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【SDGs・ESG】ビジネスと人権(第1回:企業がビジネスと人権へ取り組むべき理由)
2021.08.25
はじめに
SDGsやESGが紙面を賑わすようになってから久しく、「ビジネスと人権」という言葉ももはや企業経営には欠かせないコンセプトになったともいえるでしょう。本ブログでは、ビジネスと人権がなぜ重要と考えられているかについて、改めて考えてみたいと思います。
ビジネスと人権に関する指導原則とは
そもそも「人権」とは、国家が保障する義務を負う国民の権利を意味する概念です。しかし、グローバル化が進み、もはや国家や国際機関のみでは人権に対する負の側面(強制労働、児童労働、低賃金労働等)に対応できなくなってきました。そこで、1999年の世界経済フォーラム(ダボス会議)の席上でコフィー・アナン国連事務総長(当時。以下「アナン氏」といいます。)が提唱した国連グローバル・コンパクト(UNGC)(注1)を皮切りに、企業に対して人権を含む社会問題への対応が求められることになりました。その後、2011年の第17回国連人権理事会において、アナン氏により指名されたハーバード大学ケネディスクールのジョン・ラギー教授らが策定した「ビジネスと人権に関する指導原則:保護、尊重及び救済の枠組みにかかる指導原則」が全会一致で承認されました。同指導原則は、法的拘束力を持たないものの、これにより、ビジネス主体にも人権を擁護する義務を課す世界的潮流ができました。
OECD多国籍企業行動指針(OECD Guidelines for Multinational Enterprises)(注2)も、2000年改訂時に児童労働などが触れられてはいましたが、ビジネスと人権に関する指導原則の承認に伴い、2011年改訂で人権の章が新設されました。また、2017年には、ビジネスと人権に関する指導原則を踏まえ、ILO多国籍企業宣言(注3)も改正され、強制労働、救済へのアクセスなどが組み込まれ、内容が拡充されました。なお、ISO(国際標準化機構)が2010年に発行したISO26000(注4)においても、人権の尊重が記載されています。
一方、日本でも、経団連の企業行動憲章(2004年)(注5)において「人権を尊重し」と記載されていましたが、昨今のビジネスと人権に関する取り組みの世界的潮流を踏まえ、コーポレートガバナンス・コードの2021年改訂版(注6)においても「人権の尊重」が記載される等、その機運は高まっています。
ビジネスと人権に関する指導原則は、①国家の人権保護義務(原則1~10)、②企業の人権尊重責任(原則11~24)、③救済措置へのアクセス(原則25~31)の3つの柱に分類し、企業活動が人権に与える影響に係る「国家の義務」及び「企業の責任」を明確にすると同時に、被害者が効果的な救済を得るメカニズムの重要性を強調し、各主体が、それぞれの義務・責任を遂行すべき具体的な分野及び事例を挙げています。企業が関係するのは主に②の柱であり、人権ポリシーを策定し、人権デュー・デリジェンス(以下「人権DD」といいます。)を行い、人権への悪影響に対する正当な手続きを通じた救済の提供が求められています。
ビジネスと人権に関する取り組みが企業にとって重要な理由
ところでなぜ、ビジネスにおいて人権が重要なのでしょうか。人権の尊重は企業の社会的責任を果たすための中心的な事柄であることは大原則ではありますが、ビジネスと人権に関する取り組みを進めていくにあたっては、単に欧米の取引先やESG投資家からの要求に応えるのみではなく、この点を理解したうえで進めることが重要だと思われます。以下では、実務的な観点から、その重要性を紹介します(なお、OHCHR(Office of the United Nations High Commissioner for Human Rights)のBusiness and Human Rights: Progress Report(注7)においても、ビジネスと人権に関する取り組みが重要である理由が9つ提示され、それぞれについて説明されておりますので、ぜひご確認ください。)。
(1)グローバルな取引において、ビジネスと人権への対応は必須であること
まず、グローバルな取引において、実体としてビジネスと人権に関する取り組みが強制される場面が増えてきており、今後もその傾向は続くと考えられます。たとえば、米国カリフォルニア州のサプライチェーン透明化法、イギリスの英国現代奴隷法、フランスの人権DD法、オランダ児童労働DD法、オーストラリアの現代奴隷法など、欧米を中心に、人権の擁護を企業に求める法令が既に制定されています。今後もEU、ドイツ、カナダ、スイス等で人権DDを義務化する法令等が制定される予定であり、今後もこの流れが続いていくものと思われます。したがって、これらの法令が適用のある地域においてビジネスを行い又はこれらの地域に所在する会社と取引をしている企業にとっては、これらの法令を遵守する必要があることから、人権DDをはじめとするビジネスと人権への理解及び実践は必須であることは明らかです。
(2)人権侵害に関連する商品やサービスの提供が一定の地域で制約されること
商品やサービスが人権侵害に関連している場合、輸出入等の規制により、特定の地域で取引ができないリスクが生じます。たとえば、米国において、税関において強制労働に依拠すると認めた輸入品に対して、違反商品保留命令(WRO:Withhold Release Order)がなされており、現在NGO等により指摘されている新疆ウイグル自治区におけるウイグル族やその他少数派民族の人権問題(以下「ウイグル問題」といいます。)に関連して、綿製品やトマト製品がその対象となっています。日本企業もこの規制の対象となっており、サプライチェーン上の人権問題は、商品の輸出入に甚大な影響を与えています。このようなリスクの顕在化を可能な限り予防し、有事の際には迅速かつ適切に対応するために、平時からサプライチェーンを把握し、人権DDを行うことは、リスクマネジメントとして行うべきことと考えられます。(なお、G7コーンウォールサミットの共同声明において「我々は、最大の問いに答え、最大の課題を克服するために、民主主義、自由、平等、法 の支配及び人権の尊重という力を活用する。」(注8)という表現が使われる等、人権の尊重が政治・外交・安全保障のツールとして使われている点については留意が必要です。米中関係の対立が深化すると、その影響も大きくなる可能性があるため、常に情報をアップデートするとともに、平時でのビジネスと人権への取り組みを進めていく必要があるものと考えます。)
