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Tech系スタートアップの知財チェックリスト
2022.09.01
Tech系のスタートアップ、いわゆるXTech(クロステック)(※)に該当するスタートアップにとって、知的財産権(「知財」)が重要であることは周知のとおりです。
しかしながら、知財が重要、ということは、単に知財を権利化するという意味ではありません。スタートアップの中間目標であるExitイベントの実現を見据えて、早い段階から、知財に関する社内制度を構築したり、自社の事業戦略に沿った知財戦略等を立案したりしておく必要があり、そういったことへの手当を含めて「知財が重要」になります。
(※)XTech(クロステック)とは、既存産業とICTなどの技術を掛け合わせることで、新たな価値を創造しようとするビジネス領域です。
いよいよExitが見えてきたというときに慌てなくて済むように、また、DDで本意でない評価を受けたりすることがないように、Tech系スタートアップであればどのようなステージにあっても最低限押さえておくべき知財に関するセルフチェックリストで、自社の状況を確認してみてください。
①貴社の事業内容を理解した知財専門家に相談可能か |
①「貴社の事業内容を理解した知財専門家に相談可能か」
まず①は、一番重要な項目です。貴社では、単に知財を出願、権利化するだけではなく、貴社の事業内容を理解し、そのコア技術から代替技術まで、抜けがないように知財の創出から一緒に考えてくれる知財専門家に、気軽に相談することができる環境でしょうか。
起業家やスタートアップの皆さんからよく聞くのは、「事業内容まで理解してくれる弁理士はあまりおらず、出願、権利化以外のことは守備範囲外だというスタンスの弁理士が多い」という声です。また、仮に積極的に知財戦略に伴走してくれるような弁理士がいたとしても、その弁理士に依頼するのは敷居が高く、費用も高いのではないか、ということもよく聞きます。
実際には、スタートアップ支援について経験豊富な弁理士であっても、気軽に相談できる人は存在していますし、費用についても、成功報酬などスタートアップの懐事情に合わせて柔軟に対応してくれる人(又は事務所)もいます。
まずは、スタートアップ支援の経験がある知財専門家の弁理士等に、あなたはどんなサービスを提供してくれるのか、気軽に問いかけてみてはいかがでしょうか。
なお、知財の専門家である弁理士の領域と、弁護士の領域には、権利関係の整理、契約書の作成、レビューなど、密接な関係があります。そのため、双方についてまとめて相談できる体制の整ったファームに相談できることが望ましいと言えます。
※ なお、①がYESであれば、以下の②~⑤も、その知財専門家に相談してまとめて解決を図ることができます。
②「貴社事業に対する知財の発生可能性と重要性を意識しているか」
貴社では、その技術、事業について発生し得る知財を把握できていますか?貴社では、知財の重要性を意識していますか?
特にテック系では、必死に考え出した技術的アイデアを保護しておかないと、他社にあっという間に真似されて、事業が上手くいかなくなってしまうケースがあります。
技術的アイデアにしても、積極的に特許権を取得しにいくアイデアと、他社が特許技術を使用していることを立証するのが難しいため、ノウハウとして秘密に管理するべきアイデアとがあります。貴社の技術アイデアはどちらとして扱うべきものなのかは、専門家である弁理士に尋ねるのがよいでしょう。
また、テック系であるからといって、デザインやネーミングと無関係というわけではありません。ユーザインタフェースやプロダクトデザインにこだわった部分があれば意匠として保護され、こだわったネーミングであれば商標として保護される可能性もあります。更に、技術的アイデアの中で、自社を他社と差別化するために活用できる権利、確保すべき権利がどこに存在し得るのか(どこに狙いを定めるのか)は、深い業界理解、技術理解に裏打ちされた高度な判断である必要があります。海外の著名スタートアップの中には、その明細書を見ただけでは、なぜその特許にそれほど価値があるのか、一見分からないようなものを保有して競合を打ち破ったユニコーンが数多く存在します。その強い製品、サービスのストロングポイントは、実は知財が陰で支えている場合があるのです。
こういった観点で、自社のプロダクト、サービスを一度チェックしてみてください。
https://www.jpo.go.jp/system/patent/gaiyo/seidogaiyo/chizai01.html
(※)なお、スタートアップでは、せっかく考え出したアイデアを他人についつい話してしまうようなことが起きがちです。せっかくの技術的アイデアも、NDAを結ばずに他人に話してしまうと、後々知財として権利化できなくなる可能性があります。技術的アイデアを他人に話さねばならない状況では、まずNDAを結ぶクセをつけましょう。
③「職務発明規程があるか」
デューデリジェンスの際などに、会社の従業員や役員が行った発明の取扱いについて定めた職務発明規程の有無は、「必ず」確認の対象になります。
特に、海外のVCは、投資先のビークルに知財が確定的に帰属していることを当然の前提に置いています。日本のスタートアップシーンにしばしば見られるような、実は開発者から会社に知財が移転していなかったので、ラウンド後一定期間内に会社に移しておいてね、というような対処が許容されないことも、珍しくありません。
