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【特許商標ブログ】ソフトウェア関連商品に関する類否判断について
2023.05.17
はじめに
1991年にパソコンのOSとしてMicrosoftが販売したWindws3.1の衝撃は今でも忘れられません。それから30年以上を経た現在、インターネットの急速な普及、wi-fi、5Gなどの無線新技術やスマートフォンをはじめとする通信機器の進歩に伴い、産業界や日常生活のあらゆる場面でソフトウェアは利用されています。
またメタバースによる仮想空間上で新たな経済圏が勃興していますが、その実現にはソフトウェアの存在が不可欠といえます。
一方、商標法の世界では、商品の区分に関する国際協定であるニース協定に基づき、ダウンロード可能なソフトウェアや記録媒体に記録されたソフトウェアは「モノ」として第9類に分類され、ダウンロードしないソフトウェアの提供(SaaSなど)は「サービス」として42類と分類される運用が行われています。但し、どの記載要件や類否判断などの具体的な取り扱いは国により異なるのが現状です。
現在の日本並びに海外での取り扱いを概観し、日本での今後の取り扱いについて考えてみたいと思います(なお、今回は第9類のソフトウェアを中心に検討していきます)。
日本における取り扱い
1)類似群コードによる類否判断
日本では商標法施行規則別表において商品並びに役務の区分が規定され、その記載や類否判断については「商品類似・役務審査基準」に示されています。
すなわち、商品並びに役務の類否については、商品の生産部門、販売部門、原材料や役務の提供方法や提供場所等に基づき特許庁が付与する「類似群コード」(5桁の数字及びアルファベットのコード)に基づき判断がされ、この「類似群コード」が同一であれば互いに類似と判断される運用が行われております。当該運用は審査を画一的かつ効率的に進めるのに大変有効な方法(行政判断)といえます。
2)ソフトウェアの類似群コード
特許庁の商品類似・役務審査基準に記載のある「電子計算機用プログラム」は「電子応用機械器具及びその部品」の下位概念と取り扱われており、類似群コードは「11C01」が付与されています。
また、いわゆる「ハードウェア」の対義語としての「ソフトウェア」や、特定の機能や目的のために開発・使用されるソフトウェアである「アプリ」も類似群コード「11C01」が付与されます。
なお、「電子計算機用プログラム」は、昭和62年 商品・役務類似審査基準においてはじめて採用された商品表示となりますが、当時は大型汎用機用のプログラムやパソコン用のOSやワープロソフト、表計算用ソフトなどが想定されていたと考えられます。
3)ソフトウェア関連商品及び役務の記載要件
日本では包括概念での商品・役務の指定が可能であり、ソフトウェアについても同様に包括的に「電子計算機用プログラム」「コンピュータソフトウェア」「アプリケーションソフトウェア」といった記載が可能です。
現在ソフトウェアは多種多様な用途や機能がありますが、このような限定なくあらゆる種類のソフトウェアが「電子計算機プログラム」(第9類)、「電子計算機用プログラムの提供」といった表現でカバー可能な制度となっています。
すなわち、スマホ用のゲームのアプリであっても、パソコンのOSであっても全て「電子計算機用プログラム」の記載に全て含まれる取り扱いとされています[i]。
したがって、日本では以下の商品はいずれも類似群コード「11C01」が付与され、特許庁における審査においてはいずれも類似関係にあると判断されています。
・「ダウンロード可能なスマートフォン用ゲームソフトウェア」
・「ダウンロード可能な医療機器としてのソフトウエア(SaMD)」
・「ウェブサイト開発用コンピュータソフトウェア」
・「電子計算機用プログラム」
・「電子応用機械器具及びその部品」
諸外国における取り扱い
諸外国では「ソフトウェア」についてどのような取り扱いがされているのでしょうか。代表的な国として米国、欧州連合、更には日本と比較的近い制度を有する韓国について概観してみたいと思います。
1)米国
米国は使用している商標を保護する、いわゆる使用主義を前提としており、指定商品/役務の記載も使用している(又は使用する意思のある)商品/役務の記載が前提とされており、日本のような包括概念での商品/役務指定は認められず、個別具体的な指定が必要となります。
ソフトウェアについてもUSPTOにおけるTrademark ID (identification) Manualでは以下のように機能や用途の記載が必須とされています。
