1.はじめに
2026年4月1日、インドの新たな所得税法であるIncome-tax Act, 2025(以下「新法」という。)が施行され、60年以上にわたりインドの直接税の基幹法として機能してきたIncome-tax Act, 1961(以下「旧法」という。)が廃止された。
新法の制定・施行と併せて、新法に基づく手続きや詳細を規定するIncome-tax Rules, 2026(以下「新規則」という。)も通知されている。
新法は、インドの税務政策を根本的に変更するものではなく、その改正の主たる目的は、法律の文言の簡素化、構造の明確化、解釈上の紛争の削減、及びデジタル時代に即した申告手続の整備にあることが表明されている。
もっとも、条文番号の全面的な再編成、「タックスイヤー(Tax Year)」概念の導入、源泉徴収(TDS)規定の一本化等、日本企業にとっても重要な改正内容が含まれている。
本号では、新法及び新規則の主要な改正ポイントを整理し、特に日本企業や日本企業の在インド子会社に対する実務的影響を解説する。
なお、新法及び新規則の正文は、インド所得税局(Income Tax Department)の公式サイト(https://www.incometaxindia.gov.in/income-tax-act-20251)において公開されている。
なお、同サイトにおいて、旧法と新法の条文対照が表示されるユーティリティツールも公開されており、新法及び新規則の理解の醸成を促す、積極的な情報発信が行われている。
2.新法による改正の主要ポイント
(1)改正に伴う法律の構造的簡素化
旧法は、60年以上の運用の中で改正が積み重なり、理解の難しい複雑な法律となっていた。新法はこれを536条及び16の別表に再編し、全体の複雑性を大幅に削減している。
旧法において多用されていた「ただし書(proviso)」や「説明(explanation)」は、新法では本文に統合されているほか、相互参照が明確化し、条文間の関係が理解しやすくなっている。
(2)「Tax Year」概念の導入
新法における重大な変更の1つは「タックスイヤー(Tax Year)」概念の導入である。旧法では、所得を稼得する年度を「前年度(Previous Year)」、当該所得を課税・申告する年度を「賦課年度(Assessment Year)」と呼び、この二つの年度が併存する構造が長年にわたり納税者の混乱を招いてきたと言われていた。新法ではこの二重構造を廃止し、「タックスイヤー」に一本化された。
(3)源泉徴収規定の一本化
旧法では、源泉徴収(TDS)に関する規定が、給与(第192条)、利子(第194A条)、請負(第194C条)、専門的役務(第194J条)、非居住者への支払(第195条)など、多数の条文に分散していた。
新法では、源泉徴収(TDS)関連規定が第392条(給与に係るTDS)、第393条(給与以外の支払に係るTDS)、第394条(売主等による源泉徴収)の3条に集約されている。
特に、従来多くの条文に分かれていた給与以外の支払に係る源泉徴収(TDS)が第393条に集約された。同条は、支払先ごとの類型(居住者、非居住者、属性を問わないすべての者)に基づく3つのテーブルで構成され、各テーブルにおいて、所得・支払の性質、適用される閾値、源泉徴収義務者、及び源泉徴収税率が規定されている。
なお、源泉徴収の閾値については、2025年度財政法(Finance Act, 2025)による改正(例:銀行等の利子の閾値につき高齢者向けが5万→10万ルピー、その他が4万→5万ルピーに引き上げ(新法第393条(1) 5. 利子))が新法に承継されている。税率・閾値は概ね不変であるが、実務上は新法のテーブルに基づく閾値の確認が必要である。
(4)恒久的施設(PE)関連規定
新法におけるPE(恒久的施設)の国内法上の定義は、旧法を概ね踏襲しているが、サービスPE、従属代理人PE及び重要な経済的存在(Significant Economic Presence)に関する利益帰属ルールの明確化が行われており、新法173条(c)にPE自体の定義が置かれた。また、PEから生じる所得の取扱いについては、新法9条5項(b)に規定されている。なお、重要な経済的存在は「business connection」を構成するものとされ(新法9条9項(a))、重要な経済的存在に帰属する所得のみが課税対象となる。
(5)経過措置
新法第536条により、旧法の廃止と新法への円滑な移行が規定されている。具体的には、2026年3月31日時点で係属中の査定・再査定・不服申立ては失効せず継続することや、税額控除・欠損金繰越し・減価償却費繰越し等は新法施行後も利用可能であり、旧法のもとでの選択・宣言等は新法のもとで行われたものとみなされること、などが規定されている。なお、インドの直接税中央委員会(CBDT)は2026年3月に経過措置に関するFAQ(「FAQs on Interplay and Transition from the Income Tax Act, 1961 to the Income Tax Act, 2025」)を公表しており、旧法から新法への対応関係について詳細なガイダンスを提供している。
3.総括と今後の対応
新法はインドの税務政策の基本的枠組みを維持しつつ、所得税法の条文構造を全面的に再編するものである。日本企業にとっての影響は租税負担の変更というよりも、新法施行に伴う文言等事務処理上の変更を強いられることにあると考えられる。
ただし、インドの法律事務所や会計事務所からは、文言の簡素化を目的とした文言変更が新たな解釈上の問題を生じさせる可能性を指摘する声もあり、新法に基づくインド税務当局の運用実務や追加の通達・ガイドラインの動向を引き続き注視する必要がある。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
茂木信太郎/小川聡/山田怜央
info.indiapractice@tmi.gr.jp
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