2023年の半ば、インドの人口が14億2860万人となり、ついに中国を抜いて世界最多となった。また、2027年には、インドのGDPがアメリカ、中国に次いで世界第3位となることも予想されており、世界経済におけるインドの重要性が増している。このような状況の中、2023年もインドでは重要な法改正や判決等が続いた。
本号では、本年度の「インド最新法令情報」でお届けしたトピックを振り返りつつ、2024年の展望について述べたい。
1. 重要な法令改正等
(1) 個人データ保護法制に関するトピック
2023年2月1日に発表された2023年度予算案では、データ活用への研究及び事業の促進のため、データガバナンスポリシーを発表することが盛り込まれ、インドのデータの利活用に関する動向が注目を浴びていた。そのような中、2023年8月11日に2023年デジタル個人データ保護法(The Digital Personal Data Protection Act, 2023)が成立した。
本法の成立過程において、2019年に最初の法案が提出されたが、2022年の白紙撤回を経て、同年に大幅に簡素化された新法案が発表され、最終的には2019年の法案で問題視されたデータローカライゼーションに関する規定等が削除されるなど紆余曲折があった。本法は、他国の個人データ保護法との比較において特異な条項は見当たらないが、具体的な内容の多くを下位規範に委任しているため、下位規範の制定の状況を引き続き注視する必要がある。
(「インド最新法令情報」2023年2月号「2023年度予算案に示された政策方針」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/14409.html)
(「インド最新法令情報」2023年8月号「2023年デジタル個人データ保護法の成立」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/14949.html)
(2) インド競争法に関するトピック
① インド競争法の改正
2002年インド競争法(The Competition Act, 2002)は、2019年から4年に亘って改正についての審議が続けられ、2023年4月11日に改正法が施行された(The Competition (Amendment) Act, 2023)。
本改正法の主要な改正点は、企業結合規制(取引額に基づく届出基準の新設、証券市場における株式取得時の例外の創設、「支配」要件の明確化、企業結合にかかる審査期間の短縮)及び行動規制(カルテルの処罰対象の拡大、和解及び確約の手続の導入、制裁金算定時における「全世界売上高」の考慮)の双方に亘る。いずれもインドで事業を行う日系企業にとって、ビジネスフレンドリーな改正のみならずハードルとなりうるものも含まれているため注意が必要である。
(「インド最新法令情報」2023年4月号「インド競争法の改正」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/14578.html)
② インド競争法の改正に伴う下位規範のドラフトの公表
インド競争委員会(Competition Commission of India)は、2023年9月5日に、本改正法の下位規範である2023年インド競争委員会(企業結合)規則(The Competition Commission of India (Combinations) Regulations, 2023)のドラフトを公表した。
本ドラフトは、未だ確定したものではないが、取引額に基づく届出基準の新設により届出を行うべき類型の数が増加した他、「インドにおける実質的な事業活動」の定義では、利用者数や訪問者数も基準に加わることとなり、今後、インド競争委員会への届出を要する取引の数が増加することが見込まれる。その一方で、企業結合にかかる審査期間の短縮や証券市場における株式取得時の例外など、インドにおける事業活動や投資活動を促進する内容も含まれている。日系企業においては、本ドラフトの今後の修正を含め、一連のインド競争法の改正について引き続き注視する必要がある。
(「インド最新法令情報」2023年9月号「インド競争法の改正(2)」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/15020.html)
③ インド競争委員会が支配的地位の濫用を理由として調査を開始した事例
インド競争委員会は、2023年8月18日、類型的に競争上の懸念が乏しい企業結合に対する自動承認制度(Green Channel Route)に基づく企業結合届出について、本届出を行った2社の企業に対し、総額550万インドルピーの罰金を科す決定を下した。その理由は、虚偽又は不正確な記載があったこと、及び、この記載により自動承認が遡及的に無効となった結果、インド競争委員会の承認なく企業結合を実行したことである。この決定は、インド競争委員会の要件を満たさないにもかかわらず自動承認制度に基づく届出を強行した場合に生じるリスクを示すもので、重要な先例といえる。
(「インド最新法令情報」2023年10月号「インド競争委員会が、自動承認制度に基づく企業結合届出の効力を否定した初の事例」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/15109.html)
(3) 税務に関するトピック
① インドの暗号資産・NFTに関する法規制
2023年3月7日、インド財務省は、仮想デジタル資産と法定通貨の交換等一定の行為を業として行うサービス提供者をマネーロンダリング防止法(Prevention of Money-laundering Act, 2002)上の報告事業者として同法の規制下に置く旨の通知を出した。
その結果、当該サービス提供者は、KYC(Know-Your Customer)手続を実施し、他の報告事業者と同じく一定の基準に従った報告義務等が課されることになる。この義務に違反した場合、サービス提供者は、歳入庁(Department of Revenue)により組成される実施局(Directorate of Enforcement)による捜索及び押収を受ける可能性がある。インドは2023年のG20議長国であるが、今後、インドを中心とした世界各国の暗号資産及びNFTへの規制の在り方が注目される。