■ Downloadable computer softwarefor {specify the function of the software, e.g., use as a spreadsheet, word processing, etc. and, if software is content- or field-specific, the content or field of use}
■ Downloadable mobile applications for {indicate function of software, e.g., managing bank accounts, editing photos, making restaurant reservations, etc. and, if softwareis content- or field-specific, the content or field of use}
また、上記Trademark ID Manualで認められている記載例としては以下のようなものが挙げられます。
■ Computer game softwaredownloadable from a global computer network
■ Downloadable medical softwarefor processing and displaying breast images on medical resonance imaging machines (MRIs)
2)欧州連合
欧州連合商標では包括概念としての「computer software」や「application software」といった包括的の記載自体は認められておりますが、特定のソフトウェア同士の類否判断については以下の規定が設けられております(EUIPO Trademark guidelines 5.8.2) 。
この規定では、ソフトウェアには多様な種類があることを前提としつつ、例えば、特定のソフトウェアと特定のソフトウェアの類否判断においては、ソフトウェアの分野や当該ソフトウェアの開発に必要な専門知識、ターゲットにしている需要者の同一性、か、流通経路の同一性などに基づき、特殊なソフトウェアが他の種類のソフトウェアと非類似と判断される可能性が明記されています。
3)韓国
韓国では商品/役務の類否判断は日本と同様に類似群コードに基づき行われています。
また、従来は日本と同様に包括的な商品指定も可能とされており、ソフトウェアについても「記録されたコンピュータソフトウェア」といった記載が認められていました。
しかしながら、近年のソフトウェアの多様化にともない、2021年における「類似商品審査基準」の改正により、上述のような包括的なソフトウェアの記載は認められず、用途の記載が必須とされました。これらのソフトウェアは「システム」、「応用」及び「ゲーム」の3つに分類され、「システム」関連ソフトウェアと「ゲーム」関連ソフトウェアは非類似と判断され、「システム」ソフトウェアと「応用」をソフトウェアの類否は類似群コードに関わらず個別具体的に判断される運用が開始されています。
例えば「仮想商品が記録された仮想世界ゲーム用コンピュータプログラム」と「仮想商品が記録された仮想世界コンピュータプログラム」は非類似とされる取り扱いがされています。
今後の日本における運用の検討
このように、ソフトウェアの記載要件や類否判断は国により異なる取り扱いがされています。
しかしながら、商品が類似するか否かは、商品の流通経路、需要者・取引者の同一性などを判断要素とし、需要者・取引者が同一/類似商標を付した場合に混同を生ずるおそれがあるかに基づき判断されるべきとの考え方は世界共通であると考えられます。
日本においても侵害事件の場面では裁判所により個別具体的に当該基準へのあてはめが行われ、判断されるものと解されます。
しかしながら、すくなくとも現在の日本の特許庁による審査ではソフトウェアの類否判断は昭和62年から基本的な変更はなく、「コンピュータゲーム用ソフトウェア」と「医療用検査及び診断用コンピュータソフトウェア」も同一の「類似群コード」が付され互いに類似と判断される現状にあります。このような用途を特定したソフトウェアは何れも古くから認められている「電子計算機用プログラム」の下位概念と判断されるばかりか、包括的な商品記載である「電子応用機械器具及びその部品」と類似と判断されます。
