2020年3月に宣言された新型コロナウイルスの感染拡大を踏まえたインド全土におけるロックダウンを受けて、2020年上半期は、インド全土で新型コロナウイルスの感染拡大に関連する規則等が多く公表された。一方で、2020年下半期は、徐々に経済活動が再開し、Eコマース規則、広告ガイドライン、労働法再編等の法整備が進められることとなった。
本号では、2019年末から2020年末までに公表ないし施行された重要な法令改正等を簡単に振り返りつつ、2021年の展望について述べたい。
1.2020年の重要な法令改正等
(1)日印特許審査ハイウェイの試行開始
2019年11月21日、日印両政府は、特許審査ハイウェイの試行開始に最終合意した。特許審査ハイウェイとは、各特許庁間の取り決めに基づき、ある国で特許権を取得可能と判断された特許出願に対し、出願人の申請により、他国において早期に審査を受けることができるようにする枠組みを指す。特許審査ハイウェイの試行開始により、日本で特許になり得ると判断された出願については、出願人の申請により、インドにおいて、迅速に審査を受けることが可能となった。2020年12月7日より第2期日印特許審査ハイウェイの申請受付も開始する旨も公表されており、日系企業のビジネスの特許による保護が促進され、特許を利用したビジネスが加速されることが期待される。
※本リーガルアップデート2020年1月号に関連記事:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2020/3039.html
(2)医療機器規制の改正
インド政府は、2020年2月11日、全ての医療機器が医薬品・化粧品法(Drugs and Cosmetics Act, 1940)に定める医薬品として分類されることを内容とする医療機器に関する改正規則(Medical Devices (Amendment) Rules, 2020。以下「MD改正規則」という。)を発表し、同年4月1日に施行した。MD改正規則は、「医療機器」に該当する場合に、輸入業者および製造業者に登録を求めるものである。「メイク・イン・インディア」を掲げ経済改革を推進しているインド政府にとって、医療機器産業は重要な役割を担っており、インド国内で製造販売される医療機器の最低品質を確保するために、すべての医療機器を規制する法律は必要不可欠であった。MD改正規則により、医療機器の安全性の水準がグローバル基準に準拠されることになり、インドへの外国直接投資(FDI)を促進させることが予想される。
※本リーガルアップデート2020年3月号に関連記事:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2020/3030.html
(3)外国直接投資政策(FDIポリシー)の改正
2020年4月18日、インド商工省産業国内取引促進局は、2017年統合版外国直接投資政策(2017 Consolidated FDI Policy)の改正(以下「本改正」という。)を公表し、4月22日付けで施行した。従来、パキスタンおよびバングラデシュの事業体又は居住者によるインドへの投資については、全ての事業分野において、当局の事前承認が必要とされていた。ところが、本改正により、パキスタンおよびバングラデシュに加えて、新たに、中国、アフガニスタン、ネパール、ミャンマーおよびブータンの事業体又は居住者によるインドへの投資についても、全ての事業分野において、一律に当局の事前承認が必要となった。現地では、本改正の目的は、新型コロナウイルスの感染拡大により、大きな打撃を受けたインド経済の減速に乗じて、日和見的に、インド企業を買収しようとする外国企業の動きを抑制することにあり、本改正により、中国も政府承認ルートの対象に含まれることから、本改正は中国企業・居住者によるインド企業の買収・出資比率増加を警戒したものであると報じられている。
※本リーガルアップデート2020年5月号に関連記事:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2020/3025.html
(4)消費者保護(Eコマース)規則2020の施行
2020年 7月23日、インド中央政府は、消費者保護(Eコマース)規則2020(Consumer Protection (E-Commerce) Rules, 2020。以下「EC規則」という。)を公表し、同日施行した。EC規則は、EC取引における、詐欺、不公正な取引慣行を防止し、消費者の正当な権利と利益を保護するための指針であり、EC事業者の責任等について規定している。従前、日系企業を含む海外の事業者は、模倣品の出品者に対して法的措置を講じることが容易ではなく、多くの場合、知的財産権の侵害を十分防ぐことができないという状況があったが、EC規則により、EC事業者や出品者に一定の義務が課されることで模倣品自体が減り、このような状況が改善することが期待されている。
※本リーガルアップデート2020年8月号に関連記事:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2020/3016.html
(5)消費者保護のための誤解を誘引する広告の防止に関するガイドライン案の公表
2020年9月4日、インド中央政府は、2020年中央消費者保護局(誤解を誘引する広告の防止及び宣伝広告の調査義務)ガイドラインの案(draft of the Central Consumer Protection Authority (Prevention of Misleading Advertisements and Necessary Due Diligence for Endorsement of Advertisements) Guidelines, 2020。以下「広告ガイドライン案」という。)を公表した。なお、広告ガイドライン案は、パブリック・コメントを経て今後修正が加えられる可能性があり、また、具体的な施行時期は未定である。
