ブログ
【米国】【商標】メタバーキンスのNFT訴訟で初の司法判断
2022.07.15
NFT分野における商標権侵害、という新たな論点について争われていた民事訴訟で、初の司法判断が示されました。これは、エルメスがデジタル・アーティストのメイソン・ロスチャイルド氏を相手取り米国で起こしていた訴訟(Hermes International and Hermes of Paris, Inc. v. Mason Rothschild)で、2022年5月18日に、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所が判断を示したものです。以下、その概要をお伝えします。
事案の概要
本件は、ロスチャイルド氏が、エルメスの代表的なバッグであるバーキンをモチーフとしたバッグ(メタバーキンス)をデジタル上にて100個限定で製作し、NFT(非代替性トークン)として、世界最大級のNFTマーケットプレイスであるOpenSeaにおいて販売したことに端を発します。エルメスは、同氏の行為がエルメスの商標権を侵害し、希釈化し、エルメスのビジネス上の評価を棄損するものであること、また、同氏による「metabirkins.com」というドメイン名の使用がサイバー・スクワッティング(ドメイン名の不正目的での登録・使用)に該当するものであることを理由に、同氏を相手取り、2022年1月にニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所に訴訟を提起しました。
出典:HERMÈS INTERNATIONAL and HERMÈS OF PARIS, INC., v. MASON ROTHSCHILD訴状より抜粋
ロスチャイルド氏は、エルメスよりCease and desist letter(侵害行為の停止を要求する書面)を受け取ったものの、この要求を拒否し、反論のコメントを自身のインスタグラム・アカウント上に掲載し、更に訴訟を提起された後も同様にインスタグラム・アカウント上に自身の見解を掲載するなど、徹底抗戦の構えを見せてきました。特に、彼は、自らがメタバーキンスを製作・販売する行為は、アンディ・ウォーホルがキャンベルのスープ缶を描くことを許されたのと同様に、アメリカ合衆国憲法修正第1条(表現の自由等を認めた条項)により保障される、と主張していました。そして2022年2月及び3月、ロスチャイルド氏はエルメスが司法上の救済を受けるべき請求の原因を主張していない、として本案の却下を求める申立てを裁判所に提出しました。
2022年5月18日の決定の内容
ロスチャイルド氏による訴訟の却下申立てを受けて、2022年5月5日、裁判所は結論のみの簡潔な書面を発し、ロスチャイルド氏の却下申立てには理由が無い旨の判断を下しました。そして続く2022年5月18日、裁判所は、同書面を発した詳細な理由を述べたメモランダム・オーダー(以下、「オーダー」といいます)と呼ばれる決定を発しました。
ロスチャイルド氏による訴訟の却下申立てにおける最大の争点は、本ケースでいかなるテスト(判断基準)が採用されるのか、またそれがどのように適用されるのか、という点にありました。ロスチャイルド氏は、自己の行為は憲法上の表現の自由により保護されるとして、表現の自由の保護が重視されるロジャーズ・テストが適用される、と主張しました。その上で、同テストによれば自己の行為は合衆国憲法修正第1条により保護され、エルメスに対する権利侵害を構成しない、と述べました。一方、エルメス側はまず、メタバーキンスのような量産品にはロジャーズ・テストは適用されず、異なるテストが適用される、と主張しました。さらに、仮にロジャーズ・テストが適用されるとしても、同テストの適用においてはポラロイド・ファクターと呼ばれる判断基準により出所の混同可能性が判断されるところ、同ファクターに照らせばロスチャイルド氏の行為は出所の混同を生じさせるため却下申立ては認められない、と主張しました。(ロジャーズ・テスト、及びポラロイド・ファクターの詳細については、以下の「コメント」参照)。
これに対しオーダーを発したラコフ判事は、まず、「ロジャーズ・テストそのものは映画のタイトルが争われたケースにおけるテストであるが、ランハム法(米国連邦商標法)が問題となる事例一般に適用される」としました。その上で、「ロジャーズ・テストは本件においても部分的には適用され得る」と判断しました。ロスチャイルド氏は自己の作品のマーケティングや広告のためのラベルなどにもメタバーキンスの名称を使用しているものの、「メタバーキンスNFT自体はハンドバッグのデジタル画像であるから、芸術表現の一態様となり得る」、というのがその理由です。また、メタバーキンスという名称がNFTに使用されていることについては、「NFTはあくまで画像がどこに存在しているか、画像が真正か、などといったことを示すコードに過ぎない」として、ロジャーズ・テストの適用を排除する理由とはならないと判示しました。
さらにラコフ判事は、「ロジャーズ・テストの下での『最小限度の芸術的関連性』要件のハードルは低い」と述べました。しかし一方で、ロスチャイルド氏の行為についての「『最小限度の芸術的関連性』の有無については現段階で判断することを差し控える」として、ロジャーズ・テストを適用してロスチャイルド氏の主張を認めることまではしませんでした。さらにラコフ判事は、ロジャーズ・テストの第2要件である「出所又は内容についての明示的な誤導」の有無を判断するに際してはポラロイド・ファクターが適用されなければならない、としたTwinPeaks Productions, Inc. v. Publications Int’l, Ltd., 996 F.2d 1366 (2d Cir. 1993)を引用した上で、「ロスチャイルド氏の行為と芸術的関連性の有無にかかわらず、エルメスはロジャーズ・テストの第2要件についての十分な立証を行った」と述べ、ロスチャイルド氏の行為はロジャーズ・テストによっては保護されないと判断しました。また、ラコフ判事は、「ロスチャイルド氏の行為は、エルメスのバーキンの人気やグッドウィルと自己の商品を関連付けることを意図するものである」というエルメス側の主張についても認めています。
