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【労働法ブログ】ダイバーシティ&インクルージョンのモニタリングのための個人情報の収集
2022.02.01
はじめに
近時、欧米系企業のクライアントから、ダイバーシティ&インクルージョン(多様性及び包摂性。以下「D&I」といいます。)に関する状況をモニタリングする目的で、グループ企業の従業員や採用応募者の属性に関する情報を収集したいという相談を受けることが大変多くなっています。収集対象となる情報は、典型的には、人種・民族、性別・性自認、性的指向、障害の有無などですが、このほか、育児・介護中であるか否かや母語などが含まれることもあります。本人の同意を得ての任意の取得が前提です。
こうした情報の多くはセンシティブな個人情報であり、たとえD&Iの推進を目的としておりかつ本人の同意を得るとしても、そもそも取得してよいか難しい問題があります。様々な見解がありうるところですが、今回のブログでは、ひとつの考え方を提示したいと思います。(なお、筆者の個人的な見解であり、TMI総合法律事務所又は労働法プラクティスグループの統一的見解ではありません。)
検討にあたっては、まず、対象者がすでに雇用されている従業員か、雇用前の採用応募者かを区別して考える必要があります。
採用応募者の場合
採用の場面での個人情報の収集については、職業安定法第5条の4において、労働者の募集を行う者は、その業務の目的の達成に必要な範囲内で応募者等の個人情報を収集し、当該収集の目的の範囲内でこれを保管・使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない、と定められています。これを受けて、「職業紹介事業者、求人者、労働者の募集を行う者、募集受託者、募集情報等提供事業を行う者、労働者供給事業者、労働者供給を受けようとする者等が均等待遇、労働条件等の明示、求職者等の個人情報の取扱い、職業紹介事業者の責務、募集内容の的確な表示、労働者の募集を行う者等の責務、労働者供給事業者の責務等に関して適切に対処するための指針」(平成11年労働省告示第141号、最終改正令和3年厚生労働省告示第162号。以下「職業安定法指針」といいます。)は、「人種、民族、社会的身分、門地、本籍、出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項」等を収集してはならない、ただし特別な職業上の必要性が存在することその他業務の目的の達成に必要不可欠であって、収集目的を示して本人から収集する場合はこの限りでないと定めています。
職業安定法指針が人種等の情報を収集してはならないと定めている趣旨は、通常これらは業務とは関係がない情報であり、収集することにより、採用においてこれを理由とする差別につながるおそれがあるからだと考えられます。では逆に、D&Iの観点から適正な取扱いが行われているかどうかをモニタリングするために、情報を収集することは許されるのでしょうか。職業安定法指針のそもそもの趣旨からいえば、このような目的であれば、収集目的を示した上、本人から任意に収集することは可能という考え方もできそうです。しかし、少なくとも人種・民族や性的指向、障害、育児・介護中であること等の情報は、その使われ方によっては潜在的に差別のおそれがあること、また仮にそのような差別に基づき採用がなされなかった場合、救済を受けることが実際上きわめて困難であることなどに鑑みると、慎重に対応すべきであると考えます。これらの属性について採用における積極的なD&Iの推進という考え方が、まだ日本で広まっていない現状においては、職業安定法指針にいう「業務の目的の達成に必要不可欠」といえるような特別の事情がある場合でない限り、情報を収集することは避けたほうがよいと考えます。なお、どのような場合にこの特別の事情があるといえるかですが、例えば、外国の法令等において、日本の子会社を含むグループ会社全体のD&Iのモニタリングが義務づけられている場合は、これに該当する余地があると考えます。もっとも、現在、そのような法的義務がある例は承知していません。
従業員の場合
従業員の個人情報の収集については、職業安定法のようにこれを直接規律する特別な法令はありません。個人情報の保護に関する法律(個人情報保護法)及び「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)」(平成28年個人情報保護委員会告示第6号)等の一般的なガイドラインの適用があるほか、健康情報については「雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」(平成29年個情第749号・基発0529第3号)を参照することになります。
従業員から人種・民族や性的指向、障害、育児・介護中であること等の情報を収集することについては、潜在的な差別のおそれはあるものの、職業安定法指針のような規制はなく、また万が一差別が起きた時も従業員として保護を受けうることから、次のような配慮を行った上で、情報の収集を認めてよいものと考えます。
- 回答は従業員の任意であることを明示し、運用上も任意性を確保すること。
- 利用目的(D&Iのモニタリング及び分析)を具体的に特定し、当該目的に限定して使用するとともに、当該目的のためにアクセスする必要のある者にのみアクセスを認めること。
- 情報は可能な限り匿名化すること。
- 十分な安全管理措置を講じること。
なお、収集した情報をグループ内の別の法人に提供する場合は、第三者提供(第23条等)に関する個人情報保護法上の要件を満たす必要があり、加えて、提供先が外国法人である場合は、越境移転(第24条)に関する定めを遵守する必要がありますので、注意が必要です。
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