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【欧州法務ブログ:イタリア進出・イタリア企業買収実施前に知っておきたい基礎知識】 第1回:進出形態について
2022.10.28
はじめに
日本企業が新たにイタリアで事業を開始する場合、その方法としては(1)独自の拠点を設立するか、(2)現地企業との資本・業務提携関係(対象企業の買収を含む)を築くか、又は、(3)現地の販売代理店を利用するかのいずれかとなります。
本ブログの第1回では、イタリア現地に独自の拠点を設立する(上記の(1))際に役立つ基本知識及び具体的な設立手続を紹介します。
法人格のない拠点
現地拠点のうち、まず考えられるのが駐在員事務所(Ufficio di rappresentanza)及び支店(Sede secondaria)です。いずれも独自の法人格を有しない外国企業の形態です。
商業活動を伴わない「駐在員事務所」
駐在員事務所は、商業活動を行うことが認められておらず、駐在員事務所又は本社の名前で契約を締結したり、請求書を発行したり、銀行口座を開設したりすることはできません。
駐在員事務所の活動は、①イタリアのマーケット及びそれを取り巻く経済状況についてのリサーチ活動や、②潜在的顧客や仕入れ先等の取引相手に対する自社の製品やサービスについての情報提供、③一定の広告宣伝活動等に留まります。
また、常駐駐在員は不要であり、現地で従業員を雇用することができます。
駐在員事務所が商業活動を行わない場合は、税制上、本社の恒久的施設とはみなされず、課税対象にはなりません。そのため、このような事務所では、帳簿の記録、財務諸表の公表、所得税や付加価値税の申告は義務付けられていません。最もシンプルで費用をかけずに商業的な存在を示す方法です。
駐在員事務所の設立に関する手続の流れは概ね以下の通りです。
設立手続 | |
必要書類[1]の準備 |
(1)駐在員事務所の設立を承認する本社の取締役会決議及び/又は株主総会決議の写し
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税務番号の取得 | 駐在員事務所及び代表者の税務番号(Codice fiscale)を取得 |
商工会議所での登録 | 権限のある専門家を通じて、管轄の商工会議所にオンラインで必要書類を提出 |
商業活動を伴う「支店」
支店は、駐在員事務所と異なり、商業活動を行うことができます。つまり、支店の名義で本社のため第三者と契約を締結することができ、また、請求書を発行することもできます。
支店は、独自の法人格を有さないため本社の一部とみなされます。他方、対外的には、本社が任命した法定代表者が支店を管理し、第三者に対して支店を代表する責任を有するため、当該法定代表者が第三者と締結した契約は本社を拘束し、支店の契約上の義務違反に基づく責任等について本社が無制限に責任を負うことになります。
支店が商業活動を行う場合、税制上、本社の恒久的施設とみなされ、イタリア国内の売上は課税対象となります。そのため、支店独自の帳簿を記録、所得税や付加価値税の申告が義務付けられており、また、毎年、支店所在地を管轄する商業登記所に対して、本社の財務諸表の写しを提出すること等が義務付けられています。
支店の設立に関する手続の流れは概ね以下の通りです。
設立手続 | |
必要書類[2]の準備 |
(1)支店の設立を承認する本社の以下の事項を含む取締役会決議及び/又は株主総会決議の写し - 支店の名称
- 本社の現地での登録番号(ある場合)
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公証人の面前での署名 | 公証人の面前で設立者/又はその代理人が設立証書に署名 |
商工会議所での登録 | 商工会議所の商業登記所に必要書類を提出 |
付加価値税番号・税務番号の取得 | 支店の付加価値税番号(Partita IVA)・税務番号(Codice fiscale)を取得 |
法人格を有する拠点:会社
現地拠点として会社(子会社)を設立することも可能です。会社の場合、日本の本社とは別の法人格を有することになります。イタリア会社法上の会社形態は複数ありますが、そのうち商業活動に最も適した会社形態は資本会社のうちS.r.l. (Società a Responsabilità Limitata:私的(非公開)有限責任会社)又はS.p.A.(Società per Azioni:公開株式会社)であるといわれ、なかでも、S.r.l.は、特にその経営の柔軟性から、イタリアの中小企業にとって最も選択されることが多い一般的な会社形態です。
S.r.l.とS.p.A.の比較
S.r.l.とS.p.A.はいずれもその主たる特徴として、会社の出資者(出資持分保有者又は株主)の債務(責任)が会社に出資された現金及び財産に限られるという点があげられます。
S.r.l.とS.p.A.の主な相違点は、概ね以下の通りです[3]。
S.r.l. 有限責任会社 |
S.p.A. 株式会社 |
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資本金 | 最低資本金は10,000ユーロ。設立時に最低25%(2,500ユーロ)を払い込まれなければならない。 | 最低資本金は50,000ユーロ。設立時に最低25%(12,500ユーロ)を払い込まれなければならない[4]。 |