(3)日本国内においても、その重要性は変わらないこと
現状グローバルな取引をしていないからといって、日本国内の企業にとって重要性が劣後するということは決してありません。たとえば日本国内において、技能実習生に関する劣悪な待遇や、代表者がヘイトスピーチを行ったことによりこうした行為を行った企業が国内外から批判を浴びたという実例からしても、ビジネスと人権に関する取り組みの必要性は明らかです。
さらに、昨今の急速なデジタル化も影響してビジネスのグローバル化がさらに進んでおり、今後グローバルなビジネス展開が求められる企業も多いものと考えられます。その場合には、上記のとおりビジネスと人権に関する取り組みが必要であり、ビジネスをグローバル化させるタイミングで取り組みを始めるのでは機を逸し、国際的な競争力を失ってしまう可能性も否定できません。
さらには、日本国内においても人権DDを義務付ける法令の制定に関する議論がはじまっており、近い将来日本国内においても欧米のような人権の擁護を企業に求める法令が制定される可能性もあります(注9)。
(4)エシカルな価値を体現する重要性
人や社会・環境に配慮した消費行動「倫理的消費(エシカル消費)」への関心が高まっており、会社に対する人権の尊重への期待値も高まっているといえます。したがって、ビジネスと人権への取り組みに対するポジティブな評価が、そのような一般消費者との関係に対して商品選択の一つの動機になるなど、一定の他の商品との差別化効果を持ちうることになります。
また、人材の確保という観点からもエシカルな価値を体現していることは有用です。実際に、筆者が研修していたスウェーデンでは、企業が積極的にエシカルな活動を行っている理由の一つに、エシカルな企業でなければ優秀な人材を獲得できないという点が挙げられています。
以上より、企業による人権の尊重は、企業が社会的存在である以上当然の責務ですが、ビジネスの観点からも当然に取り組まなければならない非常に重要なコンセプトです。各企業は、ビジネスと人権に関する取り組みを、主体的に進めていくべきであると考えられます。
まとめ
本記事では、「ビジネスと人権」をトピックとする記事の第1回として、ビジネスと人権に取り組む重要性を中心に解説しました。ビジネスと人権は、もはや単なる企業の社会的責任を果たす一つのツールのみならず、ビジネス上の重要なマネジメントツールであり、特に欧米を含めたグローバルな市場において支障なくビジネスを展開するためにはもはや避けては通れない重要な取り組みです。この点を踏まえた「ビジネスと人権」の重要性を、マネジメント層をはじめとした全社員がしっかりと理解し、取り組みを進めていく必要があります。
もっとも、「ビジネスと人権」に関しては、人権DDの実施方法を含め、多くの難しい点があることも事実です。弊所のサスティナブル・ロイヤーチームでは、今後「ビジネスと人権」にかかわる記事も多く掲載していく予定ですので、「ビジネスと人権」に関する取り組みに対して少しでも参考になれば幸いです。
(注1)各企業・団体が責任ある創造的なリーダーシップを発揮することによって、社会の良き一員として行動し、持続可能な成長を実現するための世界的な枠組み作りに参加する自発的な取り組み。https://www.ungcjn.org/gc/
(注2)https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/housin.html
(注3)https://www.ilo.org/empent/areas/mne-declaration/WCMS_676220/lang--en/index.htm
(注4)https://www.iso.org/iso-26000-social-responsibility.html
(注5)https://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/cgcb/charter2004.html
(注6)https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf
(注7)https://www.ohchr.org/documents/publications/businesshren.pdf。同レポート(P4)によると、①国内法及び国際法の遵守につながること、②消費者の懸念や要求に応えられること、③法の支配を促進すること、④コミュニティの無形資産を築けること、⑤サプライチェーンマネジメントが可能になること、⑥リスクマネジメントが向上すること、⑦市場がオープンであることを維持できること、⑧従業員の生産性と雇用維持率が向上すること、⑨会社の価値を社会に適用できること、が挙げられています。
(注8)G7カービスベイ首脳コミュニケ「より良い回復のためのグローバルな行動に向けた我々の共通のアジェンダ」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100200083.pdf)
(注9)国民民主党・人権外交と経済安全保障に関する研究会「人権侵害対処取組の情報開示等に関する法制度骨子」(https://new-kokumin.jp/wp-content/uploads/2021/06/7d1759c5fa9c31dfbf2fd2080717359f.pdf)
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