(「インド最新法令情報」2023年5月号「インドの暗号資産・NFTに関する法規制(2)」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/14656.html)
② 親会社保証に対するGSTの賦課
GST評議会(GST Council)は、2023年10月6日、①親会社がその子会社が金融機関等から融資を受ける際に行う、いわゆる親会社保証に対して18%のGST(Goods and Services Taxの略称。日本における消費税に相当。)が賦課され、②会社の取締役が当該会社に対して行う個人保証に対してはGSTが賦課されないとの見解を示した。
インドの課税当局は、今後も、対価を伴わない親会社保証に対し、この見解に基づきGST賦課を積極的に行う可能性が高いことから、日系企業が親会社保証を行う際には十分留意する必要がある。
(「インド最新法令情報」2023年11月号「親会社保証に対するGSTの賦課」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/15202.html)
(4) インターネット上での模倣品販売に対する裁判所の暫定的救済
2022年8月3日、デリー高等裁判所は、原告の商標権を侵害する模倣品が掲載されているウェブサイトの運営者に対して、模倣品の販売を暫定的に禁止すること、並びに、政府当局及びインターネットサービス事業者等に対して、当該運営者を特定する情報を開示すること及び当該ウェブサイトを暫定的に無効化することなどを命じる暫定的救済を付与した。この暫定的救済は、インターネット上での模倣品販売において、知的財産権者の権利保護に大きく寄与するものであり、注目に値する。
(「インド最新法令情報」2023年1月号「インターネット上での模倣品販売に対する裁判所の暫定的救済」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/14299.html)
(5) 外国人弁護士及び外国法律事務所によるインドにおける活動の規制緩和
日本弁護士連合会に相当するインド法曹評議会(Bar Council of India)は、2023年3月10日、外国人弁護士及び外国法律事務所のインド国内での活動を一定の範囲で認める旨の規則(Bar Council of India Rules for Registration and Regulation of Foreign Lawyers and Foreign Law)を公表した。
本規則は、外国人弁護士及び外国法律事務所のインド国内での活動を厳格に禁止するという、従前のインド法曹評議会の立場を変更し、大幅な規制緩和を認めるものであり、日本の法曹界においても大きな話題となった。具体的な手続等の詳細はいまだ明らかにされておらず、今後の下位規則やガイドラインの制定等を待つこととなるが、今後の各国の法律事務所の動向が注目される。
(「インド最新法令情報」2023年3月号「外国人弁護士及び外国法律事務所によるインドにおける活動の規制緩和」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/14491.html)
(6) 新たな外国貿易政策の公表
2023年3月31日、インド政府は、輸出入に関する政策指針である外国貿易政策(Foreign Trade Policy)を公表した。前回のFTPは、2015年に公表され、2020年に更新されることとなっていたが、世界貿易機関(WTO)による規制と整合的ではない規定を有していたことや、コロナウイルスの流行の影響等が重なり、FTPの公表は延期され続けた。
2023年の外国貿易政策の主要な項目は、貿易円滑化とビジネスのしやすさの向上、SCOMET(Special chemicals, organisms, materials, equipment, and technologies)ライセンス手続の合理化、ステータスホルダー・輸出優良都市の認定、電子商取引(E-commerce)の輸出の拡大、地方への輸出促進策の波及である。この外国貿易政策では5年ごとの更新という枠は設けられず、通商政策として今後も適宜修正しつつ継続する見込みである。
(「インド最新法令情報」2023年6月号「新たな外国貿易政策の公表」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/14757.html)
(7) 会社法審判所が自ら下した命令を破棄する権限を有することが確認された事例
2023年5月25日、会社法上訴審判所ニューデリー本部(National Company Law Appellate Tribunal, New Delhi Bench)は、十分な根拠が存在すれば、自ら下した命令を破棄する内在的な権限を有するとの判断を下した。
紛争解決手段の選択は、インド事業を行うにあたり重要な問題であるが、この判断は、日系企業が紛争解決手段(会社法審判所、仲裁等)を選択するうえで重要な考慮要素の1つになるものといえる。
(「インド最新法令情報」2023年7月号「会社法(上訴)審判所が自ら下した命令を破棄する権限を有することが確認された事例」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2023/14849.html)
2. 2024年の展望
インドでは2024年4月から5月にかけて総選挙が実施される予定であり、政権3期目を目指すモディ首相及び与党BJP(インド人民党)と政権奪取を目指す政党連合(I.N.D.I.A.)との間で激しい選挙戦が予想されている。2023年12月には前哨戦である3つの州(マディヤプラデシュ州、ラジャスタン州、チャッティスガル州)の議会選挙で与党BJPが過半数を獲得し、来年の総選挙への影響がますます注目されている。選挙結果が法改正や新法制定に及ぼす影響は大きいことから、インドに進出する日系企業は、こうした動向を引き続き注視し、自社の事業への影響をタイムリーに検討することが求められる。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/小川聡/鈴木基浩
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