添付する義務を負っている。
取締役会報告書とは、株主その他の利害関係者に対して、会社の財務情報及び非財務情報を包括的に開示することを目的とした文書であり、日本の会社法における「事業報告」に相当するものである。記載事項は会社法134条に明示されており、取締役会の開催回数、各取締役の責任範囲、会社の事業状況、会社の社会的責任(CSR)に関する方針などが含まれる。
(2)取締役会報告書の記載義務の拡大
会社法会計規則の第8規則は、取締役会報告書に関する詳細を定めているところ、今回の改正により、以下の企業に対して新たな開示義務が課されることとなった。
- インド株式市場に上場している会社
- 資本金が2億5千万ルピー(約4億2000万円)以上の公開会社(Public company)
追加された開示項目は以下のとおりである。
ア.セクシャルハラスメントに関する情報の開示
2013年制定の職場における女性に対するセクシャルハラスメント(予防・禁止・是正)に関する法律(the Sexual Harassment of Women at Workplace (Prevention, Prohibition and Redressal) Act, 2013:通称:POSH Act)に基づき、企業には既にセクシャルハラスメント防止体制構築が義務付けられていた。従来の取締役会報告書では、POSH Actの遵守状況に関する記載が求められていたが、本改正規則により、セクシャルハラスメントに関して、以下の具体的項目の開示が新たに義務化された。
- 当該年度に受理された苦情件数
- 同年度内に処理された苦情件数
- 90日以上継続している苦情件数
イ.母体福祉給付法(Maternity Benefit Act 1961)に関する開示
同法は、一定規模以上の企業に対して、対象となる女性従業員に対して有給出産休暇、授乳時間、託児施設の設置等などの福利厚生を提供することを義務付けている。従前は、同法の遵守状況について取締役会報告書に記載することは義務付けられていなかったが、本改正規則により、同法に基づく産休、医療給付(妊娠・出産に関連する医療費の補助を目的とした一時金)、その他の女性従業員の権利に関する遵守状況を取締役会報告書に記載することが義務付けられることとなった。
ウ.従業員に関する情報の開示
本改正規則本文に明示的な変更はないものの、後述する電子フォーム提出制度の導入により、新たに提出が求められる電子フォームにおいては、従業員数を「男性」、「女性」、「トランスジェンダー」の3区分に分けて記載することが求められている。
なお、財務諸表の提出または取締役会報告書の添付を怠った場合には、会社に対して最大30万ルピーの罰金、役員に対して最大5万ルピーの罰金が科される可能性がある(会社法134条8項)。
(3)新たな電子フォームの導入
会社法137条は、会社に対し、株主総会開催後30日以内に、財務諸表(取締役会報告書等も含む)を登記所に提出することを義務付けられている。
本改正規則により、財務諸表や関連書類の提出について、所定の電子フォームの使用が新たに義務付けられた。これにより、以下の文書は統一された電子様式に基づき提出することが求められることとなった。
- 財務諸表(Financial Statements)
- 取締役会報告書(Board’s Report)
- 監査報告書(Auditor’s Report)
この制度変更により、提出書類の形式の統一が進み、当局による情報の一元的な管理の促進が期待されている。
3.結びに
本改正規則は、前述の通り職場における透明性や多様性の確保を目的とする開示義務の拡充と、報告手続の電子化による業務効率化の推進という2つの側面を有している。
日本と同様に、インドにおいてもコーポレートガバナンス体制の強化は重要政策の一つとされており、会社法による情報開示義務の拡大に加え、インド証券取引委員会(SEBI)による独立取締役の任命義務や内部通報制度の整備など、企業統治体制の実効性を高める施策を導入している。
本改正規則は、このようなガバナンス強化の流れの一環として位置づけられるものであり、インドに現地法人を有する日系企業にとっても、対応が求められる重要な実務上の課題である。今後も、インド政府による制度改正の動向を注視し、柔軟かつ継続的に対応を図ることが求められる。
本号では本改正規則を中心に解説したが、今後もインドにおけるコーポレートガバナンスに関する制度動向について、随時情報をアップデートしていく。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
茂木信太郎/小川聡/山田怜央
info.indiapractice@tmi.gr.jp
インドにおける現行規制下では、外国法律事務所によるインド市場への参入やインド法に関する助言は禁止されております。本記事は、一般的なマーケット情報を日本および非インド顧客向けに提供するものであり、インド法に関する助言を行うものではありません。