資本 |
資本は出資持分所有者数によって分割される。 株券のような文書に具現化されず「クォータ」と呼ばれ、クォータ帳簿により記録管理される。 株式市場に上場することはできない。 出資持分所有者は1人でよい[5]。 法人・自然人、居住地、国籍も問わない。 |
株式資本は株式に分割される[6]。 株式市場に上場することができる。 株主は1人でよい[7]。法人・自然人、居住地、国籍も問わない。 |
持分/株式譲渡 | 定款で制限がない限り、自由に譲渡可能。 | 定款で制限がない限り、自由に譲渡可能。 |
経営体制 |
一人取締役、複数取締役(各自代表又は共同代表)、取締役会のいずれの体制も可能。 経営体制は柔軟に設計可能であり、相当な範囲で定款自治が認められている。 取締役の任期に関する制限はない。 出資持分所有者は、取締役会が保管する関連書類を閲覧する権利等、会社の経営に関わる情報を得る権利を広く有する。 |
一人取締役、複数取締役(各自代表又は共同代表)、取締役会のいずれの体制も可能。 取締役の任期は最長3年(定款に別段の定めがある場合を除き、再任されることが可能)。 株主が閲覧することができる書類は株主総会議事録等限定的である。 |
持分所有者/株主総会 |
事業年度末日から原則120日以内に株主総会を毎年最低1回開催しなければならない。 全ての出資持分所有者はその持分保有数に関係なく株主総会に出席する権利を有する。 書面決議が認められている。 |
事業年度末日から原則120日以内に株主総会を毎年最低1回開催しなければならない。 会社は、株主総会に出席するために必要な株式の最低保有数を定めることができる。 書面決議は認められていない。 |
監査役/監査役会 |
法令で定められる特定の場合を除き、監査役の選任は求められない(任意)。 |
3名又は5名の常任監査役及び2名の補欠監査役から構成される監査役会の設置が求められる。 監査役会は、経営活動の統制・監督を担当し、法令で定められる特定の場合を除き、会計監査は外部監査法人等に委ねられる。 |
会社の設立手続
会社の設立に関する手続の流れは概ね以下の通りです。なお、以下では、便宜上、出資持分所有者(S.r.l.)及び株主(S.p.A.)をいずれも「株主」と表します。
設立手続 | |
必要書類[8]の準備 |
(1)各株主に関する情報 【株主が個人である場合】 - 個人株主のID又はパスポートの写し、税務番号 【株主が法人(会社)である場合】 -法人株主の主要な情報が記載された会社証明書(管轄の商業登記所が発行したもの)
(2)設立される会社に関する情報(設立証書及び/又は定款に規定されるもの) -会社の名称 (3)定款 |
資本金の支払 | 会社の形態/出資者の数に応じて資本金の支払金額が異なる |
公証人の面前での署名 | 上記の必要書類、及び金融機関による資本金払込証明書を公証人に提出し、公証人の面前で設立者(又はその代理人)が設立証書に署名 |
商工会議所での登録 |
設立証書が公証されてから30日以内に、管轄の商工会議所の商業登記所に設立証書を定款とともに提出 書類の正確性が確認された後に登記がなされ、法人格を取得 |
付加価値税番号・税務番号の取得 | 設立中の会社の付加価値税番号(Partita IVA)・税務番号(Codice fiscale)を取得 |
法定帳簿類の準備 | 法定帳簿に課税される印紙税の支払、法定帳簿の準備 |
行政機関からの許認可の取得 | 新規事業のための行政機関の許認可の取得(必要な場合) |
会社設立までにかかる期間 | |
通常、3週間から4週間程度で完了する |
※本ブログは、TMI総合法律事務所の外国法共同事業先であるSimmons & Simmons LLPイタリアミラノオフィスのMartina Sayaka Angeletti弁護士(イタリア法)の協力を得て作成しました。
[1] 設立する駐在員事務所の所在地を管轄する商工会議所/商業登記所によって必要書類・情報は若干異なる可能性があります。
[2] 設立する支店の所在地を管轄する商工会議所/商業登記所によって必要書類・情報は若干異なる可能性があります。
[3] S.p.A.は3タイプのコーポレート・ガバナンスを採用することができますが、ここでは伝統的なモデル(株主総会、取締役、監査役会)を前提としています。
[4] 保険業や銀行業といった一定の規制業種の場合には、より高額な資本金が必要となります。
[5] この場合、資本金は会社設立時に直ちに全額を支払われる必要があります。
[6] 1999年1月1日より、いわゆる「株式のペーパーレス化」が導入され、上場会社では、株式を会計記録でのみ表すことが義務付けられています。他方、それ以外の会社では「株式のペーパーレス化」の導入は任意となっているため、非上場会社では、株券の発行が未だ認められています。
[7] この場合、資本金は会社設立時に直ちに全額を支払われる必要があります。
[8] 設立する会社の所在地を管轄する商工会議所/商業登記所によって必要書類・情報は若干異なる可能性があります。
[9] レターヘッドや公式文書に記載される場合、会社の種類は会社の名称の直後に表示されます。