はじめに
以前のECCTAに関するブログで、英国会社等の取締役・実質的支配者に新たな本人確認義務が導入されることをご紹介しました。当時は、英国支店等を有する外国企業の取締役に対する本人確認実施義務を定める規則は未制定でしたが、2025年6月30日にこれらを規定するCompanies Authorised to Register, Unregistered Companies and Overseas Companies (Application of Company Law) Regulations 2025が成立しましたので、改めてご紹介します。
英国の支店・駐在員事務所の位置づけ
日本企業などの外国企業が英国へ進出する場合には、(i)子会社等として英国法人(例えばPrivate Limited Company, PLC)を設立する方法と、(ii)英国拠点として支店・駐在員事務所を設置する方法の2パターンがあります。一般的に、取引を直接行う拠点を支店、マーケティングや取引準備に留まる拠点を駐在員事務所と呼ぶことが多いようです。しかし、英国法(The Overseas Companies Regulations 2009)では、これらはいずれもUK establishmentに該当します。UK establishmentは独自の法人格を有さず、設置主体である外国企業と一体として扱われます。
外国企業がUK establishmentを設置した場合、その外国企業及びUK establishmentに関する一定の事項をCompanies Houseに登録する必要があり、その登録情報には外国企業の取締役等の情報も含まれます。登録事項に変更が生じた場合は、所定の期限内に届出を行わなければなりません。例えば、日本企業が英国支店を設置する場合、Companies Houseには、本社の取締役等を登録し、定時株主総会による選任・退任などに伴い本社の取締役等に変更が生じた都度、届出を行う必要があります。
本人確認義務の導入
今回の新規則では、UK establishmentを有する外国企業の取締役について、本人確認義務が定められました。すなわち、英国に支店や駐在員事務所を有する日本企業の場合も、今後は取締役に関する情報をCompanies Houseに登録する前に、ECCTAに基づき所定の方法で本人確認を実施する必要があります。本人確認が完了するまではCompanies Houseへの登録はできず、また英国内で取締役として活動することは認められません。さらに、本人確認義務を怠った場合は、取締役及び会社が刑事罰の対象となります。本人確認の詳細については、以前のブログ記事をご参照ください。
適用開始時期
英国政府は、2025年8月5日に、英国で設立された英国会社の取締役・実質的支配者(person with significant control , PSC)、LLPの組合員の本人確認義務は、2025年11月18日に適用開始になる旨を公表しました。今回の政府の発表では、UK establishmentを有する外国企業の取締役等の本人確認義務の適用開始時期は触れられておりませんが、従前から、UK establishmentを有する外国企業の取締役等の本人確認義務は2025年秋頃から適用開始とされており、概ね同時期に適用開始になると考えられます。
今後、適用開始時点以降に新たに選任される取締役については、事前の本人確認が必要となります。既存の取締役については、本人確認義務の適用開始日から1年以内の、UK establishmentの設立日に対応する日までが経過措置期間とされており、会社によって期限が異なります。例えば、仮に2025年11月18日に本人確認義務が適用開始となる場合、ある会社のUK establishment設立日が12月1日であれば、(本人確認義務の適用開始後に到来する設立日である)2025年12月1日までに既存の取締役についても本人確認を完了する必要がありますのでご留意ください。
さいごに
英国に支店・駐在員事務所(UK establishment)を有する日本企業は、今後、新ルールに従って取締役の本人確認を実施する必要があります。この点は英国法人を有する場合と同様ですが、支店・駐在員事務所の場合は日本本社の取締役が対象となるため、対象人数が多く、また対象者の多くが日本在住であることから、本人確認書類の準備や英国政府アプリの使用など、実務対応に手間がかかることが想定されます。また、日本在住の取締役個人が自ら英国政府及びCompanies Houseの公表するガイダンスを十分に理解した上で本人確認義務を履行することはあまり現実的ではありません。
本人確認は、英国政府に登録された法律事務所等であるAuthorised Corporate Service Provider(ACSP)が代行することも可能であり、日本企業にとってはこうした外部のACSPの活用も有用と考えられます。
弊所は現在ACSPへの登録手続中であり、登録完了後に改めてご案内いたします。