1. はじめに
2024年7月23日、インド政府は、本年2月に公表した暫定予算(インド最新法令情報(2024年2月号))を修正する2024年度予算案(The Union Budget)を公表した。第3期モディ政権初の予算となった本予算案の歳出総額は約48兆2,000億ルピー(約80兆円、1ルピー=約1.68円)であり、暫定予算と比べると歳出総額は1.1%増と大きな変化が無かった。一方、内訳で見ると州政府交付金(12.6%増)や都市開発(6.5%増)に係る増額が目立つなどの変化も見られた。
本号では、第3期モディ政権初となる予算案を概説するとともに、施策の中でも外国企業に影響の大きい税制改正項目を紹介する。
2. 本予算案に示された基本姿勢
本予算案は、予算編成の直前に行われた総選挙(以下「本総選挙」という。)の影響を様々な形で受けている。改選前に303議席を押さえていた与党・インド人民党(BJP)は、本総選挙において、単独過半数を下回る240議席を維持するにとどまり、ビハール州とアンドラプラデシュ州を地盤とする地域政党を連立パートナーとすることを余儀なくされた(インド最新法令情報(2024年6月号))。本総選挙においてBJPが十分な支持を集めることができなかった要因の一つとしては、失業率の高さに喘ぐ若年層や貧しい農家の不満が山積していたことが指摘されている。
このような経緯もあり、本予算案には、連立パートナーの地盤であるアンドラプラデシュ州の新州都建設支援やビハール州のインフラ建設支援が盛り込まれると同時に、若年層や農村への支援にも重点が置かれることになった。
3. 本予算案に示された各種政策方針の概要
BJPは、本総選挙において、英国からの独立後100年となる2047年までに先進国入りを実現するという、「先進国インド(Viksit Bharat)」というスローガンを掲げていた。第3期モディ政権は、本予算案を公表するにあたっても、このスローガンを掲げ、以下の9項目の優先課題を定めた。
(1)農業分野における生産性・強靭性 |
(6)エネルギー安全保障 |
優先課題を対象として実施される施策の一例は、以下に示す通りである。
(1) 農業分野における生産性・強靭性
農業分野における研究体制の包括的な見直しを行った上で、生産性の向上や気候変動に耐える品種の開発をすること、野菜の集荷、貯蔵、販売などのサプライチェーン整備を進めることなどが発表された。また、農業におけるデジタル公共インフラ(DPI)の導入も進められる見通しである。
(2) 雇用及びスキリング
全ての新規雇用者への1か月分の賃金の支給、全ての部門における追加的雇用へのインセンティブが設けられる旨が発表された。さらに、200万人の若者に対するスキリング支援プログラム、スキリングのためのローンや高等教育のためのローンへの支援もなされる見通しである。
その他の諸施策も同時に公表されているが、財務大臣の演説においては将来の選挙も意識してか、とりわけ今後5年で4,100万人以上の若者に対する雇用、スキリング等の支援に2兆ルピー(約3兆3,600億円)を充てる施策を実施することが一際強調された。
4. 本予算案と同時に発表された税制改正項目
本予算案と同時に様々な税制改正が提案された。その中でも外国企業にとりわけ大きな影響を及ぼす改正項目としては、以下の2項目が挙げられる。
(1) 外国法人に対する法人税率の引き下げ
外国からの投資を促進するため、外国法人に適用される法人税率を現行の40%から35%に引き下げることが発表された。本法人税率の引き下げの対象となるのは、インド国内で法人を設立せずにインドで事業活動を行っている外国法人であり、インド国内で獲得したあるいは発生した所得が課税対象所得となる。
(2) キャピタルゲイン税制の簡素化
インドにおいても、資産を譲渡した際の譲渡所得に対して、キャピタルゲイン税が課される。従来、資産の種類ごとに長期キャピタルゲインとみなされる保有期間、税率が細かく異なっていたが、本予算案において、より区分けを簡素なものとすることなどが発表された。具体的には、上場株式等について、長期キャピタルゲインとみなされる保有期間を12か月、それ以外の資産については24か月とし、長期キャピタルゲイン税の税率を12.5%とする改正等が盛り込まれている。
また、非金融資産(不動産、金等)の長期キャピタルゲイン税の税率は従来の20%から12.5%へと引き下げられた一方で、上場株式については、長期キャピタルゲイン税の税率が10%から12.5%へ、短期キャピタルゲイン税の税率が15%から20%へとそれぞれ引き上げられることになった。
[改正後の税率]
長期キャピタルゲイン税 |
上場株式、非上場株式、非金融資産 |
税率 12.5% |
短期キャピタルゲイン税 |
上場株式 |
税率 20% |
5. 総括
第3期モディ政権最初の予算案となった本予算案には、直前に行われた総選挙の結果が色濃く反映されることとなった。本選挙でBJPが単独過半数を失ったことから、第3期モディ政権においては、連立パートナーの意向は決して無視できないものとなっており、政策形成過程はより複雑なものとなっている。事実、新政権発足から4か月近くが経つ中で、官僚の中途採用募集といった政府が一度は発表した施策を連立パートナーの意向を受けて撤回するといった対応も見られた。
一方、財政赤字の対GDP比目標を引き下げるなど、財政健全化へ向けた取組みは継続されている。労働力の能力向上を目指す取組み等とともに、外国企業に対する法人税率の引き下げ、キャピタルゲイン税制の簡素化が打ち出されるなど、より良好な投資環境へと向かう方向性は、継続していると考えられる。
今後、本予算案に盛り込まれた各施策の実施に際しても、連立パートナーの意向や今後の選挙の結果などの影響があり得ると思われるところ、インドで事業を展開する日系企業においては、今後も引き続き政権の動きを注意深くフォローしていく必要がある。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
平野正弥/小川聡/國井耕太郎
info.indiapractice@tmi.gr.jp
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