ブログ
エフオーアイ事件最高裁判決とデューディリジェンスの抗弁(第1回) -有価証券届出書の「財務計算部分」の虚偽記載に係る元引受証券会社の責任
2021.10.04
IPOから6か月後の粉飾決算発覚と上場廃止
2009年11月20日、半導体製造装置メーカー株式会社エフオーアイ(以下「F社」という)は、東証マザーズ市場に上場したが、わずか半年後の2010年5月12日(上場時売出人らの株式譲渡制限に係るロックアップ期限5月19日の1週間前)、金融商品取引法(以下「金商法」という)違反の有価証券届出書虚偽記載容疑で証券取引等監視委員会(以下「監視委員会」という)の強制調査を受け(株価は前日終値775円から625円に低下しストップ安)、5月16日、上場時の有価証券届出書(以下「本届出書」という)等に虚偽の決算情報を記載したことを公表した(翌日の株価は前日終値425円から265円に低下)。
本届出書等に記載の2009年3月期の連結売上高約118億円のうち97.3%(約115億円)が架空売上げと判明し、5月18日、東京証券取引所(「東証」)はF社の上場廃止を決定した。
F社の粉飾の手口と上場審査の経緯
(1) 粉飾の手口
2004年3月期以来、F社役員らは、決算の大幅な赤字による銀行融資への悪影響を避けるため、①架空の売却先からの受注書を偽造し、②架空の仕入れ先に代金を振り込み、③外部倉庫に偽装製品を「出庫」し、④海外ファンドの出資金を簿外口座経由でF社口座に入金し、⑤取引記録等を偽造する等の巧妙な手口により、あたかも製品の製造、販売、出庫が行われ、売掛債権が実在し入金されたかの如き外形を作出する偽装工作を始めた。
役員らは銀行預金記録を偽造し、取引先内部の協力者と通謀して隠蔽工作を行い、6年以上の期間にわたりF社の公認会計士(「本件会計士」という)を欺罔し粉飾決算を続けていた。
(2) 上場審査の経緯
本件会計士は、2002年3月期から2009年3月期までの会社法及び金商法監査の全てに、「無限定適正意見」を表明する監査証明書を作成し、主幹事証券会社(以下「主幹事証券」という)は、2009年10月8日付監査報告書等を信頼してF社の引受審査を実施した。
日本取引所自主規制法人(以下「自主規制法人」という)の審査を経て、2009年10月16日、F社は東証マザーズ市場の上場承認を取得し、関東財務局に「本届出書」を届け出た。
11月11日、主幹事証券を含む元引受業者は元引受契約を締結して約66億円の株式を買取り、本届出書を反映した目論見書(以下「本目論見書」という)を使用して販売活動を行った。
(3) 匿名の投書(「本件投書」)の受領
2008年2月14日、自主規制法人は、「注文書偽造による巨額粉飾決算企業の告発」と題する匿名文書(以下「第1投書」という)を受領し、2月18日頃、主幹事証券も受領した。
第1投書の記載内容:(i)F社は2004年頃から注文書・検収書類を偽造し、総額200億円を超える粉飾決算を行っており、(ii)製品出荷は年1~2台程度で売上げは1~2億円であり、(iii) 販売偽装製品の保管場所、書類偽造の関与者等を指摘し、(iv)取引先の購買部長がストックオプションと引換えに偽注文書を発行し、(v)内外投資家から数百億円の投資を受けたが事業が成功しないため、経営者主導で売上げの偽装を始めた。
第1投書には主幹事証券担当者名が記載され検察等への告発にも言及しており、2008年の上場申請はいったん延期された。2009年の上場申請では10月27日頃、「10月16日付でマザーズに上場承認されたF社の巨額粉飾決算の実態についての告発」と題する匿名文書(以下「第2投書」という)が、東証、自主規制法人、主幹事証券及び本件会計士に届いた。第2投書の内容は第1投書とほぼ同じで、追加調査の結果、自主規制法人と主幹事証券は本件投書に信憑性はないと判断し、他の元引受業者に投書の事実を知らせなかった。
有価証券届出書・目論見書の虚偽記載の責任に関する金商法の構造
IPOの発行会社、公認会計士、元引受証券会社、その他発行関係者は、有価証券届出書や目論見書の中の監査済み財務情報に関する虚偽記載について、いかなる法的責任を負うか。