このようにソフトウェアに関する商品の類似範囲を広範に認めることは新たに開発されるソフトウェアの名称、ブランドとしての商標の選択が過度に制限されるといえます。また、用途を特定しないソフトウェア、あるいはソフトウェアの上位概念である「電子応用機械及びその部品」については出願時に存在しなかった商品に対しても無条件に権利が付与されることとなり既存の商標権の権利範囲が想定以上に広く解釈されることに繋がりかねません。このような運用はスタートアップ企業をはじめとする新たな機能や用途を有するソフトウェア開発会社のブランド構築の障害となり、ひいてはIT産業の競争力強化にも悪影響を与えかねないといえるでしょう。
このため現在の取引実情にあわせて1)登録前の審査並びに2)登録後の不使用商標の整理の場面において従来の運用を変更することが望ましいと考えます。
1)登録前の審査における運用
この点はすでに運用が開始されている韓国の取り扱いが参考になると思います。
すなわち、包括的なソフトウェアの記載は認めず、ソフトウェアを商品として指定する場合には必ず用途の記載を求めるとともに、「システム」、「応用」及び「ゲーム」(娯楽、B2Bなど)といった3乃至5程度の分類を行い、各分類間では非類似とする運用が考えられます(類似群コード「11C01」のサブクラスを付与することも考えられます)。また、包括概念である「電子応用機械器具及びその部品」といった記載は今後も認めるものの、新たな出願については指定商品として「ソフトウェア」が明記されない限り、「電子応用機械器具及びその部品」にソフトウェアには含まれないといった運用を行うことでソフトウェアに関する用途の記載が事実上必須とすることが考えられます。
他方、既存の権利との類否判断においては既存の権利の安定性に鑑み「電子応用機械器具及びその部品」あるいは「コンピュータプログラム」は包括的に全ての用途のソフトウェアを含むと判断せざるを得ないと考えます。
ただし、以下に述べるように登録後においては不使用取消審判で整理を行うことで一定の調整を図ることはできると思います。
2)登録後の不使用商標の整理における運用
現在の制度上、瑕疵なく成立した権利を消滅させる手段として不使用取消審判が認められています。この不使用取消審判は審査において同一又は類似商標として引用された商標を克服する一手段として活用されています。この不使用取消審判は権利者側に立証責任が課されており、権利者が登録商標の指定商品/役務についての使用を立証できない限り、原則として登録は取り消されることになります(商標法第50条)。
例えば、「ダウンロード可能なスマートフォン用ゲームソフトウェア」を指定した出願について包括的な記載である「電子応用機械器具及びその部品」を指定した先行商標が引用された場合、「ダウンロード可能なスマートフォン用ゲームソフトウェア」について不使用取消審判を請求し、当該商品についての使用証拠が提出されなければ「ダウンロード可能なスマートフォン用ゲームソフトウェア」については取り消されることになります。
この点、現在の運用では、たとえ当該商品が取り消されたとしても「ダウンロード可能なスマートフォン用ゲームソフトウェア」以外のソフトウェアや「電子応用機械器具及びその部品」は依然として権利範囲に含まれ、これらは類似群コード「11C01」が付されていることから残念ながら、抵触するソフトウェアについて取り消すことができたとしても引用商標を克服することはできません。
今後は不使用取消審判により特定の用途のソフトウェアが取り消された場合、残存する商品(ソフトウェア)との関係で類否判断を行い、当該ソフトウェアの市場や流通経路、需要者、取引者などを比較考慮し、商品の類否判断を行うことにし、包括的記載で登録された既存の登録との関係において特定用途のソフトウェアの登録の可能性を認める運用は可能であろうと考えます。
おわりに
商標権の存続期間は登録から10年と有限ですが、他の知的財産権とは異なり、更新により半永久的に存続可能な権利となります。
他方、実社会は常に変化しており、新たな商品やサービスが日々生まれています。今や様々な商品やサービスにソフトウェアは直接的あるいは間接的に関与しているといえるでしょう。商品役務の類似判断も固定化されるものではなく、実体に即して運用を変更していくことが望まれるのではないでしょうか。現在何かと話題のメタバースやNFTについても実際の取引実情に即した取り扱いが期待されるところです。
[i] Nintendo Switchなどのゲーム専用機用のゲームソフトウェアは「家庭用テレビゲーム機用プログラム(第9類)」などの記載により保護され、第28類に属する「家庭用テレビゲーム機」や「おもちゃ」と同一の類似群コード「24A01」が付与され、スマホ用のゲームアプリとは類似しないものと取り扱われています。
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