他国と同様、インドも、昨年に引き続き新型コロナウイルスに翻弄された一年であった。春には大規模な宗教行事に起因するとされる爆発的な感染拡大(第二波)が起こった。酸素ボンベを求めた民衆が大行列を作っている映像は記憶に新しい。一方、第二波では全土のロックダウンは行われず、経済活動は活発に行われた。また、年間を通じて、規制緩和、規制内容の明確化等を内容とするビジネスフレンドリーな法改正、判決等が続いた。
本号では、本年度の「インド最新法令情報」でお届けしたトピックを振り返りつつ、2022年の展望について述べたい。
1.重要な法令改正等
(1) インド労働法の再編
インドの労働関係法のうち主要な連邦法が4本の法律に再編され、2019年賃金法(The Wages Act, 2019)、2020年社会保障法(The Code on Social Security, 2020)、2020年労使関係法(The Industrial Relations Code, 2020)及び2020年労働安全衛生法(The Occupational Safety, Health and Working Conditions Code, 2020)が2020年9月までに順次成立した(※)。
これまで多数の労働関係法が乱立し、インドに進出する日系企業の頭を悩ませてきたが、これら労働関係法の再編により労務管理が容易になるとともに、コンプライアンスにかかるコストの削減にもつながることが期待される。
※但し、運用規則等の整備に時間を要しているようであり、2021年12月20日現時点において、2019年賃金法(The Wages Act, 2019)及び2020年社会保障法(The Code on Social Security, 2020)の一部が施行されるにとどまっている。
(「インド最新法令情報」2021年1月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12266.html)
(「インド最新法令情報」2021年3月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12415.html)
(2) インド競争法に関するトピック
① 企業結合届出に関する手引書の改訂
2020年3月27日、インド競争委員会(Competition Commission of India)は、競争法上の企業結合規制に関して、競争上の懸念が小さい企業結合に対する自動承認制度(Green Channel Route、GCR)及び企業結合届出の際に利用される書式であるフォームIの内容をより明確化するため、改訂版手引書(Revised Guidance Notes)を公表した。これにより、GCR利用要件の明確化、市場シェア記載義務の緩和等が図られ、インドにおける企業結合届出の負担が軽減されるとともに、企業結合の可否に対する予測可能性が高まった。
(「インド最新法令情報」2021年2月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12291.html)
② インド競争委員会による暫定的救済事例
2021年3月9日、インド競争委員会は、インドの宿泊予約サイト事業者であるMakeMyTrip Private Ltd.及びIbibo Group Pvt. Ltd.に対して、インドの格安ホテルチェーンであるFabHotels及びTreeboの宿泊施設を自社の宿泊予約サイトに直ちに再掲載するよう暫定命令を発付した。
かかる暫定命令は、手続的な違反を理由に停止されたものの、市場への影響が決定的なものになる前に介入するという現在のインド競争委員会の積極性を反映しているという点で、実務上重要な意義を有する。
(「インド最新法令情報」2021年4月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12505.html)
③ インド競争委員会が自動車メーカーに対して20億ルピーの罰金を課した事例
インド競争委員会は、インドの自動車販売シェアトップのMaruti Suzuki India limitedが、販売店に対して、(i)ディスカウント制限ポリシー(Discount Control Policy)を適用したこと、及び(ii)覆面調査員を利用してその遵守状況をモニタリングし、違反者に対して罰則を課すとともに供給停止を示したことについて、インドでの競争に悪影響を与えるものとして、インド競争法に違反するものと認定し、同社に対して20億ルピーの罰金を課した。かかる事案において、インド競争委員会は、競争法上規制対象となる競争制限的な「合意」の定義は、契約法におけるそれとは異なり、広くすべての契約、アレンジメント、理解を含むものであり、かつ、書面によるものだけではなく、黙示の場合や非公式のものも含むとした。その上で、書面による合意に該当条項がなくとも、実務的な運用が存在すれば、それをもって合意の存在が認められ得るとした。
(「インド最新法令情報」2021年8月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12804.html)
(3) インド会社法に関するトピック
① 企業の社会的責任(CSR)に関する更なる規制強化
2021年1月22日に施行された改正会社法(Companies (Corporate Social Responsibility Policy) Amendment Rules, 2021)によって、会社法上の企業の社会的責任(CSR)に関する規制の強化が図られた。
具体的には、CSR委員会によるモニタリング義務の強化、開示義務の強化等を内容とするものであり、対象企業に対しより厳しいコンプライアンス遵守を求めるものである。一方、CSR活動の対象とならない活動の列挙、諸経費の上限導入等、これまで不明確であったCSR活動の枠組みが一定の範囲で明確化されたという意味で、歓迎すべき改正であった。
(「インド最新法令情報」2021年3月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12427.html)
② ビデオ会議方式による取締役会の全面解禁
インド会社法は、ビデオ会議方式による取締役会を原則として許容しつつ、政令により例外を定めることができる旨規定している(第173条第2項)。かかる規定に関する政令として、インド企業省(Ministry of Corporate Affairs)による、一定の重要議題に係る取締役会をビデオ会議方式により開催することを禁止する規則が存在していたが、新型コロナウイルスの感染拡大等を受けて、2021年6月15日、インド企業省は、上記規則を撤廃する規則を施行し、ビデオ会議方式による取締役会を無期限かつ全面的に解禁した。
