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【労働法ブログ】競合他社への転職と秘密情報の持ち出しについて
2023.06.01
はじめに
警察庁のまとめによれば、昨年(2022年)に警察が摘発した営業秘密の持ち出し等の営業秘密侵害事件は29件で、前年に比べ6件増、統計を取り始めた2013年以降で最多でした。
この背景には、雇用流動化(転職者の増加)や情報管理及びその意識の高まりがあるとみられますが、今回は、競合他社への転職、具体的には、①自社従業員が競合他社へ転職する場合と②競合他社から自社への転職者を受け入れる場合のそれぞれにおいて対応・留意すべき点に関し、秘密情報の持ち出し又は持ち込みのリスクを伴うことを念頭に置きながら概観したいと思います。
競合他社への転職に対する対応
(1)退職後の競業避止義務とその限界
ご承知のとおり、労働者は、一般的な月給制の正社員であれば、いつでも退職届を出して2週間で退職できますし(民法第627条第1項)、退職後は、憲法上の職業選択の自由(日本国憲法第22条第1項)に基づき、競合他社を含め、どこへ転職しようと原則として当人の自由です。
しかし、退職それ自体は止められないとしても、競合他社への転職については、従業員に対して退職後の競業避止義務を課すことにより一定程度防ぐことができます。
とはいえ、さきほど述べた職業選択の自由との関係もあり、裁判例上、①企業側の正当な利益(営業秘密の流出防止、既存顧客との関係維持)、②退職者の在職中における地位、③競業避止の内容・期間・地域、④代償措置の有無等から、退職後の競業避止義務の有効性が判断されています。
また、有効に競業避止義務を課すことができたとしても、その違反行為に対するアクションについて、競業避止期間中に差止めを認める判決を得られるか、競業行為(違反行為)による損害をどう立証するか、裁判等の手間・費用をかけるべきかなどの難しい判断を伴います。
そうすると、違反時の対応に委ねるよりも、違反を未然に防ぐべく、退職後の競業避止を定める誓約書等において、競業避止義務違反となるべき行為を客観的・具体的に定めつつ、違反時の「違約金」として具体的な金額を定めておくことなどが有効であろうと思われます。
(2)営業秘密の持ち出しを伴う場合の対応
自社を退職した者が、単に、競合他社へ転職するだけ(競業避止義務違反があり得るだけ)ではなく、退職に際して、不正競争防止法に定める「営業秘密」に当たる情報を持ち出していた場合やその疑いが強い場合は、同法に基づく特別の対応が可能になります。
具体的には、持ち出したとみられる営業秘密(の記録・記載された媒体)の廃棄のほか、それらを使用する行為等(これを使用して製造した製品の販売行為、これを使用した営業行為等)の差止め、さらに損害賠償等を求めて、仮処分・仮差押えの申立てあるいは本訴の提起をすることが考えられます(なお、同法においては、営業秘密の使用等や損害額に関する推定規定があり、事案によっては、それらの活用が可能です。)。
また、その持ち出し等の行為が営業秘密侵害罪に当たるものであれば、刑事告訴もあり得ます(※データの持ち出しについては、通常、USBメモリ等の記録媒体へのコピー、ファイル添付メールでの転送などを伴い、少なくともこれらは同法第21条第1項第3号ロの「記録・・・の複製を作成する」方法による「領得」に該当する可能性は十分あると考えられます。)。
とはいえ、このような法的アクションに進むには、当然ながら、退職者が自社の情報を不正に持ち出したと十分に言えるような形跡(証拠)を掴まなければなりません。
そのような証拠を得るにあたっては、裁判所による「証拠保全」手続を利用することもあり得ますが、基本的には、そのような持ち出し・漏洩が生じた場合にはその履歴等を自社にて追跡できるように、あらかじめ社内のシステムを整備しておくべきでしょう。
さらに、不正競争防止法に基づく法的アクションに向けては、持ち出された情報が同法に定める「営業秘密」に当たることの立証も必要となります。
