2024年は、世界最大といわれるインド議会の総選挙があり、6月には、与党連合が議席の過半数を維持し、モディ首相が再選したことが大きな話題となった。昨年2023年には人口も中国を抜いて世界一位となっており、インドが国際社会における存在感をますます高めた一年となった。このような状況の中、インドでは、重要な法改正や判決等が続いた。
本号では、本年度の「インド最新法令情報」でお届けしたトピックを振り返りつつ、2025年の展望について述べたい。
1.重要な法令改正等
(1)政策に関するトピック
2024年の4月から6月にかけてインドの下院総選挙が行われた。モディ氏が所属する与党・インド人民党(BJP)としては、議席の単独過半数を失ったものの、BJPが率いる与党連合(NDA)としては議席の過半数を確保し、モディ政権は、3期目に入った。
選挙前の2024年2月1日に暫定予算案が公表されていたが、選挙後の同年7月に正式な2024年度予算案が公表された。
同予算案は、上記の経緯から与党連合内の連立パートナーの意向に配慮した内容となっているが、財政赤字の対GDP比目標を引き下げるなど、財政健全化へ向けた取組みは継続されている。労働力の能力向上を目指す取組み等とともに、外国企業に対する法人税率の引き下げ、キャピタルゲイン税制の簡素化が打ち出されるなど、より良好な投資環境へと向かう方向性は、継続していると考えられる。
(「インド最新法令情報」2024年2月号「2024年度(暫定)予算案に示された政策方針」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/15531.html)
(「インド最新法令情報」2024年6月号「2024年総選挙の結果」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/15896.html)
(「インド最新法令情報」2024年9月号「2024年度予算案に示された政策方針」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/16169.html)
(2)インド会社法制ないし投資規制に関するトピック
① 非公開会社における株券等の電子化
2023年10月27日、2014年会社法(有価証券の目論見書及び割当て)規則(Companies (Prospectus and Allotment of Securities) Rules, 2014)が改正され、2023年会社法(有価証券の目論見書及び割当て)第2改正規則(Companies (Prospectus and Allotment of Securities) Second Amendment Rules, 2023)が即日施行された。
従前から公開会社(public companies)は株券等の有価証券を電子化することが義務づけられていたが、本規則により、非公開会社(private companies)も同様の義務を負うこととなった。その履行期限は、多くの場合2024年9月30日であったため、インド現地法人を有する日系企業の多くは対応済みと思われるが、今一度確認されたい。
(「インド最新法令情報」2024年1月号「非公開会社における株券等の電子化」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/15421.html)
(「インド最新法令情報」2024年8月号「非公開会社における株券等の電子化に係る注意喚起」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/16077.html)
② 株式等のクロスボーダースワップ取引の規制緩和
2024年8月16日、インド外国為替管理規則2019(非債務証券)が改正され、インド居住者であるインド企業とインド非居住者である外国企業等との間で、当局の許可なく、その保有する国内外の企業の株式等を交換できることとなった。
当該改正は、海外からの投資促進に対するインドの積極的姿勢を反映したものであり、インドへの投資や進出を検討している日本企業にとって、好意的に評価できる。
(「インド最新法令情報」2024年11月号「M&A対価の柔軟化:株式等のクロスボーダースワップ取引の規制緩和について」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/16457.html)
③ 宇宙分野における外国直接投資規制の改正
2024年2月21日、インド政府は、宇宙分野における外国直接投資規制の改正を発表した。
インドにおいて、外国直接投資、すなわち非居住事業体又は非居住者がインド内国会社の資本に対する投資を行う場合、対象事業分野ごとに、外資比率の上限や必要な手続が定められているが、本改正により宇宙分野における投資対象事業の範囲や手続が緩和された。
本改正により、日系企業を含む様々な外国企業によるインドの宇宙産業に対する投資が大きく増加することが期待されるが、本改正が実際にどのように運用されていくのか、また、今後個別のガイドライン等の規制が出されるのかについては不透明なところは多く、今後の動向を注視する必要がある。
(「インド最新法令情報」2024年3月号「宇宙分野における外国直接投資規制の改正」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/15623.html)
(3)インド競争法に関するトピック
① 新しい課徴金減免制度の導入
2024年2月20日、インド競争委員会(Competition Commission of India)は、2024年インド競争委員会(制裁緩和)規則(Competition Commission of India (Lesser Penalty) Regulations, 2024)において新しい課徴金減免制度である「リニエンシー・プラス」を導入し、即日施行した。
