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【相続ブログ】相隣関係・共有制度(2)ライフラインの設備の設置・使用権(民法213条の2・213条の3)
2022.11.10
ライフラインの設備の設置・使用権(民法213条の2、213条の3)【施行日:令和5年4月1日】
【改正のポイント】 ① 法的根拠が不透明であったライフラインの設置等のために他の土地に設備を設置する(設備設置権)、あるいは他人が所有する設備を使用する(設備使用権)ことについて、ライフライン等の継続的給付を受けるために必要な範囲内で、設備設置権・設備使用権という「権利」があることを明記。 |
今般の改正では、現代社会で必要不可欠な各種ライフライン(電気、ガス、水道、電話・インターネット等の電気通信など)を自分の土地で利用するためにどのような手続きが可能であるかについてのルールの整備が進み、改正前民法では明文上存在しなかったライフラインの設置等に関するルールが具体化しました。
以下では、QA方式でライフラインの設置等に関するルールを見ていきましょう。
Q2:民法が改正され、水道、電気、ガス等のライフラインを引き込む際の他人の土地や設備の使用に関するルールが定められたと聞きました。ルールの概要を教えてください。
A2:
(1)改正前民法における問題点
そもそも民法は明治に作られた法律であり、各時代にその時代ごとの社会的要請に従って断続的に改正されてきたものです。民法の制定当時は電気、ガス、水道等のいわゆるライフラインの設置について想定されておらず、それらに関するルールは存在しませんでした。これは、現代社会では意識して使う機会が少ないと考えられる、水流や排水、堰の設置などの条文が充実している(民法214条から民法222条)こととは対照的です。
もっとも、現代社会を生きる上でライフラインの設置は必要不可欠です。そして、ライフラインを設置する際に、自らが保有する土地だけでは解決できず、他の土地に設備を設置したり、他人の設備を利用したりしなければならない例も多くあります。例えば、公道の地下部分に流れる配水管から給水したいと考えても、自らの土地が公道に接していない場合、公道に至るまでにある他の土地にも給水管設備の設置をしなければなりません。このような場面では、当然のことながら、他人の持つ権利との間での調整が必要になります。
そのため、従来の実務上は、民法209条、210条、220条、221条、あるいは下水道法11条といった、他人の土地や設備を使用できる内容の規定を類推適用することによって、ライフラインの設置のための他人の土地の使用を規律していました。
しかしながら、明文規定が存在せず、類推適用により法解釈として処理している、という状態のため、どのようにしたら利用できるのか、利用する際にはいかなる手続きを取るべきなのか、については不確実さが存在していました。
そこで、今回の改正では、ライフラインの設置をする際の設備設置権と設備使用権を明文で権利として認めるとともに、その行使条件等の明確化がなされました。
(2) 隣地使用権に関する法改正の内容
では、いかなる規定が置かれたのでしょうか。改正内容を見ていきましょう。
第213条の2(継続的給付を受けるための設備の設置権等) |
1 土地の所有者は、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用しなければ電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付(以下この項及び次条第1項において「継続的給付」という。)を受けることができないときは、継続的給付を受けるため必要な範囲内で、他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用することができる。 |
2 前項の場合には、設備の設置又は使用の場所及び方法は、他の土地又は他人が所有する設備(次項において「他の土地等」という。)のために損害が最も少ないものを選ばなければならない。 |
3 第1項の規定により他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用する者は、あらかじめ、その目的、場所及び方法を他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者に通知しなければならない。 |
4 第1項の規定による権利を有する者は、同項の規定により他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用するために当該他の土地又は当該他人が所有する設備がある土地を使用することができる。この場合においては、第209条第1項ただし書及び第2項から第4項までの規定を準用する。 |
5 第1項の規定により他の土地に設備を設置する者は、その土地の損害(前項において準用する第209条第4項に規定する損害を除く。)に対して償金を支払わなければならない。ただし、1年ごとにその償金を支払うことができる。 |
6 第1項の規定により他人が所有する設備を使用する者は、その設備の使用を開始するために生じた損害に対して償金を支払わなければならない。 |