この「営業秘密」に当たると言えるためには、非公知性・有用性・秘密管理性の三要件を満たす必要がありますが、このうち「秘密管理性」が最も争われやすい要件ですので、あらかじめ、秘密管理のために必要十分な制度・ルールを策定し、そのためのシステムを構築しつつ、日ごろから適切にそれらを運用(秘密管理)しておくことにより、この「秘密管理性」を満たす状態にしておくことが重要なポイントになります。
なお、上記のような「営業秘密」性に関しても、法律(不正競争防止法)の解釈として、従業員が自ら獲得・創出(開発)した情報、一般的な知識・ノウハウに属するような情報、普通に(取引先担当者の)名刺に記載されているような情報・・・について、そもそも会社の「営業秘密」と言えるかといった論点が潜んでいることもあり、個別の事案(情報の内容・性質)ごとに検討を要するところです。
(3)営業秘密の持ち出しを伴わないが悪質な場合等の対応
持ち出した情報の「営業秘密」性に不十分な点がある場合等には、不正競争防止法違反又はそのおそれを根拠とする法的措置を講じることは難しくなってきますが、そのような場合でも、情報(資料・データ)の取得・使用といった行為の悪質性に着目して、一般不法行為の成立を認める裁判例もありますので、相応の悪質性を伴うケースでは、不法行為に基づく損害賠償請求もあり得るところです。
また、情報の持ち出し等といった行為類型ではなく、例えば、従業員の引き抜き等のような行為類型であっても、社会的相当性を欠くような態様であれば、その行為それ自体あるいはそれにより顧客を奪取する行為について、一般不法行為の成立を認める裁判例がありますので、同様に、不法行為に基づく損害賠償請求があり得るところです。
(4)転職者及び転職先への牽制
競合他社等へ転職した者に関して、現在又は将来において上記(2)のような営業秘密の持ち出し等や上記(3)のような悪質な行為等が行われるのではないかといった懸念がある場合には、その者(さらに、その転職先)に対し、「仮に自社の営業秘密を持ち出して転職先で使用した場合には法的措置を検討せざるを得ず、今後もその動向を注視している」旨などを通知して牽制しておくこともあります。
これにより、転職者において、競業避止義務違反行為や営業秘密の不正使用行為を思いとどまらせるとともに、転職先においても、当該転職者による不正行為に十分な監視の目を光らせてもらうことを目指す狙いです。
なお、転職者による競業避止義務違反や守秘義務違反が疑われる場合、今後、転職先従業員として共通の取引先への営業行為等を行う過程でその「尻尾を出す」可能性もあるため、上記のような通知を行わない場合であっても、引き続きその動向を注視していくことが考えられます。
競合他社からの転職者の受入れに対する対応
競合他社から転職者を受け入れる場合は、上記「競合他社への転職に対する対応」の裏返しで考えることになります。
まず、自社へ転職しようとする者が前職企業に対して退職後の競業避止義務を負っている場合は、入社後の自社での業務遂行行為が差し止められてしまうリスクがあります。
また、前職企業との間でトラブルを抱えること自体がビジネス上のリスクにもつながりますので、採用プロセスにおいて退職後の競業避止義務の有無を確認しつつ、もし前職企業から警告や法的措置等を受けてしまった場合には、必要であれば競業避止義務に反しないと言えるようなポジションに移す(場合によっては、いわゆる「ガーデンリーブ」を付与する)ことも視野に入れて、適切な対応を検討・実施するべきです。
また、競業避止義務を負っているか否かを問わず、転職者により、前職企業の営業秘密を自社に持ち込まれてしまった場合、最悪、自社が営業秘密の不正取得・不正使用等をしていたとして、不正競争防止法違反に問われるおそれがあります。
当然ながら、自社側からそのような情報の提供を要求することなどは、もってのほかですが、転職者にそのような情報を持ち込ませないようにする(入社時にその旨を誓約させる)ことはもちろん、入社後の業務遂行において転職者によってそのような持ち込み等が行われていないかの確認・監視も必要です。
このあたりは、転職者に限らず、取引先担当者等の外部者から情報を得る場合も同様のリスクがあり、究極的には個々の従業員の意識の問題に帰着しますので、情報管理に関する社内ルールとして適切な定めを置いた上で、定期的な教育・研修も行っておくべきでしょう。