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【スマートシティ連載企画】第15回 スマート農業と法規制・法的リスク (1) データの利活用
2022.09.08
はじめに:スマート農業の現在地
(1)デジタル田園都市国家構想とスマート農業
日本の農業に関しては、高齢化・担い手不足の問題が指摘されるようになって久しくなっています。一方で、農業産出額・輸出額については近年むしろ伸びてきており、コロナ禍以降も堅調に推移してきています(注1)。
このような状況の中、日本の農業の今日の関心・課題は、今後さらに生産効率を向上させること(高齢者中心の少ない人数で、より高付加価値で多くの農産物を生産・供給できるようにすること)に集まってきているといえるでしょう。
注1:日本における農業総産出額は、1990年代前半に11兆円前後を記録していましたが、2010年頃にかけて微減傾向が続き、2010年には約8.1兆円まで落ち込みました。しかし、その後2016年から2018年にかけて9兆円を超えるまで回復し、コロナ禍の最中となった2020年も、2019年からほぼ横ばいの約8.9兆円で推移しています。(出典:農林水産省 令和2年 農業総産出額及び生産農業所得(全国) https://www.maff.go.jp/j/tokei/kekka_gaiyou/seisan_shotoku/r2_zenkoku/index.html )
令和4年(2022年)6月7日に閣議決定された「デジタル田園都市国家構想基本方針」において、「スマート農林水産業」が、「デジタルの力を活用した地方の社会課題解決」のうち「①地方に仕事をつくる」の一つとして挙げられており、スマート農業は日本におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の主要課題の一つと位置付けられています(画像1)。
画像1(出典:「デジタル田園都市国家構想基本方針について(令和4年6月 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局)」p.4)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/digital_denen/pdf/20220607_gaiyou.pdf
(※ページ番号は表紙を含むPDFファイルのページ数です。以下同様)
「デジタル田園都市国家構想」は、2021年に岸田内閣の下で発表され、2021年度補正予算額200億円がデジタル田園都市国家構想推進交付金として用意されました。その採択結果において、農林水産関連での採択件数は47件(43団体)、採択金額は10.8億円でした(画像2)。
画像2(出典:「デジタル田園都市国家構想推進交付金の交付対象事業の決定について(令和4年3月18日 内閣府地方創生推進室」p.10, p.14)
https://www.chisou.go.jp/sousei/about/mirai/pdf/denenkouhukin_saitaku_type1_telework_r3.pdf
(2)スマート農業実証プロジェクト
「スマート農業実証プロジェクト」とは、先端技術を農業の現場に試験的に導入し、効果を測定することを目的として、2019年に開始された事業(注2)です。2019年から2022年までの4か年で、合計205地区においてさまざまな実証が行われています(画像3)。
注2:スマート農業実証プロジェクトは、国(農林水産省)の予算に基づき国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構(通称:「農研機構」)に事業費が交付され、農研機構から民間団体や研究機関に対して事業の委託がなされるという流れで実施されています。
画像3(出典:「スマート農業の展開について」(農林水産省2022年8月)p.28)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-44.pdf
このように、すでに「スマート農業」は我々の身近なところまで来ており、我々が普段の食事で口にする農産物にも、「スマート農業」の恩恵・成果を受けたものが含まれつつあるといえるでしょう。
農業データの利活用と法的留意点
(1)農業データの利活用に関するルールとシステムの進展
近年、農業データの利活用に関しては、農林水産省が中心となって力を入れ、他の省庁(経済産業省など)の協力も加わり、ここ数年で大きく事態が動いています。この状況をまず押さえておく必要があります。
大きく、農業データの利活用に関する「ルール」(契約ガイドライン)と、「システム」(農業データ連携基盤)の2面において整備が進んでいます。
(2)「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」の概要
農林水産省は、2020年3月に「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」を策定・公表しました。同ガイドラインは、2018年12月に策定・公表された「農業分野におけるデータ契約ガイドライン」と、別途検討を進めてきたAI(人工知能)に関する契約ガイドラインとが一体化されて作成されたものです。
このガイドラインが作成されたのは、農業データの提供・利用に関する明確なルールがないために、データの流出によってノウハウや技術が流出するとの懸念が農家の間に根強いという問題意識が背景にありました。
このような、データ利活用の足枷になっている懸念・雰囲気を打破し、データ利活用促進とノウハウ保護との調整がはかられるルールを整備しようと、多くの専門家の議論を経て作成されました。
「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン」は、「ノウハウ活用編」と「データ利活用編」、またそれぞれの事例紹介と、「モデル契約書案」から構成され、非常に充実した内容となっています。
