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【中国】【特許】【重要裁判例シリーズ】3 専用品の販売による間接侵害が認められた事例
2022.09.13
はじめに
本件は、空気清浄機の特許権をめぐる侵害訴訟において、空気清浄機用フィルターを販売していた事業者の行為について共同侵害(日本でいう間接侵害)の成立が認められた事例です。本件では、共同侵害の成立要件である専用品(いわゆる「のみ品」)の要件に関する判断基準が示されています。
本件は、2021年の北京市人民法院による知的財産司法保護十大典型案例にも選定されています。
事件情報
事件番号:(2019)京民終369号
判決日:2021年7月
上訴人(一審被告):南京宇潔環境系統技術有限公司
上訴人(一審被告):航天通信控股集団股份有限公司北京科技分公司
被上訴人(一審原告):ダーウィン・テクノロジー・インターナショナル・リミテッド
事案の概要
(1)本件の経緯
一審原告のダーウィン・テクノロジー・インターナショナル・リミテッド社(以下「ダーウィン社」という)は、英国に本社を置く空気清浄技術に特化した研究開発型企業であり、発明の名称を「空気浄化設備」とする中国特許第ZL00806175.0号(出願日:2000年4月12日、登録日:2007年12月26日、以下「本件特許」という)の特許権者です。同社は、一審被告の航天通信控股集団股份有限公司北京科技分公司(以下、「航天通信社」という)が製造、販売する空気清浄機が自社の特許権を侵害するとして、航天通信社と、同社にフィルターを提供している南京宇潔環境系統技術有限公司(以下、「南京宇潔社」という)とに警告状を送付した上で、侵害行為の差止めと損害賠償を求めて北京知的財産法院に訴訟を提起しました。
これに対し、北京知的財産法院は、航天通信社による直接侵害と、南京宇潔社による共同侵害の成立を認め、両被告に連帯責任による損害賠償を命じました。両被告はこの判決に不服として北京市高級人民法院に上訴しましたが、二審裁判所は一審判決を維持しました。
(2)本件特許発明
本件特許は、空間中の微粒子を取り除く「空気浄化設備」に関するものです。この空気浄化設備では、プラスチック壁に囲まれた多数の空気通路を設け、プラスチック壁の外側を高電位のプレートと低電位のプレートで挟むことによりプラスチック壁を帯電させて、通路を通る空気中の予め帯電させられた粒子を沈殿させて、除去します。
本技術は、ダーウィン社のifDフィルターに採用されており、ガラス繊維濾紙により微粒子を捕集するHEPAフィルターと比べても粒子の捕集率が高く、フィルター交換が不要で低コストな方式として注目されています。中国国内では、PMK2.5の被害が深刻だった時期を中心に、販売台数を伸ばしたようです。
本件特許の請求項1は以下の通りです。
【請求項1】
ガス流中に運ばれる粒子を除去するための粒子沈殿装置において、
ガス流が比較的自由に通過し得る通路配列体(11)を備え、該通路はプラスチック壁(9)で囲まれることにより形成され、ガス流を前記通路を強制的に通過させるための手段を備え、前記プラスチック壁はそれと接触し且つ前記通路の外側にある導電性材料の領域を備え、前記通路配列体は少なくとも導電性材料の全幅にわたって延在し、前記導電性材料の領域は導電性材料の複数の層を形成し、前記複数の導電性材料に高電位と低電位を交互に印加するための手段を備え、ガス流から粒子を収集するために前記通路配列体に帯電された場所を設けるために用いられることを特徴とする空気清浄装置。
主な争点に対する裁判所の判断
本件訴訟において、航天通信社は従来技術の抗弁を行いましたが、裁判所はこれを認めず、航天通信社が製造、販売する空気清浄機は、本件特許権の直接侵害を構成すると認定しました。以下、本件判決に含まれる幾つかの争点のうちで最も興味深い、航天通信社の空気清浄機にフィルターを提供した南京宇潔社の行為が共同侵害行為を構成するかという点に関する、裁判所の判断を見ていきます。
(1)共同侵害に関する現行規定
中国の専利法には、日本の特許法第101条のような特許権の間接侵害行為に関する規定がなく、それに類する状況は、民法典第1169条の「他人を教唆、幇助して権利侵害行為を実施させた者は、行為者と連帯責任を負う」という規定に基づき、「共同侵害行為」として処理されます。
専利権の共同侵害行為の成立要件については、更に、以下の司法解釈に規定されています。
最高人民法院2016年「専利権侵害事件審理における法律適用に関する若干の解釈(二)」第21条第1項:
関連製品が専利の実施のみに用いられる材料、設備、部品、中間物などであることを明らかに知りながら、専利権者の許可なく、生産・経営の目的で当該製品を第三者に提供して専利権侵害行為を実施させ、当該提供者の行為が民法典第1169条に規定された、他人による侵害行為を幇助する行為に該当すると権利者が主張した場合、人民法院はこれを支持しなければならない。
関連する製品、方法に専利権が付与されたことを明らかに知りながら、専利権者の許可なく、生産・経営の目的で、他人による専利権侵害行為の実施を積極的に誘導し、当該誘導者の行為が民法典第1169条に定められた、他人へ侵害の実施を教唆する行為に該当すると権利者が主張した場合、人民法院はこれを支持しなければならない。
(2)主観的要件について
