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2023年英国経済犯罪及び企業透明化法 (Economic Crime and Corporate Transparency Act 2023, ECCTA) (3) ―詐欺防止不履行罪の概要及び政府ガイダンスを踏まえた対応ー
2025.05.13
はじめに
前回のブログでは、主に会社の取締役、実質的所有者などで新たに必要となる本人確認義務について御紹介しました。
今回は、ECCTAで新たに創設されたFailure to Prevent Fraud Offence(詐欺防止不履行罪。詐欺防止懈怠罪と呼称されることもあります。)について、その概要、及び英国政府のガイダンスを踏まえて日系企業が今後とるべき対応を御説明します。
詐欺防止不履行罪の概要
詐欺防止不履行罪は、大要、ある企業(厳密には会社以外の組織も含みます。)に関連する者が、当該企業等に利益を与える意図等で所定の詐欺罪を犯した場合、当該企業自身が当該詐欺に関与していない又は認識していない場合であっても合理的な詐欺防止措置等を履践していない限り、当該企業に犯罪を成立させるものです。
ここで企業(relevant body)とは、以下の要件のうち2つ以上を満たす大規模組織(large organisation)とされています。英国で設立された企業のみならず外国で設立された企業も対象です。
- 売上が360万ポンド超
- 貸借対照表上の資産が180ポンド超
- 従業員が250名超
なお、グループ全体で合計して前述の要件を満たす場合は親会社が大規模組織に該当します。
また、関連する者(a person who is associated with the body)には、従業員、子会社に加え代理店・委託先等のグループ外の第三者が含まれる点に留意が必要です。
所定の詐欺罪(a fraud offence)とは、ECCTA Schedule 11に列挙された犯罪及びそれらの犯罪をほう助及び教唆をする行為等が該当します。ここで留意すべき点として、英国法における「fraud」は、日本法における「詐欺」よりも広い概念であり、各種の経済犯罪を広く含む点が挙げられます。たとえば、虚偽の表明による詐欺や情報の不開示による詐欺といった典型的な詐欺に加え、会社取締役による虚偽陳述や不正会計など、日本の法感覚では必ずしも「詐欺」と認識されないような行為類型も「fraud」として詐欺防止不履行罪の対象に含まれることになります。
また、詐欺防止不履行罪を犯した企業に対しては、罰則として上限のない罰金が科される可能性があります。
詐欺防止不履行罪については、企業が合理的な詐欺防止措置を講じていた場合、又は当該措置を講じなかったことが合理的であった場合には、不成立の抗弁(defence)が認められます。詳細については後述いたします。
適用地域
詐欺防止不履行罪が成立するためには、英国との関連性(UK nexus)が必要とされています。英国との関連性とは、詐欺行為の一部が英国内で行われた、又は利益若しくは損害が英国内で発生したなどの場合とされています。英国との関連性があれば、日本を含めた外国所在の企業も英国拠点の有無を問わず適用対象となり、本罪が域外適用されます。
たとえば、以下のような場合には、英国との関連性があると判断され、詐欺防止不履行罪が成立し得る可能性があります。
- 日本企業の本社やEU子会社等の英国外に所在する従業員や子会社等が、英国の顧客に対して商品・サービスに関する虚偽の説明を行った場合
- 日本企業の英国子会社の従業員等が、EUなど英国外の顧客に対して商品・サービスに関する虚偽の説明を行った場合
- 日本企業の英国子会社等が、許認可に関して英国当局に対して虚偽のデータを提出した場合
- 日本企業が、英国企業から受け取ったリベートについて、その記載を隠すために会計書類上は業務委託料として計上した場合
このように、行為主体や顧客・当局の所在が英国外であっても、一定の事情により英国との関連性が認められれば、詐欺防止不履行罪の適用対象となり得ます。
ガイダンスの公表及び施行時期の確定
英国政府は2024年11月6日に詐欺防止不履行罪に関するガイダンスを公表しました。当該ガイダンスでは、詐欺防止不履行罪の説明に加えて何が合理的な詐欺防止措置に該当するかの指針・考慮要素を示しています。
なお、ECCTAでは何が合理的な詐欺防止措置に相当するかについてのガイダンスが公表されるまで、詐欺防止不履行罪に関する規定は発効しないと定めていましたが、このガイダンスの公表により、詐欺防止不履行罪に関する規定は2025年9月1日に施行されることが決まりました。
ガイダンスでは、企業が「合理的な詐欺防止策」を講じる上で考慮すべき6つの原則として、大要、以下のとおり示しています。
日本企業において必要な対応
前述のとおり、詐欺防止不履行罪は、英国との関連性を有する外国企業に対しても域外適用されます。英国に拠点がある場合には、英国との関連性が認められやすいといえますが、たとえば日本など英国外から英国の顧客向けにビジネスを行っている場合など、英国に拠点がなくとも英国との関連性が認められる可能性はあります。
日本企業としては、まずは自社及びグループの規模、ならびに英国との関連性を踏まえた上で、自社(日本の本社)及び英国拠点を含めた海外拠点が、それぞれ詐欺防止不履行罪の適用対象となり得るかを検証する必要があります。そして、適用対象となる可能性がある場合には、前述の英国政府のガイダンスを踏まえた合理的な詐欺防止措置を、2025年9月1日までに実施することが望まれます(金融機関など業界によっては、当該英国政府のガイダンスとは別のガイダンスが存在します。)。
この点、英国においては、ECCTAと同様に外国企業を含め一定の犯罪防止措置の導入を求める法制度として、既に贈収賄防止法(贈賄防止懈怠罪)や犯罪収益法(脱税促進行為防止懈怠罪)が施行されています(ガイダンスで示された考慮要素には共通する部分も多いところです。)。また、これらの英国法に加えて、米国の海外腐敗行為防止法などの域外適用され得る海外の規制や、J-SOXに基づく内部統制などを背景として、リスク評価と対策、契約条項の整備、内部通報制度、研修、モニタリング体制など、一定の不正・犯罪防止措置を既に導入している企業も多いものと考えられます。
こうした日系企業においては、本罪に特有のリスクに関する評価やリスク軽減策の検討を行うとともに、既存の措置が本罪に照らしても有効に機能するかを、関連ガイダンスや過去の訴追事例等を参照しながら確認し、必要に応じて適宜見直しを行うことが、実務的かつ効率的な対応となります(逆に言えば、既に一定の不正防止措置を講じているからといって、詐欺防止不履行罪への対応が不要になるわけではありません)。
弊所では、日系企業に対し、これまでも英国の贈賄防止懈怠罪や脱税促進行為防止懈怠罪において求められる犯罪防止措置に関するアドバイスを提供して参りました。今後も、詐欺防止不履行罪において新たに求められる合理的な詐欺防止措置の整備を含め、日系企業によるECCTA対応を引き続きサポートして参ります。