- 民法の不法行為責任の原則(民法709条)
発行会社及び届出書作成者は、届出書の虚偽記載等を信頼して証券を取得した投資家に対して、直接の契約関係はなくとも民法の不法行為に基づく責任を負い、当該投資家は、民法709条に従い発行会社又は届出書作成者の故意・過失、損害、損害との因果関係を証明して損害賠償請求を行うことができる。 - 発行会社の無過失責任の特則(金商法18条)
届出書や目論見書に虚偽記載等が含まれていた場合、金商法は投資家保護のため民事責任の特則を定めており、発行会社は、投資家が虚偽記載等の事実を知っていた場合を除き、募集や売出しに応じた投資家に対して無過失責任を負う。 - 発行市場の取得者に対する役員等の責任の特則(金商法21条1項、2項)
届出書に虚偽記載等が含まれていた場合、発行会社の役員、売出し証券の所有者、公認会計士、元引受証券業者を含む届出書の作成者等の発行関係者は、投資家が虚偽記載等の事実を知っていた場合を除き、原則として募集や売出しに応じた投資家に対して責任を負うが(21条1項)、それぞれ以下の事項を証明したときは賠償の責めに任じないものとし(21条2項)、民事訴訟における証明責任を転換している。
① 発行会社役員及び売出し証券所有者は、記載が虚偽であり又は欠けていることを知らず、かつ相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったこと(21条2項1号)。
② 公認会計士・監査法人は、第193条の2第1項に規定する(届出書の中の財務諸表に係る)監査証明をしたことについて故意又は過失がなかったこと(同2号)。
③ 元引受業者は、記載が虚偽であり又は欠けていることを知らず、かつ、第193条の2第1項に規定する財務計算に関する書類(届出書の中の財務諸表)に係る部分以外の部分については、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったこと(同3号)。 - 目論見書の使用者責任の特則(金商法17条)
虚偽記載等が含まれた目論見書や資料を使用して証券を取得させた者は、投資家が虚偽記載等の事実を知っていた場合を除き、原則として募集や売出しに応じた投資家に対して責任を負うが(17条)、当該資料の使用者が、記載が虚偽であり又は欠けていることを知らず、かつ、相当な注意を用いたにもかかわらず知ることができなかったことを証明したときは賠償の責めに任じないものとし、民事訴訟における証明責任を転換している。 - 流通市場の取得者に対する役員等の責任の特則(金商法22条)
発行会社役員等の(募集や売出しによらないで)流通市場で取得した者又は処分した者に対する責任は、請求権者が虚偽記載等について善意で取得したことを立証する必要がある(22条1項)一方、故意・過失の証明責任は役員等に転換されている(22条2項)。
本件では、監視委員会の強制調査の報道後に粉飾決算の事実が公表され、粉飾の事実を知った後に株式を取得した投資家は金商法の特則による保護を受けられず、不法行為の立証責任を負担することとなった。なお、破産手続では報道により投資家の悪意を推定している。
判決
(1) 東京地裁平成28年12月20日
平成22年9月、F社株式を取得した原告ら145名(後に204名)は、F社元役員8名、本件会計士、元引受業者(主幹事証券を含む)10社及び販売証券会社(2社)、売出所有者(4社)、東証及び自主規制法人等に対し、金商法21条1項、22条1項及び17条、会社法429条2項、民法709条等に基づき、株価下落等に係る損害賠償請求訴訟を提起した。第一審では、F社役員8名及び主幹事証券の責任を認めたが、本財務計算部分の監査証明書の作成者である本件会計士は原告と和解し、他の被告らの責任は認められなかった。
地裁判決は、主幹事証券は上場時の募集・売出しに応じてF社株式を取得した原告に対し、金商法第21条1項及び第17条の責任を負うものとしたが、金商法第17条の目論見書等の使用者責任については、主幹事証券が本件目論見書を使用してF社株式を販売した主幹事証券の顧客株主に限る、と判示した。