なお、職務発明規程などの体制整備は、ファイナンスを行うときだけの話ではなく、IPOのプロセスやM&AでのEXIT時も同様にボトルネックになる可能性があります。そこでは、まずもって規程が存在しているか、というレベルだけでなく、訴訟リスクとして評価されるべき事実関係がないか、という形で、波及的に検証・調査が行われていく可能性もあるのです(手前味噌ですが、TMIでは、IPO前のスタートアップの知財に関するDDを依頼されることも多く、この③は本当に重要であることを痛感しています。)。
最低限の職務発明規程は、以下に示すとおり、特許庁により公開されていますので、まずはここから始めることでも構いません。カスタマイズが必要になれば専門家に相談です。テック系スタートアップでは、早い段階から規程自体は必ず設けて、事業用の開発技術に関する知財は確定的に会社に帰属している状態を作っておきましょう。
○ 特許庁の職務発明規程のひな型(中小企業用)
https://www.jpo.go.jp/system/patent/shutugan/shokumu/document/shokumu_cyusyou/10.pdf
④「自社単独で開発したものか、他社と共同で開発したものか」
アイデアを保護する法制度の一つである特許は、開発行為の結果生じることも一般的です。しかし、開発行為は常に自社内で完結できるわけではありませんし、仮にそれを行えるリソース自体はあっても、戦略的にプロセスを外注する可能性もあります。
それでは、このような開発体制の判断は、どのように行えば良いでしょうか。一つの視点は、権利出願の姿から逆算して考える、ということです。
例えば、貴社の技術が事業のコア技術になり得る場合には、貴社単独で特許出願をすることが望ましいことになります。
少し敷衍すると、共同研究の相手と共同で出願し、共有の特許権を保有したような場合、貴社が、共同研究の相手以外の他社にライセンス、譲渡などを行おうとしても、他の共有特許権者である相手の承諾が必要であり、自社で思うように権利を利用、売却できない可能性があることになります。
したがって、自社内で完結できる状況であれば、このようなコア技術の開発は、できれば自社内で行うことが素直、ということになりますし、外注する場合であっても、知財をこちら側に完全に譲る前提で受託開発をしてくれる先を探すことが重要(権利を共有しなければならない先には外注しないことが重要)、ということになります。
もちろん、共同での研究開発全てが悪いわけではありません。必要に応じて他社のリソースを活用しながら、自社の研究開発を加速させることもできるかもしれませんし、非メインの部分的な開発委託など、権利の帰属に拘るよりスピードを重視すべきようなものもあり得ます。
更に、例えば、貴社のコア技術は、アイデア段階で共同開発する前に単独出願をし、コア技術の実証実験等を共同研究し、その際に生まれる応用技術や改良技術は、共同出願をするという使い分けを用意することもできる場合があります。
このような判断の一つ一つ(自社事業のコア技術たり得るものは何であるのかということや、当該状況において望ましい開発体制など)について、「出願だけを担当する」のではない知財の専門家であれば、アドバイスをくれるはずです。是非活用してみてください。
⑤「海外展開を考えているか」
知財は、国ごとの相対的な権利です。そのため、必要な各国において、それぞれ権利化する必要があります。他方で、当然、諸外国での知財の権利化には、コストがかかります。したがって、常になんでも権利化をすれば良い(できるならもちろんそれでも良いのですが…)というわけではなく、ビジネスの展開を見据えながら、バランスをとって、適切な時期に必要な場所での権利化を実施していく必要があるということになります。弁理士はこういった相談にもアドバイスをしますので、現在の立ち位置と将来の展望を相談してみてください。
なお、海外での権利化については、コスト感を把握した上で、必要な時期に、必要コストとして予算化することをお勧めしています。
但し、海外権利化時のコストは時期(出願時、拒絶理由応答時等)によって変動します。したがって、そのコスト感自体も、一つの権利化要否判断やそのタイミングの決定要因として捉えるべきであり、それを判断の前提条件に組み込むことが大切になります(※)。
(※)なお、海外権利化については、所定の条件を満たせば、助成金を得られる可能性がありますので、活用を検討してみてください。
特許庁HP
https://www.jpo.go.jp/support/chusho/shien_gaikokusyutugan.html
例1)JETROによる外国出願助成金
https://www.jetro.go.jp/services/ip_service_overseas_appli.html
例2)東京知的財産総合センターによる助成金
https://www.tokyo-kosha.or.jp/chizai/josei/tokkyo/
今回は、Tech系スタートアップの知財セルフチェック項目をまとめてみました。
スタートアップPG連載ブログでは、今後も、スタートアップのTipsとなるような知財に関する情報を掲載していく予定です。「ここが知りたい」ことなども、お気軽にお問い合わせください。
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