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【裁判例】令和3年(行ケ)第10068号 弾球遊技機事件
2022.11.02
判決の内容
請求項1の記載がどのような構成を特定しようとしているのか明確に把握できないとして,特許法36条6項2号の規定(明確性要件)により拒絶すべきものであるとした拒絶審決が取り消された事件。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和4年4月14日判決(判決全文)
令和3年(行ケ)第10068号(知財高裁第1部 大鷹一郎裁判長)
拒絶審決に対する審決取消訴訟
事案の概要
発明の名称を「弾球遊技機」とする特許出願2017-169837号(本願)に係る拒絶査定不服審判請求事件において,特許庁が,本願が明確性要件を満たさないとして,拒絶査定不服審判の請求は成り立たない旨の審決を下したこと対して,本願の出願人である原告が取消しを求めた事案である。
本件判決は,請求項1の記載全体に基づき,本件発明の記載内容が明確であるから,本件審決の判断は誤りであるとして,審決を取り消した。
主な争点に関する判断
(1)結論
本願は,請求項1の記載につき明確性要件を満たすことが明らかであるため,本件審決の判断には誤りがある。
(2)理由
ア.本件審決の明確性要件の判断
本件は,拒絶査定不服審判請求と同時に請求項1を補正しており,その後,以下の内容の拒絶理由が通知されたところ,それに対して原告が応答しなかったため,審決がなされた。
・請求項1の「前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態となる場合には前記第2操作手段の選択率が高く」との記載は,「特典遊技状態となる場合」の「前記第2操作手段の選択率」が,何と比較して「高」いのか比較の対象が不明確であり(特典遊技状態とならない場合の第2操作手段の選択率よりも高いのか,特典遊技状態となる場合の第1操作手段の選択率よりも高いのか,比較の対象がこれ以外であるのか。),上記記載がどのような構成を特定しようとしているのか明確に把握できない。
・また,審判合議体は,請求項1の「前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態とならない場合には前記第1操作手段の選択率が高い」との記載についても同様に指摘している。
上記によれば,本件審決は,「第2操作手段の選択率が高く」,「第1操作手段の選択率が高い」の記載について,それぞれの選択率の高低の比較の対象が不明確であるため,発明の構成が特定できないと判断したものと思われる。
イ.本件訴訟の被告の主張
(ア)請求項1の「前記演出制御手段は,所定の前記変動演出の実行中に,前記第1操作手段又は前記第2操作手段が操作されることを起因に前記可動体を所定の可動態様で作動せしめる可動体演出を行い」との記載から,第1操作手段又は第2操作手段が操作されることを起因に可動体を所定の可動態様で作動せしめる可動体演出を行うことを理解できるが,第1操作手段と第2操作手段の両方が操作される場合や,その他の操作手段が操作される場合が排除されていないため,上記記載は,「第1操作手段又は第2操作手段が二者択一で選択される構成」を特定しているとはいえない。
(イ)仮に上記記載から「第1操作手段又は第2操作手段が二者択一で選択される構成」を読み取れるとしても,そのことから直ちに,「前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態となる場合には前記第2操作手段の選択率が高く」との記載における「前記第2操作手段の選択率」の比較対象が,「(特典遊技状態となる場合の)第1操作手段の選択率」であると一義的に導かれるわけではなく,例えば,「(特典遊技状態とならない場合の)第2操作手段の選択率」が比較対象であるとの解釈が排除されるわけではない。
(ウ)そして,原告が主張する比較対象とは異なる解釈に基づく構成,すなわち,比較対象が,それぞれ「(特典遊技状態とならない場合の)第2操作手段の選択率」(筆者補足:原告が主張する比較対象は「(特定遊戯状態となる場合の)第1操作手段の選択率」)及び「(特典遊技状態となる場合の)第1操作手段の選択率」(筆者補足:原告が主張する比較対象は「(特定遊戯状態とならない場合の)第2操作手段の選択率」)との解釈に基づく構成であっても,第2操作手段が選択されると,大当たりになった場合に特典遊技状態になりやすくなることに変わりはないから,いずれの解釈であっても,本件明細書の【0005】記載の「操作手段の操作に応じて作動可能な可動体の可動態様を豊富に備え,当否判定の結果及びこれ以外の情報を報知することができ,操作手段を用いた演出を効果的に活用し,遊技者の期待感を向上する演出を行う弾球遊技機を提供する」との課題を解決できるものであり,また,「可動体演出の起因となる手段として第1操作手段及び第2操作手段のどちらが選択されるかに応じて,大当りの可能性に加えて特典遊技状態の可能性を報知することができる。その結果,本件発明によれば,可動体演出に対する遊技者の期待感を向上させることができる。」との作用効果を奏するものである。
ウ.本件判決の明確性要件の判断
(ア)本件発明の「演出制御手段」は,当否判定の結果が大当りである場合,当該当否判定に応じた変動演出の実行中,遊技者によって第1操作手段又は第2操作手段のいずれかが操作されることを起因に可動体を所定の可動態様で作動せしめる可動体演出を行う制御を行うことを規定したものと解されるから,本件発明の「演出制御手段」は,当否判定の結果が大当りである場合,変動演出の実行中,第1操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行うか,又は第2操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行うかを選択するものと理解できる。
