1.はじめに
インド競争委員会(Competition Commission of India。以下「CCI」という。)は、2023年9月5日に、2023年競争法(The Competition (Amendment) Act, 2023。以下「本改正法」という。)の下位規範である2023年インド競争委員会(企業結合)規則(The Competition Commission of India (Combinations) Regulations, 2023)のドラフト(以下「本ドラフト」という。)を公表した。本ドラフトは、2023年9月25日までパブリックコメントに付され、今後その結果を踏まえ最終的に成立する。
2023年4月に成立した本改正法は、具体的な内容を規則で規定する必要がある条項が含まれており、現在まで多くの条項が施行されていない。本ドラフトは、本改正法により新たに導入された企業結合審査の詳細を規定するものである。
本ドラフトの全文は、CCIのウェブページで確認することができる。
本号では、本ドラフトにより明確化された事項のうち、日系企業への影響が大きいと思われるものについて、その概要を説明する。
なお、本改正法については、2023年4月号のインド最新法令情報において記載しているため、そちらも参照されたい。
■インド最新法令情報‐(2023年4月号)インド競争法の改正‐
2.本ドラフトの主要な事項
(1) 取引額の閾値(Deal Value Threshold)
従前の2002年インド競争法(The Competition Act, 2002。以下「インド競争法」という。)では、CCIへの届出が必要となる企業結合について、当事者の資産及び売上高に基づく基準のみが規定されていた。
本改正法においては、①企業結合に係る取引額(Value of transaction)が200億ルピー(約350億円)を超え、かつ、②取引対象の企業(対象会社)が「インドにおける実質的な事業活動(Substantial Business Operations in India)」を行っている、という基準を満たす場合も届出対象とされた。
本ドラフトでは、本改正法において不明確であった「取引額」や「インドにおける実質的な事業活動」の意義が以下のとおり明確化された。
ア 取引額(Value of transaction)
取引額は、「直接又は間接の、即時の又は遅延した、現金又はそれ以外のあらゆる対価」と広範に定義され、例示として、以下の対価が含まれることが明示された。
(a)売主又は第三者に課される競業避止に伴う対価
(b)相互に関連する取引に対して支払われる対価
(c)技術支援若しくは知的財産のライセンス供与など、取引の一部として締結された合意又は取引の効力発生日から過去2年間に締結された取引に付随する合意の対価
(d)オプションの行使時に支払われる対価
(e)不確実な将来の事象のための対価
また、取引額が契約書に記載されていない場合には、届出義務者の取締役会等により承認された取引額と同額となる旨明確化された。加えて、正確な取引額が「合理的な確実性(reasonable certainty)」をもって確定できない場合、届出義務者は、取引額の閾値を超過したと推定し、CCIに事前届出を行う必要がある。
イ インドにおける実質的な事業活動(Substantial Business Operations in India)
以下の場合には、「インドにおける実質的な事業活動」に該当することが明確化された。
(a)基準日より前の12か月間のいかなる時点においても、インド居住者の利用者数、購読者数、顧客数、訪問者数が、全世界のそれらの10%以上である場合
(b)基準日より前の12か月間のインドにおける流通取引総額が、全世界の流通取引総額の10%以上である場合
(c)インドにおける前会計年度の売上高が、全世界の売上高の10%以上である場合
(2) 証券市場における株式取得時の例外
インド競争法では、CCIの承認を取得するまでは株式取得を実施できないとされていたが、本改正法においては、例外的に、CCIの承認を取得する前に証券市場において株式取得を実施できる規定が創設された。
本ドラフトは、この例外的な取引を行った場合、取引完了から30日以内にCCIに届け出なければならないと規定している。
加えて、株式の取得者は、この例外的な取引において以下の権利を行使することができることが明確化された。
(a)配当等の経済的利益を享受すること
(b)取得した株式を処分すること
(c)清算や破産手続において投票権を行使すること
但し、株式の取得者は、いかなる方法であっても直接的または間接的に対象会社に影響を及ぼしてはならないとされる。
(3) 事前相談プロセスの法制化
本ドラフトでは、買収や合併を行おうとする者は、対象取引の「(本改正法で規制される)企業結合」の該当性、届出の必要性の有無、届出の様式の詳細等を確認するため、CCIに事前相談(Pre-filing consultation(PFC))を求めることができるとされる。但し、この事前相談におけるCCIの回答は、CCIの最終的な判断を拘束するものではない。
3.最後に
本改正法及び2023年インド競争委員会(企業結合)規則によるインド競争法の改正は、インドで事業活動や投資活動を行う日本企業にとって、大きなインパクトを与えるものである。
本ドラフトでは、取引額に基づく届出基準の新設により届出を行うべき類型の数が増加した他、「インドにおける実質的な事業活動」の定義では、利用者数や訪問者数も基準に加わることとなり、今後、CCIへの届出を要する取引の数が増加することが見込まれる。その一方で、企業結合にかかる審査期間の短縮や証券市場における株式取得時の例外など、インドにおける事業活動や投資活動を促進する内容も含まれている。
本ドラフトは、パブリックコメントの期間が終了した段階であり、未だ確定したものではない。日本企業においては、本ドラフトの今後の修正を含め、一連のインド競争法の改正について注視する必要があると思われる。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
平野正弥/小川聡/清水一平
info.indiapractice@tmi.gr.jp
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