本制度は、既に規制当局に明らかとなっている第1のカルテルに関与した者が、規制当局に明らかとなっていない第2のカルテルについて情報を提供した場合に、当該第2のカルテルに関する通常の課徴金減免に加え、第1のカルテルに関する課徴金の追加的な減額を受けることができるというものである。
本制度は、従来の課徴金減免制度を大幅に強化するものであり、カルテルの摘発がより促進されることが期待されるが、課徴金の減額率の設定等の具体的な適用に関してはインド競争委員会の広範な裁量に委ねられているため、この点に関するガイドラインの早期の策定が望まれる。
(「インド最新法令情報」2024年4月号「新しい課徴金減免制度の導入」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/15709.html)
② インド競争法改正規則の発効
インドでは、2023年(改正)競争法(The Competition (Amendment) Act, 2023)の成立を受けて、企業結合規制や行為規制に関する種々の法改正が行われたが、2024年9月10日付で改正競争法の結合規制に関する規則が発効した。
本規則では、企業結合届出が必要となる取引額基準の明確化、証券市場又は公開買付けによる企業結合の場合の権利行使可能な範囲、届出免除の対象となる最低価格規則(Minimum Value Rules)、いわゆるGreen-Channel Routeの明確化、新たな届出免除事由の創出等、様々な改正点がある。
日本企業がインド進出を検討するうえで概ね歓迎すべき動きであると言えるが、一部規制強化の側面もあるため、今後インド競争委員会の運用も含めて注視する必要がある。
(「インド最新法令情報」2024年10月号「インド競争法改正規則の発効」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/16327.html)
(4)インド特許規則の改正に関するトピック
2024年3月15日、インド商工省産業国内取引促進局(Department for Promotion of Industry and Internal Trade:DPIIT)は、2003年特許規則を改正する2024年改正特許規則を公表の上、施行した。
本規則における改正点は、外国出願に関する情報提供義務の緩和、審査請求期限の延長、分割出願の範囲の明確化、特許発明の実施状況報告義務の緩和等、多岐に亘る。
本規則は、基本的に改正特許規則は既存の手続の簡略化・迅速化を図るものであるが、特許出願や異議申立の手続に変化が生じているため、注意が必要である。
(「インド最新法令情報」2024年5月号「インド改正特許規則改正2024」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/15802.html)
(5)インド電気通信法の施行に関するトピック
2023年12月にインド電気通信法(The Telecommunications Act, 2023)が成立したが、2024年6月26日にその一部が施行された。
同法は日本の電気通信事業法に相当する法律であり、基本的には通信サービスに関連して事業者を規制する取締法規としての性質を有する。
インド電気通信法の施行により、電気通信サービスの提供にあたっては、かつての「免許」制(License)ではなく、通信省電気通信局(DoT)による「認可」制(Authorization)に変更されており、認可を得ずにインドにおいて電気通信サービスを提供した場合には罰則が科され(同法42条1項。3年以下の懲役若しくは2000万ルピー以下の罰金、又はその併科)、同法は域外適用の定めもある(同法1条2項(ii))。前記認可を要する「電気通信サービス」は「電気通信を用いたあらゆるサービス」とされるところ、「電気通信」(Telecommunication)の定義については「有線、無線、光学その他の電磁気的システムによるメッセージの送信、発信又は受信をいい、これらのメッセージがその送信、発信又は受信の過程で何らかの手段により再配列、計算その他の処理を受けたか否かを問わない」と広範な定めを行っており(同法2条(p)号)と広範な定めを行っているため、その解釈及び実務動向については、引き続き注意する必要がある。
(「インド最新法令情報」2024年7月号「インド電気通信法の施行」:
https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2024/15973.html)
2.2025年の展望
2024年のインド議会の総選挙はモディ政権の快勝とはならなかったが、与党連合が議席の過半数を維持できたのは、モディ政権がビジネス環境を積極的に整備したことが評価されたとの見方が強い。3期目に入ったモディ政権は、2025年以降もこの姿勢を継続するものと思われ、重要な法改正等が続くことが予想される。
インドに進出する日系企業は、こうした動向を引き続き注視し、自社の事業への影響をタイムリーに検討することが求められる。
以上
TMI総合法律事務所 インド・プラクティスグループ
茂木信太郎/小川聡/本間洵
info.indiapractice@tmi.gr.jp
インドにおける現行規制下では、外国法律事務所によるインド市場への参入やインド法に関する助言は禁止されております。本記事は、一般的なマーケット情報を日本および非インド顧客向けに提供するものであり、インド法に関する助言を行うものではありません。