(イ)そうすると,本件発明の「前記演出制御手段は,前記可動体演出を行う際に,前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態となる場合には前記第2操作手段の選択率が高く,前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態とならない場合には前記第1操作手段の選択率が高い」との記載(以下,「記載①」という)は,「前記演出制御手段」が,「前記可動体演出を行う際に,前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態となる場合」には,前記第1操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行う選択をするより,前記第2操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行う選択をする割合が高く,「前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態とならない場合」には,前記第2操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行う選択をするより,前記第1操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行う選択をする割合が高いことを規定したものと理解できる。
(ウ)被告の前記イ(ア)における主張に関しては,請求項1の「前記演出制御手段は,所定の前記変動演出の実行中に,前記第1操作手段又は前記第2操作手段が操作されることを起因に前記可動体を所定の可動態様で作動せしめる可動体演出を行い」との記載が,「演出制御手段」が,第1操作手段と第2操作手段の両方が操作される場合や,その他の操作手段が操作される場合について可動体演出を行うことを規定しているものと読み取ることはできないし,請求項1の記載全体をみても同請求項がそのように規定しているものと読み取ることはできない。
(エ)また,被告の前記イ(イ)における主張に関しては,前記(ア),(イ)のとおり,本件発明の「演出制御手段」は,当否判定の結果が大当りである場合,変動演出の実行中,第1操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行うか,又は第2操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行うかを選択するものと理解できることからすると,記載①は,「前記可動体演出を行う際に,前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態となる場合」について,「前記第2操作手段の選択率」が「前記第1操作手段の選択率」よりも高いことを規定するものと,「前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態とならない場合」について,「前記第1操作手段の選択率」が「前記第2操作手段の選択率」よりも高いことを規定するものとそれぞれ理解できるから,記載①の記載についてその比較対象は明確である。
コメント
本件判決は,「高い」(高く)の記載について比較対象が不明確であるため,複数の解釈が成立しうると主張した被告の主張を退けて,請求項の記載に基づき,その比較対象が明確であると判断した。
(1)「高い」(高く)の解釈
「高い」に関して,審査基準2.2(5)bには,「上限又は下限だけを示すような数値範囲限定(『~以上』,『~以下』等)がある結果,発明の範囲が不明確となる」ことが記載されている。
本件審判では,請求項に比較対象が明示されていないことから,上記の審査基準の記載に沿って判断したものと思われる。
一方,本件判決では,請求項全体の記載に基づき,「『前記演出制御手段』が,『前記可動体演出を行う際に,前記当否判定の結果が大当りで,且つ大当り遊技の終了後に前記特典遊技状態となる場合』には,前記第1操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行う選択をするより,前記第2操作手段が操作されることを起因に可動体演出を行う選択をする割合が高く」と,請求項1は規定したものと理解できると判断している。
これにより,本件判決は,請求項1は比較対象が明確であると判断している。
なお,拒絶査定不服審判請求後の拒絶理由通知において「高い」について,本件訴訟における被告の主張(前記4.(2)イ(ア)参照)と同様の理由で明確性要件を満たさないことが指摘されているものの,原告は何ら対応せずに審決されている。
原告は当該拒絶理由通知時に補正ができたにもかかわらず補正しなかったのは比較対象を明示しないことの戦略的事情があったのかもしれないが,請求項作成時,及び,補正時において不要な限定にならない限りは比較対象を明確に記載するように留意したい。
(2)「又は」の解釈
なお,本件訴訟における被告の主張のうち,請求項中の「又は」の解釈に関して参考に記載する。
「又は」について,広辞苑第七版には,①A・B…の少なくとも一つが成り立つ,②A・B…のどれか一つだけが成り立つ,の両方の意味があることが記載されている。
本件訴訟における被告の主張では,「第1操作手段又は第2操作手段が操作される」を,「第1操作手段と第2操作手段の両方が操作される場合や,その他の操作手段が操作される場合が排除されていないため,上記記載は,『第1操作手段又は第2操作手段が二者択一で選択される構成』を特定しているとはいえない」と判断している。
これは,本件訴訟における被告の主張では,「又は」の一般的な語義について,①の意味を前提にその内容を解釈したものと思われる。
一方,本件判決では,請求項の規定からすれば,「又は」を①の意味で読み取ることはできないとして,「第1操作手段又は第2操作手段のいずれかが操作されることを起因に可動体を所定の可動態様で作動せしめる可動体演出を行う制御を行うことを規定したものと解される」と判断している。
すなわち,本件判決では,「又は」について,請求項全体の記載に基づき,②の意味で解釈したものと思われる。
なお,本件判決は,請求項全体の記載に基づいて「又は」を②の意味として解釈しているものであるが,特許実務上は,「又は」を②の意味として択一的に選択するものとして使用することが一般的であると思われる。
(3)参考
以下,参考として,明確性要件についての説示した近時裁判例,及び,特許・実用新案審査基準(上記以外)を紹介しておく。
裁判例(知財高等平成29年(行ケ)第10210号審決取消請求事件):「特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべき」と判示している。
特許・実用新案審査基準(第II部第2章第3節2.2(5)のただし書き):「範囲を不確定とさせる表現があっても発明の範囲が直ちに不明確であると判断をするのではなく,審査官は,明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識を考慮して,発明の範囲が理解できるか否かを検討する」ことが記載されている。
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