7 第1項の規定により他人が所有する設備を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、その設置、改築、修繕及び維持に要する費用を負担しなければならない。 |
第213条の3 |
1 分割によって他の土地に設備を設置しなければ継続的給付を受けることができない土地が生じたときは、その土地の所有者は、継続的給付を受けるため、他の分割者の所有地のみに設備を設置することができる。この場合においては、前条第5項の規定は、適用しない。 |
2 前項の規定は、土地の所有者がその土地の一部を譲り渡した場合について準用する。 |
(ア) 対象となる権利
新213条の2第1項は、「他の土地に設備を設置しなければ」継続的給付(後述しますが、いわゆるライフラインのことです。)を受けることができない場合には、「他の土地に設備を設置」することを認め、「他人が所有する設備を使用しなければ」継続的給付を受けることができない場合には、「他人が所有する設備を使用」することを認めています。
例えば、下の模式図のように、ある土地においてインターネットを使用したいと思っているAさんがいたとしましょう。インターネットを使用するために、B社が所有する電柱からケーブルを引き込み、電柱とAさんの土地の間にあるCさんの土地にもケーブルを通さなくてはならない、とします。
この場合、B社が所有する電柱という設備を使用して電柱にケーブルを接続させることは、「他人が所有する設備を使用」すること、つまり設備使用権の行使であり、Cさんの土地にケーブルを通すことは「他の土地に設備を設置」すること、つまり設備設置権の行使にあたります。
(イ) 設備設置権・設備使用権の権利としての明確化
そして新213条の2第1項は、「他の土地に設備を設置し、又は他人が所有する設備を使用することができる。」と定めており、他の土地の所有者等の承諾がなくとも行使可能であるという意味で、設備設置権・設備使用権という権利が土地所有者にあることが明らかになりました。
仮に他の土地の所有者等が承諾料として金銭の支払いを求めてきても、承諾料を支払わなければ使えないというわけではありません(ただし後述するように、使用の結果として償金を支払う必要がある場合があります。)。
(ウ) 「電気、ガス又は水道水の供給その他これらに類する継続的給付」とは?
条文文言においては、電気、ガス、水道水の供給に限定しておらず、「その他これらに類する継続的給付」について設備設置権・設備使用権を認めています。
これは、ライフラインの設置のために必要となる権利を認めているという、本条項の趣旨を考慮し、今後の時代の変化の中で、電気・ガス・水道水以外のものが継続的給付といえるようになる可能性があるところ、そのようなものにも設備設置権・設備使用権を認めることにその目的があります。
例えば、現代社会において必要不可欠となった電話やインターネット等の電気通信は「その他これらに類する継続的給付」に該当します。
この意味で、いわゆるライフライン全般について、設備設置権・設備使用権があることが明文化されているのです。
(エ) 「必要な範囲内」とは?
第1回の隣地使用権に関する記事で紹介した隣地使用権の規定と同じく、権利の行使は「必要な範囲内」とされています。ライフラインの設置に求められる程度よりも、過度に大掛かりな設備の設置や、過度な設備使用は認められません。
設備設置権・設備使用権は確かに権利ではありますが、その性質上他人の権利を一定程度制限する権利ですので、「必要な範囲内」に限られるものであり無制限に行使できるものではないことが明文化されています。
(オ) 他の土地又は他人が所有する設備(他の土地等)の利益への配慮
A)設備設置・設備使用の態様
新213条の2第2項は、他人の権利の保護の観点から、設備設置・設備使用の態様についても、他の土地等の「損害が最も少ないもの」に限定されています。
「損害が最も少ないもの」については、土地利用に際しての利益調整という法規定の趣旨に照らして、設備の設置・使用の必要性と他の土地等の権利者の利益の侵害の程度とを比較衡量して判断されることになります。
例えば、ある土地所有者Dが電話線を引こうと思っていたとしましょう。電話線を引くのに、公道に至る隣の土地Xを使用する必要がある場合において、公道に通じる私道や公道に至るための通行権(民法210条)の対象部分があったとすると、Dは土地Xのどの部分でも自由に使用して電話線を引けるわけではなく、通常は、私道や通行権の対象部分を選択することになります。これは、道や通行権が付されている土地については、何らかの形で使用されることが前提となっており、そのほかの土地の部分と比較して利益の侵害の程度は低いためです。
B)隣地使用の際の事前通知
設備の設置・使用ができる場合であっても、そのような設備の設置・使用に際しては、その目的、場所、方法をあらかじめ、他の土地等の所有者及び他の土地を現に使用している者に通知することが、新213条の2第3項において義務化されました。
この規定の趣旨は、他の土地等の所有者及び他の土地等を現に使用している者が、当該設備設置・設備使用の内容が新213条の2第1項・第2項の要件を充足するかを検討し、事案によっては別の場所又は方法を取るように提案し、あるいは設置・使用を受け入れるための準備の機会を与えることにあると解釈されています。
① どのくらい前の通知であれば「あらかじめ」の通知にあたるのか?