(「インド最新法令情報」2021年7月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12704.html)
(4) 仲裁に関するトピック
① 国際仲裁に関するインド最高裁判決
2021年4月20日、インド最高裁判所は、インドにおける国際仲裁に関する重要な判決を下した。両当事者がインド人又はインド企業である場合にインド国外を仲裁地(Seat of Arbitration)とする仲裁合意は有効かという点について、長年に亘り議論が続いており、一部の裁判所は、無効であるとの判断を下していた。そうした中、インド最高裁判所は、両当事者がインド人又はインド企業の場合であっても、インド国外を仲裁地とする仲裁合意が有効であることを明確に判示し、長年の議論に終止符を打った。
(「インド最新法令情報」2021年5月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12572.html)
② 仲裁判断に対するインド裁判所による司法介入の現状
2021年3月4日、インド最高裁判所は、仲裁判断への司法介入に関し謙抑的な立場をとることを前提とする判断を下した。具体的には、裁判所は仲裁手続において取り調べられた証拠を再評価すべきではなく、また、単に仲裁判断とは異なる契約の解釈が存在するというだけで仲裁判断に対する異議申立てはできないとした。
かかる判決及びこれと類似する近時の裁判例を俯瞰すると、従前問題となっていたインド裁判所による仲裁判断への介入の問題はほぼ解消され、インドにおける仲裁判断の執行が裁判所の介入により事実上頓挫してしまうというリスクは限りなく小さくなったといえる。
(「インド最新法令情報」2021年6月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12646.html)
③ インドを仲裁地とする緊急仲裁判断の執行力を認めた最高裁判決および留意点
インドでは、従前より、インド国内を仲裁地(Seat of Arbitration)とする緊急仲裁判断について、これがインド仲裁法上の「interim measures」に該当し、執行力が認められるのかが議論されてきた。すなわち、緊急仲裁判断は、本来の仲裁廷が構成されるのとは別に、選定された緊急仲裁人が判断を下すという特別な手続によるものであるから、通常の仲裁廷による暫定措置と同様に「interim measures」に該当すると解することができるかという点が問題となっていた。そのような中、インド最高裁判所は、インド国内を仲裁地(Seat of Arbitration)とする緊急仲裁判断がインド仲裁法上の「interim measures」に該当し、執行力を認める判決を下した。
(「インド最新法令情報」2021年11月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/13024.html)
(5) 株式のオフショア間接譲渡課税に関する法改正
2021年8月13日、インド政府は、外国法人がオフショアに設立した子会社にインド内国法人の株式を保有させ、かかる子会社を海外で別の外国法人に譲渡することで、インド内国法人の事業を、インド国内取引を介さず譲渡する取引(以下「オフショア間接譲渡」という)に関する課税につき注目すべき法改正を行った。
【法改正の要点】
・2012年5月28日より前に行われたオフショア間接譲渡(以下「対象間接譲渡」という)は課税されない
・対象間接譲渡への新たな課税手続(調査結果通知等)の禁止
・納税者による訴訟の取下げ等一定の要件を満たすことで、対象間接譲渡に対してすでに行われている課税手続の破棄(当該課税手続は無かったものとみなされる)
・対象間接譲渡に対し既に納税された納税額の還付(但し還付金に対する利息無し)
本法改正は、これまでインドに投資又は進出する企業の頭を悩ませてきたオフショア間接譲渡への課税に関する紛争に終止符を打つものであり、歓迎すべき法改正である。
(「インド最新法令情報」2021年9月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12880.html)
(6) 2021年ドローン規則の施行
2021年8月25日、インド民間航空省(Ministry of Civil Aviation)は、2021年ドローン規則(Drone Rules, 2021)を公布し、同日付で施行した。かかる規則は、2021年3月12日に公布された2021年無人航空機システム規則(Unmanned Aircraft System Rules, 2021)に置き換わるものである。規制が煩雑であると批判されていた旧規則に対し、当局に提出すべき書式の種類を削減するなど、大幅に規制を簡略化するものである。
ドローンに関する規制を大幅に簡略化することにより、インドにおけるドローンの活用を促進することとなり、インドにおいて自らドローンを活用する日系企業のみならず、インドにおいて事業を行う日系企業全般にとっても好ましいものといえる。
(「インド最新法令情報」2021年10月号に関連記事:https://www.tmi.gr.jp/service/global/asia-pacific/2021/12940.html)
2.2022年の展望
インド統計・計画実施省は、本年11月30日、2021年度第2四半期の実質GDP成長率を前年同期比8.4%であると発表した。昨年はロックダウンにより経済が停滞したが、本年はwithコロナの経済成長を実現し、2020年第3四半期から4期連続のプラス成長となった。
コロナの状況は変異株の出現等、予断を許さない状況ではあるものの、2022年も引き続き、インドの経済活動は活発な状況が続くことが予想される。
また、経済拡大路線をとるモディ政権により、更なるビジネス環境の改善が行われることが期待されており、これに伴いインドにおける法規制や解釈指針が日進月歩で進化することが予想される。インドに進出又は投資する日系企業にとっては、新たな法規制や解釈指針及びこれらの改正をタイムリーにキャッチアップすることが、ビジネス機会の最大化及びリスク回避の観点で益々重要になってくると思われる。
当事務所が毎月発行するこの「インド最新法令情報」がその一助となれば望外の喜びである。
以上
TMI総合法律事務所 インドデスク
茂木信太郎/白井紀充
info.indiapractice@tmi.gr.jp
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