インドでは、オミクロン型変異株を中心とした第三波が収束し、2022年3月末以降、新型コロナウィルスに関する行動制限は大幅に緩和された。同年11月には、入国要件として求められていた、ワクチン接種証明書又はRT-PCR検査の陰性証明書の提出も不要となった。
このようなコロナ禍の実質的な収束を背景に、インドの経済活動は活気を取り戻しつつあり、2022年は重要な法改正や判決等が続いた。
本号では、本年度の「インド最新法令情報」でお届けしたトピックを振り返りつつ、2023年の展望について述べたい。
1.重要な法令改正等
(1) 個人データ保護法制に関するトピック
2022年8月3日に白紙撤回された2019年個人データ保護法案(Personal Data Protection Bill, 2019。以下「旧法案」という。)に代わり、2022年11月18日、2022年デジタル個人データ保護法案(The Digital Personal Data Protection Bill, 2022。以下「新法案」という。)が公表された。
これまで旧法案の内容を巡って様々な議論がなされてきたが、インド政府が、旧法案の修正案を作成して議論を続けるよりも、シンプルな内容の新法案を策定することが適切であると判断したことによる。
新法案は、原理原則を中心に規定する書きぶりとなった一方で、旧法案で議論の対象となっていた細かなルール(データの国外転送に関するルール等)は、下位法令・通達等に権限移譲されているため、実質的な議論を先送りしたにすぎないとの見方もある。
(「インド最新法令情報」2022年8月号「インド個人情報保護法案の白紙撤回」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13844.html)
(「インド最新法令情報」2022年11月号「2022年デジタル個人データ保護法案の公表」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/14124.html)
(2) インド競争法に関するトピック
① 企業結合届出の免除措置等の延長
2017年、インド企業省は、2002年インド競争法(Competition Act, 2002。以下「インド競争法」という。)に基づく企業結合届出義務を一定の場合に免除(以下「本免除措置」という。)する旨の通達、及び、インド競争法に基づき企業結合届出を行うべき期限の適用を停止(以下「本停止措置」という。)する旨の通達を発布していた。
本免除措置及び本停止措置は、いずれも2022年に期限を迎えるところ、2022年3月16日、インド企業省は、本免除措置の期間を5年から10年に延長する旨の通達、及び本停止措置の期間を5年から10年に延長する旨の通達を発布した。
これらは、従前の特例措置を延長するものであるが、インド企業を直接的又は間接的に買収することを企図する日系企業を含む外国企業の負担を軽減することが期待される。
(「インド最新法令情報」2022年4月号「企業結合届出の免除措置等の延長」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13375.html)
② インド競争委員会が支配的地位の濫用を理由として調査を開始した事例
2022年6月16日、インド競争委員会(Competition Commission of India。以下「CCI)という。)は、Big Tree Entertainment Private Limitedが、インドにおける映画チケット予約のオンライン仲介サービス市場において、支配的地位を濫用している(abuse of dominant position)という一応の(prima facie)証拠が存在すると判断し、同事務局長(Director General))に対して、調査を指示した。
当該指示は、支配的地位の濫用を認定するものではないが、プラットフォーマーの支配的地位の濫用に関する市場画定のアプローチ等、その判断に至る分析過程は、CCIのプラットフォーマーに対する規制の考え方を知る上で参考になると思われる。
(「インド最新法令情報」2022年9月号「支配的地位の濫用を理由とするプラットフォーマーへのインド競争委員会による調査開始」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13927.html)
(3) 税務に関するトピック
① 暗号資産及びNFTへの課税
2022年2月1日、インド予算案において、新たに「仮想デジタル資産(Virtual Digital Asset(VDA))」の移転による収入に対して30%の所得税を課すことが発表された。その後、同年4月1日に所得税法が改正され、上記課税に係る規定が追加された。「仮想デジタル資産」の定義では、暗号資産などのデジタル上で交換価値があるものが広くカバーされているが、NFT(Non-Fungible Token)については、中央政府が官報で指定したものがこれに含まれるとされている。
「仮想デジタル資産」の取得に要した費用以外の費用控除は認められておらず、また、損失の繰越しや他の取引からの収入との相殺も認められていないため、高額な課税がなされる可能性があることに留意が必要となる。
(「インド最新法令情報」2022年2月号「2022年度予算案に示された政策方針」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13241.html)
(「インド最新法令情報」2022年3月号「インドの暗号資産・NFTに関する法規制」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13317.html)
② 子会社再編について一般的租税回避否認規定の適用を否定した裁判例
2022年5月19日、会社法審判所(National Company Law Tribunal)は、パナソニックグループのインド法人2社の合併について、合併の主な目的が繰越損失の引継ぎにあり、一般的租税回避否認規定(General Anti Avoidance Rule(GAAR))が適用される等の税務当局による異議を退けて、同合併を認める旨の判断を下した。