「あらかじめ」、つまり設備の設置・使用のどの程度前に通知すればよいかについては、他の土地等の所有者が上記したような検討、提案、準備等をするのに足りる合理的な期間であると解されます。ケースバイケースですが、一般的には、2週間から1か月程度前に通知することが想定されるのではないでしょうか。
もっとも、設備の設置・使用の程度が非常に大きいようであれば、当然検討、提案、準備等には時間を要することになりますので、1か月より前に通知をする必要があると考えられます。
② 通知の内容について
通知に際しては、検討、提案、準備をするのに資する程度に目的、場所、方法を特定して通知する必要があると解されます。
仮に、設備設置をしたいと考えている他の土地の所有者から通知よりも詳細に設備の使用方法の説明を求められれば、必要な範囲内でその説明に応じる必要があり、例えば工事等に携わる業者の工事計画書などを見せることも考えられます。
③ 他の土地を現に使用している者等への通知
他の土地等の所有者以外にも、別に他の土地等を使用している者がいる場合も考えられます(例えば土地の賃借人など)。この場合は、そのような土地の使用者に対しても、別途通知をすることが求められます。
なお、法文上は、他人の土地ではなく設備を現に使用している者に対しての通知は求められていません。これは他人の設備を使用している者がいる設備を、他の者が新たに使用開始したとしても、その影響は比較的軽微であり、土地の使用者に比べれば法定する必要までは認められない、という考慮によります。もっとも、他の設備の使用者への影響が全く考えられないわけではないでしょうから、法文上は求められていなくとも、事実上通知をすることが望ましいとされており、トラブル防止の観点からは通知すべきであると考えます。
④ 通知対象者
他の土地等が共有物である場合には、共有者全員に対して事前に通知することが求められています。これはどの共有者に対しても、それぞれ検討、提案、準備をする機会を与える必要があるためです。もし、通知の相手方が所在不明である場合には、公示による意思表示(民法98条)を活用して、事前通知する必要があります。
なお、第1回で紹介した隣地使用権の場合と異なり、ライフラインの設置に際しての事前通知に例外はありません。どのような場合にも他の土地等の所有者等に対して事前通知をする必要があります。これは、隣地使用権の場合と比して、ライフラインの設置に際しての設備の設置・使用は継続的に行われることが想定されるため、利益侵害の程度が大きく、他の土地等の所有者等に対し、それぞれ検討、提案、準備の機会を与えることが必要である上、隣地使用の際にはあり得る急迫性がライフラインの設置においては通常は想定されない(建物が崩落しそうだから直ちに修繕するために隣地を使用する、ということはあり得ても、事前の通知なくライフラインを設置しなければ重篤な結果が生じるような場面は通常考え難いところです。)との考慮によります。
(カ) 設備の設置・使用に対する償金
設備設置権や設備使用権は権利ではありますが、その行使に伴い他の土地等の所有者等に対して損害が生じた場合、その損害を補償するための償金を支払う必要があります。
A)設備設置権に関する償金
ある土地の所有者がライフラインの利用のために、他の土地に設備を設置する際に生じる損害に対する償金としては、Ⅰ:設備の設置工事のために一時的に他の土地を使用した結果生じる損害に対する償金、Ⅱ:設備の設置に伴い土地の使用が制約されることにより、他の土地の所有者・使用者に生じる継続的な損害に対する償金、の2つのケースが法文上明記されています。
Ⅰのケースについて、新213条の2第4項は新209条4項(第1回で紹介した隣地使用権に関する規定です。)を準用し、一時使用により生じた実損害を償金として支払う必要があることを定めています。例えば、設備の設置のために他の土地上に立っていた竹木を除去した場合などが典型的で、この場合竹木相当分の損害を償金として支払う必要があります。
Ⅱのケースについて、新213条の2第5項は、継続使用により生じた設備設置部分の使用料相当額について支払いの必要があることを定めています。例えば、水道を引き込むための給水管等の設備が他の土地の土地上に設置された場合、設置された部分の土地の使用は継続的に制限されることになりますので、給水管の設置部分の土地使用料相当額について償金を支払う必要があります。なお、この支払いは1年ごとに支払うことも可能です。