近年、インドでは、虚偽広告や誇大広告等の信頼性の低い悪質な広告により消費者が被害を受ける事例が増加している。広告ガイドライン案の制定により、インドにおいて悪質な広告から消費者保護が促進されることが期待される。
※本リーガルアップデート2020年9月号に関連記事:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2020/5888.html
(6)インド労働法の再編 ~2020年労働安全衛生法~
インドでは、連邦と州に極めて多数の労働関連法が存在し、その適用関係が複雑かつ不明確であったことから、これまでインドに進出する日系企業の頭を悩ませてきた。モディ政権はこれらの労働関係法のうち主要な連邦法を4本の法律に再編することを提唱し、約6年をかけ、労働組合、雇用主、州政府および労務に関する専門家等の利害関係者間で協議が行われてきた。その結果、昨年、4本の法律の一つである2019年賃金法(The Wages Act, 2019)が成立した。その後、本年9月、残りの3本となる2020年労働安全衛生法(The Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020。以下「労安法」という。)、2020年社会保障法(The Code on Social Security, 2020)および2020年労使関係法(The Code on Industrial Relations, 2020。以下「労使関係法」という。)が連邦議会において可決された。なお、4本の法律は未施行であり、具体的な施行日も未定である。
労安法の制定により、労働安全衛生に関する規制の簡素化と統一化が図られた。これにより、法令違反に対する予見可能性が向上し、日系企業の労務管理が容易になるとともに、コンプライアンスにかけるコストの削減にもつながることが期待される。
また、労使関係法の制定により、労働者に対する解雇規制が緩和され、また、労働組合がストライキを起こしにくくなった。労働者保護に手厚いインドでは、これまで労務リスクが対印投資への障壁、大規模雇用の躊躇、契約労働者の増加等の問題の要因となっていたが、労使関係法の制定によりこれらの問題が一定程度解消されることが期待される。
※本リーガルアップデート2020年10月号に関連記事:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2020/12004.html
※本リーガルアップデート2020年12月号に関連記事:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2020/12138.html
(7)原産地証明に係る新ルール(CAROTAR2020)の概要
2020年8月21日、インド政府は、原産地証明に係る新たなルールとして、貿易協定に基づく原産地規則に関する関税規則(Customs (Administration of Rules of Origin under the Trade Agreements) Rules, 2020。以下「CAROTAR2020」という。)を制定し、同年9月21日から適用する旨の通達を発出した。CAROTAR2020は、自由貿易協定(FTA)締結国を介した迂回輸入による特恵関税の不正利用が横行している現状を踏まえ制定されたものである。CAROTAR2020によって、輸入者は、税関職員から原産地情報の提供を求められた場合には、所定の書式を提出した上、自らが確認した原産地の情報について、税関職員に対して適切に説明する必要がある。このような税務職員による調査に対応するため、日系企業の現地法人等の輸入者は、自らがインドに輸入する製品について、従前よりも原産地情報をより慎重に確認することが求められる。
※本リーガルアップデート2020年11月号に関連記事:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2020/12081.html
2.2021年の展望
インド経済については、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、IMFが、2020年10月3日に公表したインドの2020年度のGDP成長率予測はマイナス10.3%となっており、実際に、インド政府発表の4~6月期の実質経済成長率は前年同期比23.9%のマイナスと過去最悪となった。3月25日から約2か月続いたロックダウンに伴う工場の操業停止や物流寸断、外出制限など感染拡大を防ぐための厳しい措置は、インド経済に深刻な打撃を与えたようである。もっとも、IMFは、2021年度についてはインドのGDP成長率を8.8%と予測しており、2021年度については成長軌道に戻ると見立てている。
また、近時の大量の法令の再編・制定状況からすると、2021年度においても、引き続き経済成長を促すための多くの新法制定や法改正が行われると予想され、また、労働関係法といった近時成立した新法の下位規則やガイドラインの制定も相次ぐと思われるため、インドに進出する日系企業は、こうした法改正等の動向を引き続き注視し、自社の事業への影響をタイムリーに検討することが求められる。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
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