上記第21条第1項は、いわゆる幇助型の共同侵害行為について規定していますが、ここでは、「関連製品が専利の実施のみに用いられる材料、設備、部品、中間物などであることを明らかに知りながら」との主観的要件が設けられています。条文の文言から解釈すれば、当該要件は、①供給製品が本件特許発明の実施のみに用いられると知っていること、及び、②供給製品を利用した行為が本件特許権の侵害を構成すると知っていること、を含むと考えられます。
本件判決では、「事案の状況から」南京宇潔社の主観的故意が認められると述べられており、具体的な認定理由は明記されていません。しかし、判決文の別の箇所には、2011年及び2012年に南京宇潔社がそれぞれ行った特許出願及び実用新案出願の明細書に、従来技術文献として、ダーウィン社による本件特許公報が挙げられていたことが記載されています。また、ダーウィン社は訴訟提起前に、同社に対し警告状を送付しています。これらの情報から、南京宇潔社は本件特許権の存在を知っており、且つ、自らの供給するフィルターを利用した空気清浄機が本件特許権を侵害することを知っていたものであって、②の要件を満たすと判断されたものと思われます。また、南京宇潔社の供給製品が後述の通り「専用品」であると認められたことをもって、①の要件も満たされたと認定されたものと理解されます。
(3)客観的要件について
上記第21条第1項の共同侵害の成立には、「関連製品が専利の実施のみに用いられる」という、「専用品」についての客観的要件が設けられています。「専用品」であるか否かは、通常、③当該製品が本件特許発明の実現に実質的意義を有しているか、④本件特許権侵害以外の実質的な用途を有しないか、の両面から判断されます。
上記③の要件について、本件の一審・二審裁判所は、航天通信社が製造・販売した空気清浄機の主要な機能は、ハニカム凝固フィルターにより空気中の粒子を除去し、粒子を沈殿させることであり、南京宇潔社の提供するハニカム凝固フィルターは、当該機能の実現に不可欠な重要部材であると認定しました。
上記④の要件について、南京宇潔社は、ハニカム凝固フィルターはエアコン内部のフィルターとしても利用可能であり、侵害以外の用途を有する主張しました。これに対し、裁判所は、当該フィルターはエアコン製品中のフィルターとして利用可能ではあるが、航天通信社の空気清浄機に合わせた寸法になっており、静電気により粒子を沈殿させる機能は、航天通信社の空気清浄機中で使用され、高電圧及び定電圧を印加することで初めて実現されるものであることから、「侵害以外の実質的な用途」を有しない、と判断しました。
コメント
特許製品の生産のための部品等を供給することによる間接侵害行為について、日本の特許法第101条第1項第1-2号は、「特許が物の発明についてされている場合において、業として、その物の生産にのみ用いる物の生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為(第1号)」、「特許が物の発明についてされている場合において、その物の生産に用いる物(日本国内において広く一般に流通しているものを除く。)であつてその発明による課題の解決に不可欠なものにつき、その発明が特許発明であること及びその物がその発明の実施に用いられることを知りながら、業として、その生産、譲渡等若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為(第2号)」と規定しています。即ち、日本の特許法では、「専用品」供給型の間接侵害行為については主観的要件が課されておらず、「その発明による課題の解決に不可欠なもの」を供給する行為を間接侵害に問う場合に初めて、主観的故意が要求されます。
これに対し、中国の上述の司法解釈では、幇助型共同侵害について、「専用品」という客観的要件を満たした上で、更に、主観的要件が設けられている点に注意が必要です。この主観的故意の認定には明文化された基準がなく、これまでの裁判例ではケースバイケースの判断がなされています。本件のように、権利者が被疑侵害者の製品マニュアル、特許出願書類等の記載から部品等の提供者が本件特許の存在を知悉していたことを証明した場合や、権利者が訴訟提起前に警告状を送付した場合には、主観的故意の存在が比較的容易に認められます。こうした特段の事情がなく、同業者であること等を理由に主観的故意が認められた例も存在しますが、特許権侵害訴訟において間接侵害を問う場合には、主観的故意の立証を十分に考慮して行動することが必要です。
また、幇助型の間接侵害の客観的要件について、通常、供給された部品等が侵害以外の実質的な用途を有しないことの立証責任は、当該部品等の供給者に課されます。本件裁判所は、フィルターがエアコン製品に使用可能であるという南京宇潔社の主張を否定しないながらも、供給されるフィルターのサイズや、実現すべき機能について一歩踏み込んで検討し、侵害以外の「実質的な」用途の存在を否定しました。この判断には、主観的故意の存在が明確に証明されたことが影響を与えているように見受けられ、その根底には、主観的要件が満たされれば「専用品」以外の供給行為についても間接侵害の成立を認める日本の特許法第101条第1項第2号に近い考え方があるようにも思われます。
いずれにせよ、本件の判決からは、より積極的に特許発明の実質的な保護を図ろうとする裁判所の姿勢が明らかです。北京市人民法院が本件を2021年の知的財産司法保護十大典型案例に選定した理由も、この点にあると思われます。
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