Ⅰ、Ⅱいずれのケースにおいても、設備を地下に設置して、地上の利用自体を制限しないケースにおいては、損害が認められないことも考えられます。もちろん他の土地の所有者等が地下を利用していて、その地下利用が妨げられたのであれば損害が認められることがありますが、土地の利用形態として一般的に地上のみを利用しており、設備の設置が地下であれば、他の土地の所有者等の土地利用を害していない以上、通常損害は認められないでしょう。
B)設備使用権に関する償金
ある土地の所有者がライフラインの利用のために、他人の所有する設備を使用する際に生じる損害に対する償金としては、設備の使用開始時に生じた損害に対する償金が法定されています。なお、設備設置権と異なり、設備の継続的使用に伴う損害が認められないのは、設備の所有者はそのまま設備を使用することができるのであり、継続的損害が観念できないからです。
新213条の2の第6項は、他人が所有する設備の使用開始時に生じた損害については、その損害相当額を償金として支払う必要があることを定めています。例えば、電気を利用するための電線接続工事を実施するにあたって、繋げられた電線の使用が一時的に停止する場合、停止により生じた損害を支払わなくてはなりません。
また、設備の使用開始時に生じた損害に対する償金とは別に、新213条の2の第7項に基づき、他人の所有する設備を使用する者は、その利益を受ける割合に応じて、その設備の設置、改築、修繕及び維持に関する費用を負担しなければならないと定められています。
(キ) 自力救済の禁止
上述したように、設備設置権や設備使用権は権利であり、他の土地等の所有者等が拒絶をしたとしても、拒絶を理由に権利の行使が認められないわけではありません。
もっとも、第1回の隣地使用権に関する記事においても記した通り、権利を保有しているとしても、裁判所を通さずに相手の権利を害する形で勝手に行使することは違法な自力救済であり、許されません。
そのため、設備設置権や設備使用権の行使を拒絶する他の土地等の所有者等に対しては、妨害排除請求や差し止め請求などを裁判所に申し立てることで、権利行使の実現を図ることになります。
(ク) 土地の分割又は一部譲渡により継続的給付を受けることができなくなった場合
新民法213条の3は、分割によって継続的給付を受けることができなくなった場合についての設備設置権は分割の当事者間で行使又は負担されるものであって、周囲の第三者に対して行使することはできない旨が規定されています。
例えば、A土地とB土地、という土地があり、A土地はXとYという2人の人の共有地であったとします。A土地についてXとYが共有状態を解消して、XとYそれぞれの単独所有とするべくA土地を分割したことにより分割した土地の所有者がライフラインの利用を継続できなくなったとすると、新民法213条の3においては、XはYに対してのみ、YはXに対してのみ、設備設置権を行使できることとなり、B土地に対する設備設置権の行使は認められません。これは、分割したことによりライフラインの利用を継続できなくなった以上、設備設置権の行使が必要になるとしても、分割当事者の中で解決すべきで、第三者に対して新たな負担を押し付けるべきではない、という考えによるところです。
(3) まとめ
従来の改正前民法には存在しなかった新規定ですので、今後の裁判例の集積等による相場観の確立が待たれるところです。
[参考]
・法務省民事局「令和3年民法・不動産登記法改正、相続土地国庫帰属法のポイント(令和4年10月版)」27、28頁、https://www.moj.go.jp/content/001377947.pdf(令和4年10月6日更新)
・法務省「所有者不明土地の解消に向けた民事基本法制の見直し(民法・不動産登記法等一部改正法・相続土地国庫帰属法)」、https://www.moj.go.jp/MINJI/minji05_00343.html(令和4年10月19日更新)
・村松秀樹・大谷太著「第2章 相隣関係の見直し 第2節 継続的給付を受けるための設備設置権・設備使用権」『Q&A 令和3年改正民法・改正不登法・相続土地国庫帰属法』33~48頁(一般社団法人金融財政事情研究会、2022)