ただし充実している反面、難解であることは否めず、個々の農家の方はもちろん、事業者の方にとっても読み解くのは容易ではないでしょう。しかしながら、このガイドラインが整備されたことによって、農業に関するデータの利活用の「ルール」についてかなり整備されたといえるでしょう。
農家にとっては、このモデル契約書に即した契約書をきちんと交わすことによって、より安心してスマート農業に参画することができるようになると期待されています。
農林水産省 「農業分野におけるAI・データに関する契約ガイドライン~農業分野のノウハウの保護とデータ利活用促進のために~」
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/tizai/brand/keiyaku.html
(3)農業データ連携基盤(WAGRI)(注3)の概要
農業データ連携基盤(WAGRI)とは、その名の通り、農業に関するさまざまなデータを統合・連携して利用可能とするための基盤となるシステムです。過去の収量、市況、土壌・農地、気象などさまざまなデータが、事業者、官公庁や公的機関から提供され、WAGRI上で集約・統合して利用可能となることによって、作業効率性や収量の向上、農産物の品質向上、コスト削減、環境影響の低減など、あらゆる「うれしさ」につながる形で活用されることが期待されています。
注3:農水省によれば、WAGRIとは「wa」(さまざまなデータやサービスを連環させる「輪」と、さまざまなコミュニティのさらなる調和を促す「和」)と、農業を表す接頭辞「agri」とを合わせた造語であるとのことです。
WAGRIは、内閣府・戦略的イノベーション創造プログラム「次世代農林水産業創造技術」において開発され、2019年から農研機構が運営主体となって本格運用が開始されました。
直近では、72の民間事業者がWAGRIを利用しており(2022年3月末時点)、WAGRI協議会には518社が会員登録しています(2022年6月末時点)。
WAGRIのシステムにおいては、各種API(注4)が用意されており、さまざまなデータを取り扱いやすい共通の規格で利用することが可能な仕組みになっています。個々の農家は、直接ではなく、基本的に事業者を経由してWAGRIにデータを提供し、事業者を経由してWAGRIのデータを利用するという形が予定されています(画像4)。
このような形態は「B to B to C」とも呼ばれ、エンドユーザーである農家(C)自身は、WAGRI(1番目のB)に直接アクセスして複雑なデータ処理を自ら行う必要はなく、事業者(2番目のB)が使いやすい形にしたスマートフォンのアプリ等を使用することによって、WAGRIのデータを手軽に利用することができます。
注4:APIとは「Application Programming Interface」の頭文字で、ソフトウェア同士が機能を共有するための仕組みです。ブロックの表面に共通規格の凸凹をつけることによって、別のメーカーのブロック同士をくっつけて組み立てることができるようなイメージです。
画像4(出典:「農業データ連携基盤について」(2022年7月 農林水産省 技術政策室)p.13)
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/smart/attach/pdf/index-42.pdf
(4)農業データの利活用における法的留意点
このように、農業データに関しては、「契約ガイドライン」によって契約書のひな形が用意され、「WAGRI」によってシステム面での基盤が整えられたことによって、誰でも参加し、提供・利用をし合うことがより容易になっています。
特に、WAGRIのシステムにおいて「Privateデータ(農業者データ)」という領域が設定されている点が重要です。これは、農家が事業者を経由してWAGRIに提供するデータのうち、公開したい情報と非公開のままにしておきたい情報とを区分することができる仕組みです。
しかし、WAGRIに提供するデータの公開・非公開を「自由に設定可能」という点は、総論的にいえば望ましい仕組みであることは確かですが、実際の運用においては留意が必要です。
契約ガイドライン中のモデル契約書において、農家がデータ提供を行う場合、「承諾」がない限り、データを受領する事業者はデータの目的外利用を禁止されます。しかし、逆にいえば、データ提供者の「承諾」があればこの禁止は解除されるという建付けです。
この点は、他分野の一般的な契約書でも同様です。
したがって、「承諾」がどのように、何に対してなされたのか(農家が、あるデータがどのように利用されるか理解し、それを希望・許容していたのか)という点が非常に重要になります。
たとえば、農家Aさんは、一部のデータは公開してもよいが、自らの試行錯誤によって得たノウハウの核となる部分のデータについては公開を望んでいない一方、農家Bさんは、自身の農業から得られたデータをすべて公開し、世の中で役立てて欲しいと思っているといった場合が考えられます。
このようなAさんBさんの考えや真意が、実際のデータの公開・非公開設定や、事業者における利用目的とずれてしまう事態が生じてしまうと、事業者との間でトラブル・紛争に発展する可能性があります。
契約がしっかり結ばれていれば、また、システムの仕組みがうまくできていれば、それで足りるということはありません。これらを扱うのが人間である以上、データの運用にあたって、お互いの立場を踏まえた意思疎通と相互理解に努めることが常に必要といえます。
農家と事業者との意思疎通や相互理解が不十分なために発生する紛争のリスクを低減させ、最小化するためには、契約や法律、ICTや技術に関するリテラシーを、農業データの取扱いに関係する全員で、地道に向上していくことが必要といえるでしょう。
以上
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