(2) 東京高判平成30年3月23日
控訴審では、原審が認容した公募売出しで取得した投資者に対する主幹事証券の責任について、注意義務違反はなかったとして請求を棄却した。同判決は、元引受証券会社は本財務計算部分の虚偽記載については善意であれば金商法第21条の責任は免責されること、財務情報の信頼性をうかがわせる事情(red flag)が判明した場合にも、元引受証券会社は必ずしも監査人と同様の実証的な方法で調査する義務はないことを判示した。
- 高裁では善意免責を認めつつ、主幹事証券の注意義務について以下の事実を認定した。
(i)主幹事証券の審査担当者が監査人に行った質問の回答書から、会計監査人が預金通帳の原本を確認したと認識していた。第一投書を踏まえて自主規制法人が行ったF社への実査に立ち会い、売上計上日等の記載のある案件リストに記載された振込元と日付が預金通帳の原本と整合しているかの確認を現認した。
(ii) 第一投書受領前に国内と台湾の取引先を訪問して、販売実績を実査していた。
(iii) 第二投書受領後に監査人に対して質問書を提示して回答とヒアリングによって監査手続きを確認し、匿名投書に記載された粉飾は行うことが難しいとの意見を得ていた。 - さらに、会計監査人と同様の実証的調査義務についても、以下の事実を認定した。
(a)自主規制法人の実査に同行し、製品販売の帳票類と預金通帳写しの突合作業を実施した。
(b)第二投書受領後、本会計士から2009年3月期末の残高確認書の原本提示を受けた。
(c)F社から預金通帳の写し・海外入金記録の写しの提出を受け、F社作成の回収実績を示した一覧表との照合確認を実施した。
(d)取引先関与者へのストックオプション付与がないことを取締役会議事録を閲覧し確認した。
(3) 最高裁2020年12月22日第三小法廷判決
最高裁は、本届出書の財務計算部分の虚偽記載に係る元引受業者の責任について、金商法21条2項3号の文言に忠実な高裁の「善意免責」の解釈を覆し、粉飾の兆候が認められる状況で粉飾決算の内部告発と思しき本件投書を受領した事実を重視し、監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる情報に接した場合には、当該疑義の内容等に応じて、監査が信頼性の基礎を欠くものではないことにつき調査確認を行うことが求められるとする調査義務に係る規範を導き、主幹事証券の調査は監査の信頼性の基礎に対する重大な疑義の不存在の立証が不十分だったとして賠償責任の免責を認めず、損害額を算定するため審理を高裁に差し戻した。本判決は、上場企業の粉飾を巡り、最高裁が引受証券会社の責任判断を示した本邦初の判決となった。
(元引受業者の本届出書財務計算部分に関する調査確認義務に関する判示部分)
「有価証券届出書の財務計算部分に虚偽記載等がある場合の金商法21条2項3号の規定は、独立監査人との合理的な役割分担の観点から、元引受契約を締結しようとする業者が本財務計算部分についての独立監査人による監査を信頼して引受審査を行うことを許容したものであり、当該業者にとって上記監査が信頼し得るものであることを当然の前提とするものというべきである。
そうすると、元引受業者は、引受審査に際して上記監査の信頼性の基礎に重大な疑義を生じさせる情報に接した場合には、当該疑義の内容等に応じて、上記監査が信頼性の基礎を欠くものではないことにつき調査確認を行うことが求められているというべきであって、元引受業者が上記の調査確認を行うことなく元引受契約を締結したときは、同号による免責の前提を欠くものと解される。
よって、財務計算部分に虚偽記載等がある場合に、元引受業者が引受審査に際して上記情報に接していたときには、当該元引受業者は、上記の調査確認を行ったものでなければ、金商法21条1項4号の損害賠償責任につき、同条2項3号による免責を受けることはできないと解するのが相当である。」
Member
PROFILE