はじめに
以前のECCTAに関するブログで、英国会社等の取締役・実質的支配者に新たな本人確認義務が導入されることをご紹介しました。当時は、本人確認義務の開始時期は2025年秋頃とされており、具体的な適用開始時期は未定でしたが、英国政府は2025年8月5日に、2025年11月18日から英国会社等の取締役・実質的支配者の本人確認義務を適用開始する旨を発表しましたので、改めてご紹介します。
開始時期と対象者
まず、本人確認義務の適用開始日は2025年11月18日です。後述のとおり、12か月間の移行期間が設けられ、段階的に実施される予定です。
今回、英国政府が2025年11月18日から本人確認義務の対象とすると発表した対象者は、以下のとおりです。
- 英国で設立された会社の取締役(自然人)及び実質的支配者(Person with Significant Control, PSC)
- 個人である有限責任組合(LLP)の組合員(法人組合員にも順次拡大予定)
例えば、日本企業が英国に子会社等の英国会社を有する場合は、当該英国会社の取締役及びPSCについて、英国在住か否かを問わず本人確認を行う必要があります(英国在住かどうかで本人確認方法に違いが生じます。)。
なお、日本企業が英国に支店や駐在員事務所などの拠点(UK establishment)を有する場合は、当該日本企業は外国企業(Overseas Companies)として、自社の取締役に対する本人確認義務を履行する必要があります(UK establishmentは法人格を有さず、設置主体である外国企業自身の取締役を登録しているため)。詳細は前回のブログをご参照ください。
Companies Houseは、2026年11月中旬までに約600万〜700万人が本人確認を行う必要があると推計しています。なお、2025年4月からは任意での本人確認が開始されており、既に30万人以上が完了しているとのことです。
本人確認が必要となるタイミング
新規か既存かに応じて、取締役等が本人確認をすべきタイミングは以下のようになります。
- 新規取締役
2025年11月18日以降に会社を設立、又は既存の会社に取締役に就任する場合は、就任前に本人確認が必須となります。 - 既存取締役
2025年11月18日から12カ月の移行期間中に到来した年次確認書(Confirmation Statement)提出時までに本人確認を完了している必要があります。
なお、年次確認書とは、Companies Houseが保有する会社情報の内容を確認し、それらが正確かつ最新であることを確認するための申告書です。全ての英国の会社は、少なくとも12か月の審査期間(Review Period)に1回、これを提出する必要があります。
審査期間は、会社の設立日又は前回の年次確認書提出日から開始するため、会社ごとに提出時期は異なります。例えば、2025年1月1日に設立した会社の場合(期限前の早期申告を行わない限り)、審査期間は2025年1月1日から2025年12月31日までとなり、提出期限はその終了日から14日後の2026年1月14日となります。
- 新規PSC
2025年11月18日以降に登録簿へ追加された場合は、14日以内に本人確認を完了しなければなりません。 - 既存PSC
制度開始から12か月以内に本人確認を完了する必要があります。 - PSCが取締役でもある場合:取締役としては次回の年次確認書提出時までに本人確認を実施し、PSCとしてはその日から14日以内に個人コードを別途提出する必要があります。
- PSCが取締役でない場合:登録簿上の誕生月初日から14日以内に本人確認を実施して、個人コードを提出します(例:1990年3月生まれの場合、2026年3月1日から14日間)。
なお、2025年11月18日をもって、企業が自身のPSC名簿を維持する義務は廃止されます(Companies Houseへの登録に一元化)。
追って適用開始予定の対象者
ECCTAでは以下の対象者も本人確認義務を負うとされておりますが、現時点では具体的な適用開始時期は未定であり、追って適用開始となる予定です。
- 会社に代わってCompanies Houseに書類を提出する者(ACSP、会社の秘書役など)
- Limited Partnershipの関係者
- 会社の取締役である法人の取締役(英国では法人も取締役となることが可能)
- LLPの組合員である法人の取締役
- 英国会社を実質的に支配する関連法人(Relevant Legal Entity, RLE)の関連役員(relevant officer)
なお、PSCとして登録されるのは原則として自然人である個人ですが、英国の会社を実質的に支配する者が法人であり、かつ、当該法人がPSC制度が適用される英国会社等である又は英国、EEA、米国、日本、スイス、イスラエルの上場企業など一定の開示要件を満たす場合は当該企業を関連法人(Relevant Legal Entity, RLE)としてCompanies Houseに登録をすることになります(ある英国の会社を実質的に支配する法人が登録可能なRLEではない場合は、登録可能なPSC又はRLEまで所有構造を遡る)。例えば、日本の上場企業が英国に子会社を有する場合は、当該日本企業はRLEとなるところ、その関連役員について本人確認が必要となります。
本人確認の方法
本人確認の方法としては、概ね次の二通りがあります。
(i) 対象となる取締役等が自ら英国政府のウェブサイト、アプリ、又は郵便局で本人確認を行う方法
(ii) 英国政府に認定された法律事務所など本人確認サービス提供者(Authorised Corporate Service Provider: ACSP)を通じて行う方法
いずれの方法であっても、本人確認を完了すると、個人はCompanies Houseから個人コード(personal code)を受領します。詳細については、以前のブログをご参照ください。なお、弊所はACSPへの登録を予定しております。
さいごに
今後、英国に進出して英国会社を設立する日本企業、又は既に英国会社を有する日本企業は、取締役等を新規に選任・交代する際、事前に本人確認を完了する必要があります。さらに、既存の取締役やPSCについても、所定の期限までに本人確認を行わなければならず、その期限は年次確認書の提出日やPSCの誕生月によって異なるため、適切な期限・就任等のスケジュール管理が重要となります。
この本人確認義務は、規模にかかわらず英国に会社を有する全ての日本企業に影響を及ぼす点で、ECCTAにより別途導入される「詐欺防止不履行罪」とは異なります(詐欺防止不履行罪の概要については以前のブログご参照)。
本人確認義務は英国会社の設立や取締役等の選任・交代の事務的なスケジュールに影響を与えることになりますし、また取締役の人数が多い場合や、日本在住者が含まれるなど取締役個人が自ら英国政府やCompanies Houseが公表するガイダンスを十分に理解したうえで手続きを行うことが難しい場合など、会社にとって事務手続き上の負担が重くなることも想定されます。日本企業としては、まずは本人確認手続の内容を正確に把握し、その上で事前に取締役へ十分な説明を行い、本人確認手続きを進める必要がありますが、円滑な義務履行のためには外部のACSP活用も選択肢になるかと存じます。