なお、エルメス側は、ロスチャイルド氏が将来的にメタバースの世界で実際に持つことのできるメタバーキンスを販売する可能性などについても主張しましたが、販売可能性については具体的な主張がなされていないとして、却下申立てを退ける理由とはしませんでした。しかし、ラコフ判事自身、メタバースにおけるバーチャルな物について将来的に更なる考慮が必要となること自体は認めています。
コメント
エルメスが米国特許商標庁(USPTO)で登録している商標、トレード・ドレスはいずれも第18類のバッグ、革製品等についてのもの(即ちリアルの商品)であって、NFTについての商標ではありません。したがって、本ケースではこのような第18類の登録商標やトレード・ドレスとデジタル画像であるNFTのメタバーキンスの間に混同が生じ得るのか、という未だ司法で明確な判断がなされたことのない新たな論点が争われていたことから、司法の判断が注目されていました。ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所が詳細なオーダーを発したのも、争点がこのような全く新たなものであったからだと考えられます。また、詳細なオーダーを発することで、連邦地裁における先例を作ると共に、将来的に連邦巡回区控訴裁判所においてもこのオーダーが参照されることを意図したものと考えられます。
エルメスが米国で有する登録商標・トレード・ドレス
本司法判断における重要な争点は、需要者に対する出所混同の防止という公益と表現の自由とのバランスにあります。前述のとおり、ロスチャイルド氏は自己の行為は憲法上の表現の自由により保護されるとして、本件にはロジャーズ・テストが適用されると主張しました。同テストは、パロディ商標が問題となったRogers v. Grimaldi, 875 F.2d 994 (2d Cir. 1989) において用いられたテストで、公衆による混同の防止という利益が表現の自由で保護される利益を上回る場合にのみ、問題となっているパロディ商標の使用に対してランハム法が適用される、という基準です。同テストは連邦第2巡回区控訴裁判所により確立されたものですが、その後は他の連邦巡回区控訴裁判所でも用いられています。同テストは、当該行為が①最小限度の芸術的関連性を有するものか、②出所又は内容につき明示的に誤導させるものではないか、との 2 要件により判断されます。そして、この2要件を充足する場合にはランハム法が適用されないこととなります。ロスチャイルド氏は、①メタバーキンスという名称は、ファッション業界における動物虐待や、贅沢や価値の本質を問うという彼の主張するプロジェクトと少なくとも最低限の関連性があり、かつ②一部の需要者が実際に混乱したかどうかはともかく、この言葉が明確な誤解を招くものでもない、と主張しました。
一方でエルメス側は、メタバーキンスのような量産品にはロジャーズ・テストは適用されない、と主張しました。そして代わりに、まず問題となっている商標が保護対象となるかどうかを判断し、次にポラロイド・ファクターと呼ばれる混同可能性を元に評価する別のテスト(Gruner + Jahr USA Pub. v. Meredith Corp., 991 F.2d 1072, 1074 (2d Cir. 1993))が適用されるべきである、と反論しました。ポラロイド・ファクターとは、連邦第2巡回区控訴裁判所がPolaroid Corp. v. Polarad Electronics Corp. 287 F.2d 492 (2d Cir. 1961)において確立させたもので、①原告商標の強さ(識別力、名声等)、②原告商標と被告商標の類似性、③原告商品と被告商品の近似性、④先行する商標権者(原告)が事業範囲を拡張する可能性、⑤現実の混同の有無、⑥被告の意図、⑦被告商品の性質、⑧消費者が払う注意の程度、といった要素を中心に考慮しつつ、これら以外の要素も考慮する、というものです。さらにエルメスは、仮にロジャーズ・テストが適用されるとしても、同テストの混同可能性についての第2要件はポラロイド・ファクターのもとで判断されるべきである、と主張しました。なお、エルメスはロスチャイルド氏の行為により混同が生じている根拠として、同氏が広く商業的に商品の販売にメタバーキンスという名称を使用していること、現に需要者や業界内において混同が引き起こされている点を挙げました。また、ロスチャイルド氏自身がYahoo! Financeのインタビュー中で、「メタバーキンスを保有することと、高級なハンドバッグや自動車を保有することには大差がない」と認めている点も指摘しました。
前述のとおり、裁判所は、ロジャーズ・テストの下で要求される「最小限度の芸術的関連性」要件のハードルは高くないと述べたものの、ロスチャイルド氏の行為がこの要件を充足するか否かは現段階では判断しない、としました。一方で裁判所は、「『出所又は内容につき明示的に誤導させるものではないか』、というロジャーズ・テストの第2要件の判断に際しては、ポラロイド・ファクターが用いられるべきである」、とのエルメス側の主張を認め、現に混同が生じていると認定しました。実際、雑誌のELLEやL’Officiel、ニューヨーク・ポストといった新聞は、メタバーキンスNFTについて、エルメスがロスチャイルド氏とパートナーシップを組んで新たに始めた事業であると誤解しており、そのような点が考慮されたものと考えられます。
今後、同事件は事実関係を明確にするためのディスカバリ(証拠開示手続き)へと移行し、その後は、サマリー・ジャッジメント(略式判決)又はトライアル(正式な裁判)へと進むことになります。今後の手続では、「最小限度の芸術的関連性の有無」、及び「出所又は内容についての明示的な誤導の有無」についてもより詳細な判断がなされると考えられます。
今回の司法判断は、あくまで被告の却下申立てに対するものですが、前述のとおり、これまで裁判所がほぼ取り扱ったことのない新規な争点に関するものであり、重要な意義を有するといえます。NFTに対しての商標の使用に関するランハム法と表現の自由のバランス、使用されるテスト及びその解釈などにつき、今後の裁判所の判断も注視する必要があるといえます。
Member
PROFILE