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サステナブル・ファイナンスとESG開示におけるDLT活用(第1回)
2021.09.09
SDGs国連採択とパリ協定締結
2015年9月、国連持続可能な開発サミットが開催され、17のゴールと169のターゲットにより構成される「持続可能な開発目標(SDGs)」が採択され、12月には国連気候変動枠組条約締約国会議(COP21) において2020年以降の気候変動問題に関する「パリ協定」が合意された。
パリ協定の発効条件は、①55カ国以上の参加と②世界の総排出量の55%以上をカバーする国による条約批准だったが、2016年4月の署名式では日本を含む175の国と地域が署名し、同年11月4日に正式に発効した。
パリ協定が掲げる世界共通の長期目標は、
●産業化前からの平均気温上昇を2℃以内に保つこと(2℃目標)、及び
●21世紀後半に人間活動による温室効果ガス排出量と森林等による吸収のバランスを取り、排出量をなるべく早期にピークアウトするため最新科学を推進し削減することである。
パリ協定の前文では、海洋を含む地球上の「全ての生態系の保全」と「生物多様性の保護」に関してClimate Justiceを意識すべしとの基本哲学が示されている。識者によれば、この「クライメート・ジャスティス」という言葉は、21世紀後半の環境問題を地球規模の「最後の審判」の機会と自覚し、地球環境の保全行動を実践すべしというキリスト教的思考回路に由来するという。
そして、パリ協定の「発展途上国を含む全ての参加国に排出削減の努力を求める枠組み」や2019年9月の「気候行動サミット」において参加国のうち77ヵ国が「2050年にネット・ゼロ・エミッション実現」を表明するという強固なコンセンサスの達成は、気候変動問題を人類の持続可能性の危機と捉える西欧社会の宗教的・思想的背景に裏付けられているという。
地球環境の危機意識は、成層圏に蓄積した温室効果ガスが地表から放出される赤外線を吸収した後、全方向に赤外線を放出して地表の温暖化を引き起こし、世界各地で異常気象と自然災害を多発させているという科学的根拠に支えられている。国際社会では「CO₂を発生しない社会生活への転換」の実現が現代の人類の課題であるとの共通認識が認められるようだ。
そして、パリ協定のゴールを達成するには、毎年1,800億ユーロ(23兆4千億円)の投資資金が必要であると試算されている。
サステナブル・ファイナンスと世界の資本市場
(1) サステナブル・ファイナンス
日本では、西欧社会全体のコンセンサスの強固さを見せられた後、2020年10月に「温室効果ガスの排出量と吸収量を2050年にプラスマイナス・ゼロとする目標」が表明された。
パリ協定がCOP21で合意された2015年以来、世界の金融資本市場では、金融の意思決定においてESG要素を統合すること、そして世界で3,000兆円ともいわれるESG投資資金を脱炭素社会の実現に貢献する技術力・潜在力を持つ企業に振り向けられるように民間の投資資金を誘導するファイナンスの試みと仕組みが実現されつつある。
「持続可能な経済・社会・環境開発(ESG課題の解決)を促進する金融」を「サステナブル・ファイナンス」と総称する。その中でESG課題のうち、気候変動・生物多様性・エネルギー資源等の環境課題に取り組む資金調達を「グリーン・ファイナンス」、資金使途をこれらの環境課題対策プロジェクトとする社債を「グリーンボンド」といい、教育・医療・食料等の社会課題の解決に取り組むプロジェクトに発行手取金を充当する社債を「ソーシャルボンド」という。
(2) 世界の資本市場におけるESGの進展とESG開示
先行する欧州ではCOP21の10か月後、2016年10月、ルクセンブル証券取引所が、世界初のグリーンボンド専門市場「ルクセンブルグ・グリーン・エクスチェンジ(LGX)」を開設した。LGXでは資金使途の100%を環境開発とする社債発行体を受け入れる上場要件を定めている。
「世界は低炭素社会に移行するために2050年までに年1兆ドルの資金を投じるようになる」と推定する国際エネルギー機関(IEA)のビジョンを受け、LGXは資本市場におけるサステナブル・ファイナンスの規模の拡大とイノベーションのスピード感の加速を確信してスタートした。
LGXでは、気候変動対策のグリーンファイナンスの資格基準として国際資本市場協会(ICMA)のグリーンボンド原則等に準拠し、LGXのウエブで各上場社債のESG認定のスタンダードの種類、第三者認証、ESGレポーティングを、比較可能な一覧方式で開示している。
発行体の報告義務負担を軽減するため、LGXは「金融商品レポーテイング・サービス・ツール(FIRST)」というアプリを用意し、当局への証券情報ファイリング、投資家向け開示、ESGレポーティング等が単一のポータルに入力すれば自動的に実施されるツールキットを用意している。
LGXはサステナブル・ファイナンスのプラットフォームとして世界のESG発行体と投資家の信頼を獲得し、2021年8月22日現在、グリーンボンド568銘柄、ソーシャルボンド87銘柄、サステナビリティ・ボンド372銘柄が上場し、発行総額は5,000億ドルを超えている。
ロンドン証券取引所では、「サステナブル・ボンド・マーケット(SBM)」の市場区分を開設し、250を超える銘柄を掲載し、500億ポンドを超す発行実績があり、ウエビナーによりESGレポーティング・ガイダンスを行う等の発行体教育を行っている。
アジアの香港証券取引所でも、ESG関連債専用プラットフォーム、「サステナブル&グリーン・エクスチェンジ(STAGE)」を開設し、発行体と投資家教育用ガイドブック等を提供している。
また、シンガポール通貨管理庁(MAS)は、DLTベースのサステナブル・デジタル社債の実証実験を支援している。
(3) EUタクソノミ
サステナブル・ファイナンスのスタンダードやグリーン・タクソノミ(グリーンな経済活動事業の分類基準)の設定に関して、欧米や中国を中心に、国際的資金移動の潮流を自国産業に誘導するルール策定に向けた政治的ロビー活動が盛んだが、世界の資本市場ではICMAのグリーンボンド原則やソーシャルボンド原則を基本とする投資家の評価が浸透しつつある。
一方、ブレクジット後のEUは、2021年4月、資本市場関連法令改正の中で「EUタクソノミ」を公表した。上場株式と金融商品にグリーン判定のラベルを貼ることで「グリーン・ウオッシング」のリスクから投資家を守ることを意図し、上場企業に「グリーン売上」開示を、投資信託にポートフォリオの「グリーン割合」開示を求めている。日本の金融庁もEUの動向を注視している。
気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)
発行企業による気候変動関連の情報開示について、パリ協定と同時期の2015年12月、G20の要請を受けた金融安定理事会(FSB)が気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)を設立し、2017年6月、企業による自主的な気候関連情報の開示を促す提言をまとめた最終報告書(TCFD提言)が公表された。
TCFD提言は、気候変動が企業財務にもたらすリスクと機会を投資家等に開示するために、気候関連財務情報開示における中核的要素として以下の4項目の開示を推奨している。
以上
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