当該判断は、組織再編が結果的に租税上の利益をもたらすとしても、商業的合理性が認められる場合があることを認めたものであり、インドにおいて会社再編を志向する事業者にとって合併申請における有利な先例となりうる点で歓迎すべき判断といえる。
(「インド最新法令情報」2022年6月号「インドにおける子会社再編と一般的租税回避否認規定(GAAR)の適否」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13651.html)
(4) ビデオ会議方式による株主総会等の特例措置の延長
ビデオ会議方式による株主総会の開催は、2013年インド会社法(Companies Act, 2013)において許容されていないが、新型コロナウィルスの感染拡大を受けて、インド企業省は、2020年、定時株主総会及び臨時株主総会をビデオ会議方式によって開催できる旨、並びに臨時株主総会において緊急の決議事項を郵便投票により決議できる旨の通達を発布していた。
当該通達に基づく特例措置は2022年12月現在に至るまで順次延長され、新型コロナウィルスの収束後においても恒常的な措置となるのではないかと注目されている。
(「インド最新法令情報」2022年1月号「ビデオ会議方式による株主総会等の特例の再延長」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13120.html)
(5) ESG投資に関する報告書の提出の義務化
インドにおいてもESG投資への関心は高まっており、インド証券取引委員会(Securities and Exchange Board of India(SEBI))は、2021年5月5日、上場企業上位1,000社について、毎年、事業の責任及び持続可能性に関する報告書(Business Responsibility and Sustainability Report(BRSR)。以下、「本報告書」という。)の提出を義務化することを発表し、2022-23会計年度から運用されることになった。
現状、本報告書の提出が求められるのは、上場企業上位1,000社のみであるものの、本報告書の提出の義務化によって、投資家への情報提供がより有意義なものとなることが期待される。
(「インド最新法令情報」2022年5月号「インドにおけるESG投資」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13561.html)
(6) 仲裁人による契約条件の事後的変更に関して仲裁判断の効力を否定した裁判例
インドにおいては、仲裁判断が「公序(Public Policy)」に反する等一定の要件に該当する場合、仲裁法上、裁判所が仲裁判断の効力を否定することが認められている。2022年5月23日、デリー高等裁判所は、当事者間で合意した契約条件が商業的に履行不能になったという理由で当該契約条件を変更した仲裁判断に対し、当該仲裁判断の効力を否定する司法介入を行った。
近年の仲裁法の改正等を受け、裁判所は、仲裁判断への司法介入に謙抑的な立場を取っていると見られていたが、本事案では、当事者の合意は守られなければならないのが原則であり、かかる原則に反する仲裁判断には、司法介入も妨げられないことが示されたものと言える。
(「インド最新法令情報」2022年7月号「仲裁人による契約条件の事後的変更の可否」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/13731.html)
(7) インターネット上での知的財産権侵害に対する裁判所の土地管轄に関する裁判例
デリー高等裁判所は、2022年2月21日、原告の知的財産権を侵害する商品又はサービスを被告がインターネット上で提供しているという主張に基づく訴訟事件においては、①商品又はサービスの情報提供のみ行っている場合は、裁判所の土地管轄内に所在する者が当該情報に実際にインターネットにアクセスしたことが証明されたときに限り、当該裁判所に土地管轄が認められるが、②当該商品又はサービスを有償で購入又は利用することができる場所を管轄する全ての裁判所に土地管轄が認められるという判決(以下「本判決」という。)を下した。
知的財産権を侵害された者にとっては、知的財産権訴訟に関して圧倒的な専門性及び実績を有するデリー高裁に管轄権が認められるか否かという点が、非常に重要な問題となる。
本判決は、インターネット上での知的財産権侵害に対する裁判所の土地管轄を明確化するとともに、これを広く認めるものである。
(「インド最新法令情報」2022年10月号「インターネット上での知的財産権侵害に対する裁判所の土地管轄」:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2022/14016.html)
2.2023年の展望
国連によれば、2023年にはインドの人口が中国の人口を抜き、世界一の人口保有国となると予測されている。また、インド経済もさらに成長していく見込みであり、インドのGDPは、2025年にドイツを、2027年に日本を抜いて、世界3位となることが予想されている。
このような流れを受けて、2023年も引き続き経済成長を促すための新法制定や法改正が行われるのではないかと思われる。インドに進出する日系企業は、こうした動向を引き続き注視し、自社の事業への影響をタイムリーに検討することが求められる。
また、コロナ禍の実質的な収束により、事業分野によってはリモートワーク等の勤務形態が解除されるなど、コロナ前に行われていた運用への揺り戻しが予想される。
これに伴い、コロナ禍の行動制限下で不正が行われていた場合には、これが明るみになる可能性があり、企業におけるコンプライアンスの遵守や管理体制の整備等が益々重要になると考えられる。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/小川聡/本間洵
info.indiapractice@tmi.gr.jp
インドにおける現行規制下では、外国法律事務所によるインド市場への参入やインド法に関する助言は禁止されております。インドデスクでは、一般的なマーケット情報を、日本および非インド顧客向けに提供するものです。