1.はじめに
インドでは膨大な訴訟件数に起因する訴訟手続の遅延から、かねてより紛争解決手段として仲裁手続が注目されている。そのため、インド企業と取引を行う日本企業においては、紛争解決条項として仲裁手続を選択することが多い。一方で、1996年インド仲裁調停法(The Arbitration And Conciliation Act, 1996。以下「インド仲裁法」という。)(注1)は、一定の場合に仲裁判断の適法性について裁判所が介入することを認めている(注2)。この点について、インド最高裁判所(Supreme Court of India。以下「最高裁」という。)において、2025年4月及び11月に関連する判決が示されたため、以下のとおり簡潔に解説する。
2.概要
インド仲裁法においては、「公序(Public Policy)」違反を理由とする裁判所による仲裁判断の取消しが認められている(インド仲裁法第34条第2項第b号(ii))。そして「公序」に関するインド仲裁法上の解釈指針として、(i) 仲裁判断が、詐欺・汚職によって誘導され若しくは影響を受け、又は同法第75条(調停手続における守秘義務)若しくは同法第81条(調停手続で提出された主張等への依拠禁止)に違反している場合、(ii) 仲裁判断がインド法の基本方針(Fundamental Policy)に反している場合、又は(iii) 仲裁判断が道徳や正義の最も基本的な概念に反している場合、と定められている。
本来、仲裁手続は訴訟に代替する終局的紛争解決手段であり、当該判断に司法介入が認められるとする法制度の適用範囲は、仲裁判断の存在意義にも関わる重要な論点である。
3.総括と今後の対応
(1)2025年11月18日判決(Sri Lakshmi Hotel Pvt. Ltd. vs. Shriram City Union Finance Ltd.)(注3)
上告人(Sri Lakshmi Hotel Pvt. Limited)と被上告人(Sriram City Union Finance Ltd.)との間で締結されたローン契約について上告人が返済不能となったため、被上告人は仲裁条項に基づき仲裁手続を申し立て、仲裁人は2014年12月27日付仲裁判断として約2億2100万ルピーに加え、請求日から回収日まで年24%の利息の支払いを命じた。そこで、上告人は「年24%の利息の支払」について、インド仲裁法第34条に基づく取消しを求めてマドラス高等裁判所に不服申立てを行ったところ、これが棄却されたため、インド仲裁法第37条に基づき最高裁に上告した。
最高裁は、仲裁判断への司法介入に関する過去の判例を踏まえ、結論として、インド仲裁法第34条第2項第b号(ii)に関する解釈指針の(ii)及び(iii)を平易かつ文法的に解釈する限り、現在の商慣行を背景とした高率又は法外な利息の賦課は公序に反しないとした。すなわち、「公序」とは、何らかの法令違反ではなく、インド法が基盤とする基本方針を指すとし、金利水準に関する議論は、明らかにインド法における公序との抵触を理由とする不服申立ての範囲外であるとしている(但し、認定された金利があまりに不当かつ不合理であり、裁判所の良識を震撼させるような場合を除くとして、一応の留保がなされている。)。
(2)2025年4月30日判決(Gayatri Balasamy v. ISG Novasoft Technologies Ltd.)(注4)
インド仲裁法においては、前記のとおり仲裁判断の取消しについては明記されているものの、当該判断の一部を変更・修正することの可否について条文上は明らかではなかった。そのため、この点について判例や見解が分かれていたものの、本判決において最高裁は統一的な見解を示した。
すなわち、最高裁は本判決において、インド仲裁法第34条及び第37条に基づき、裁判所は以下の限定された場合に限り、仲裁判断の一部修正・変更ができると判断した。
・仲裁判断が分離可能であり、「無効」部分と「有効」部分を分離して判断する場合。
・記録から一見して誤りと認められる事務的・計算上・誤植等の誤りを訂正する場合。
・特定の状況下において仲裁判断で認定された利率を変更する場合。
・インド憲法第142条(完全な正義(Complete Justice))が適用される場合。
ただし、当該適用は憲法上の権限の範囲内において、極めて慎重に判断されなければならない。
4.所感
裁判所による仲裁判断の限定的な修正・変更権限を認めた2025年4月30日判決の評価については、一義的ではないと思われる。一般的に、仲裁手続には多大な労力・費用を要するところ、裁判所による取消しがなされれば仲裁判断自体は無に帰することとなるが、一部取消し(修正・変更)の可能性があるのであれば、裁判所の判断によっては仲裁判断の一部を有効に存続させることができるため、早期の紛争解決に資する場合も考えられる。その一方で、裁判所に対して仲裁判断の一部を修正・変更する選択肢を与えることは、不用意な司法介入を招く可能性も否定できない。
2025年11月18日判決は、仲裁判断の取消事由である「公序」を限定的に解釈・適用した事案であり、仲裁手続の法的安定性・信頼性に資する判断といえる。同判決において仲裁判断の修正・変更の判断を行っていないことから、2025年4月30日判決が示す仲裁判断の修正・変更ができるケースには該当しなかったものと解される。
紛争の早期解決や公平性の観点から、仲裁手続の法的安定性・信頼性は日本企業とインド企業の取引促進に不可欠の要素であるため、今後も仲裁判断の取消しや修正・変更は限定的であることが期待される。TMIインド・プラクティスグループでは、前記2つの最高裁判決を踏まえた今後の仲裁判断への司法介入に関する議論について、引き続き注視していく。
注1 The Arbitration And Conciliation Act, 1996
https://www.indiacode.nic.in/bitstream/123456789/21922/1/the_arbitration_and_conciliation_act%2C_1996_act_no._26_of_1996.pdf
注2 別稿((2021年6月号)仲裁判断に対するインド裁判所による司法介入の現状)も参照されたい。
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12646.html
注3 Sri Lakshmi Hotel Pvt. Ltd. vs. Shriram City Union Finance Ltd.
https://indiankanoon.org/doc/147767151/
注4 Gayatri Balasamy v. ISG Novasoft Technologies Ltd.
https://api.sci.gov.in/supremecourt/2021/20788/20788_2021_1_1501_61506_Judgement_30-Apr-2025.pdf
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
平野 正弥/奥村 文彦/呉竹 辰
info.indiapractice@tmi.gr.jp
インドにおける現行規制下では、外国法律事務所によるインド市場への参入やインド法に関する助言は規制されております。本記事は、一般的なマーケット情報を日本および非インド顧客向けに提供するものであり、インド法に関する助言を行うものではありません。