1.はじめに
インド政府は、ビジネス環境の改善を目指すEase of Doing Business政策を推進している。このような政策の一環として、2025年9月4日、インド企業省(Ministry of Corporate Affairs)は、迅速合併(Fast-Track Merger)制度の適用範囲の拡大に関する会社法通知(以下「本通知」という。)を発表した。
本号では、本通知の概要を解説するとともに、本通知が日系企業を含む外国企業に対して与える影響について紹介する。
2.迅速合併制度とは
インド会社法(Companies Act, 2013)の第230条から第232条は、通常の会社の合併・分割等のスキームを規定しており、当該スキームの効力発生には会社法審判所(National Company Law Tribunal。以下「NCLT」という。)の承認が必要とされている。
それに対して、会社法第233条は、2社以上の小規模会社(small company)間、持株会社とその完全子会社間、またはその他政令で定める種類の会社間に限り、NCLTの承認を経ずに中央政府への届出のみで合併等を可能とする迅速合併制度を定めている。
そして、以前までは2社以上のスタートアップ会社間、1社以上のスタートアップ会社と1社以上の小規模会社間において迅速合併制度の適用が認められていたところ、本通知では新たに以下のような会社間の合併・再編手続についても、迅速合併制度の適用が認められることとなった。
- 非上場会社同士の合併・再編手続。ただし、当該合併・再編手続に関わるすべての会社の借入金、社債、預かり金の未返済残高合計が20億ルピー以下であり、かつ、返済の不履行がないこと、が条件となり、これを証する監査人からの証明書の提出が必要となる。
- 親会社と子会社との合併・再編手続。ただし、譲渡会社(合併・再編手続により消滅する会社)が上場会社である場合は、この条項は適用されない。
- 同一の親会社が有する複数の子会社間の合併・再編手続。ただし、譲渡会社(合併・再編手続により消滅する会社)が上場会社である場合は、この条項は適用されない。
- インド国外で設立された親会社(譲渡会社)と、インド国内で設立された完全所有子会社(譲受会社)との合併・再編手続。インド子会社が日本でいうところの存続会社となり、外国の親会社が消滅会社となるケースに限り迅速合併制度の対象となっている。
3.改正による実務上の影響とメリット
本通知は、企業の合併・再編手続に以下のような変更点をもたらすと考えられる。
- 手続きの迅速化とコストの削減:NCLTの複雑な審理プロセスを省略できるため、合併完了までの期間が大幅に短縮されるほか、期間の短縮により、企業の合併・再編手続に要するコストも削減される。
- グループ内再編の容易化:親子会社間や兄弟子会社間の合併や事業譲渡が、迅速合併制度の利用によって円滑になる。
- M&A機会の増加の可能性:非上場企業間での統合が容易になったことは、中小規模の企業における事業統合を促進する要因となる可能性がある。
4.留意点と今後の展望
迅速合併制度を利用することによって、合併・再編手続が容易になる一方、総株式の90%に相当する株主の承認や、総債権額の90%に相当する債権者の承認などの迅速合併に必要な手続き、合併に関する契約書作成や、取締役会での承認などの会社内部の手続等は引き続き必要となる点には留意が必要である。
本通知は、インド市場におけるM&Aやグループ再編の戦略策定において、日系企業を含む多くの企業にとって新たな手段を与えるものであり、今後もその動向は注視する必要がある。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
平野正弥/小川聡/山田怜央
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