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わが国に導入される「成長志向型カーボンプライシング」―GX推進法の概要、GXリーグの動向―
2023.06.30
「成長志向型カーボンプライシング」導入の背景
2023年5月12日、脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(以下「GX推進法」といいます。)が、衆議院本会議にて賛成多数により可決、成立し、6月30日より施行されます。
化石エネルギー中心の産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換する、いわゆる「グリーントランスフォーメーション(Green Transformation)」(以下「GX」といいます。)実行のための施策は、これまで、内閣総理大臣を議長とするGX実行会議により検討されていましたが、GX推進法は、このGX実行会議により公表されたGX実現に向けた基本方針(以下「GX基本方針」といいます。)(※1)に基づき立案され、国会にて審議されていたものです。
(※1)GX基本方針(https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002_1.pdf)
GX基本方針では、「成長志向型カーボンプライシング構想」として、以下の3つの措置を講ずる旨が記載されています。
- 「GX経済移行債」等を活用した大胆な先行投資支援(規制・支援一体型投資促進策等)
- カーボンプライシングによるGX投資先行インセンティブ
- 新たな金融手法の活用
これらの措置は、GX経済移行債により長期・複数年度にわたり国が先行してGX投資(再生可能エネルギーや原子力等の非化石エネルギーへの転換、省エネ推進、資源循環・炭素固定技術等の研究開発等への投資)を実行することを示し、カーボンプライシングの手法を導入することにより、GX経済移行債の償還原資を確保するとともに、GX経済移行債による国の先行投資を呼び水として、トランジションファイナンスやブレンデッド・ファイナンスといった新たな金融手法も駆使したGXへの民間投資を促進することを企図しているものと考えられます。
また、カーボンプライシングの手法(後述する化石燃料賦課金や特定事業者負担金の徴収)は、直ちに導入されるものではなく、後述のとおり前者は2028年度、後者は2033年度から導入することとされており、GX基本方針によれば、いずれも、当初低い負担で導入し、徐々に引き上げていくこととされています。これは、将来における負担金の導入の方針をあらかじめ示すことにより、GX投資の前倒しを促進し、企業がGXに集中的に取り組む期間を設けるという狙いがあります。
このような制度設計が、我が国における「成長志向型カーボンプライシング」の特徴であるといえます。
そして、上記のGX基本方針の考え方を受けて、GX推進法では以下のような事項が定められています。
- GX推進戦略の策定・実行(第2章)
- GX経済移行債の発行(第3章)
- 化石燃料賦課金及び特定事業者負担金の導入(第4章)
- 脱炭素成長型経済構造移行推進機構(GX推進機構)の設立(第5章)
- 進捗評価と必要な見直し(附則第11条)
GX経済移行債
GX基本方針で示された3つの措置のうち、GX経済移行債の発行について、GX推進法では、2023年度から2032年度までの10年間にわたりその発行ができるとする枠組みが規定されています(GX推進法第7条)。
発行金額についてGX推進法に明記はありませんが、GX基本方針によれば、今後10年間で150兆円を超える官民のGX投資を行うにあたり、2023年度からの10年間にわたって、GX投資の呼び水としての20兆円規模のGX経済移行債を発行することが企図されています。
また、かかる移行債の償還原資として、後述するカーボンプライシング(化石燃料賦課金及び特定事業者負担金)により徴収される資金を充てることもGX推進法に明記されました(GX推進法第8条)。
我が国に導入されるカーボンプライシング
カーボンプライシングとは、炭素に価格付けをすることにより、排出者の行動を変容させる政策手法です。一般的には、炭素税、排出量取引、カーボン・クレジット取引、インターナル・カーボンプライシングなどの手法があります。
GX基本方針においては、カーボンプライシングに関する今後の対応として、①「排出量取引制度」の本格稼働、②発電事業者に対する「有償オークション」の段階的導入、③「炭素に対する賦課金」の導入をあげた上で、④カーボンプライシングの実施等を担う「GX推進機構」の設立について言及しています。
それを受けて、GX推進法では、③の炭素に対する賦課金として化石燃料賦課金の制度を、②の発電事業者に対する「有償オークション」の段階的導入として特定事業者負担金の制度を創設しました。また、①の「排出量取引制度」として、GXリーグにおける排出量取引制度(以下「GX-ETS」といいます。)を2023年秋より試行することになっています。
以下、本項では化石燃料賦課金及び特定事業者負担金について、次項ではGXリーグについて解説します。
(1) 炭素に対する賦課金(化石燃料賦課金)
炭素に対する賦課金は、炭素排出に対する一律のカーボンプライシングとして機能することが企図されており、具体的には、2028年度から、原油、石油製品、ガス状炭化水素(LNG等)、石炭(以下「原油等」といいます。)の採取・輸入事業者(GX推進法第2条第3項、第4項)に対して、輸入等する原油等に由来する二酸化炭素の量に応じて、炭素に対する賦課金としての化石燃料賦課金を徴収することがGX推進法に規定されています(GX推進法第11条乃至第14条)。
化石燃料賦課金の金額については、GX推進法に明記はありませんが、一定時点の石油石炭税及び再エネ特措法の納付金の総額を超えない範囲で、政令にて定められることとされており、事業者のエネルギーに対する負担金が総額として増加しないように配慮がされています(GX推進法第12条)。
(2) 発電事業者に対する「有償オークション」(特定事業者負担金)
カーボンニュートラル実現のためには、電化とともに電力の脱炭素化が重要となります。そのため、GX推進法では、2033年度から、二酸化炭素の排出量の多い発電事業者に対して、一部有償で二酸化炭素の排出枠(量)を割り当て、有償枠について、その量に応じた特定事業者負担金を徴収することとされています(GX推進法第15条乃至第19条)。
特定事業者負担金の金額は、有償で割り当てる排出枠(特定事業者排出枠)の量に、入札により決定されるCO2排出量1トンあたりの負担額を乗じて決定されます。特定事業者負担金は、化石燃料賦課金同様、事業者のエネルギーに対する負担金が総額として増加しないように配慮がされています(GX推進法第16条)。
なお、発電事業者に対する排出枠の有償割当ては、次項で紹介するGX-ETSの検討の議論において、GX-ETSの更なる発展の中で取り入れることが検討されており、現時点で法律や制度上の根拠はないものの、GX-ETSと密接に関連するものと位置付けられることが予測されます(※2)。
(※2)GXリーグにおける排出量取引に関する学識有識者検討会(第3回)資料01「来年度から開始するGXリーグにおける排出量取引の考え方について(3)」6頁を参照(https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/01_%E6%9D%A5%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E9%96%8B%E5%A7%8B%E3%81%99%E3%82%8BGX%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%8E%92%E5%87%BA%E9%87%8F%E5%8F%96%E5%BC%95%E3%81%AE%E8%80%83%E3%81%88%E6%96%B9%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6_3.pdf)
GXリーグ
(1) GXリーグの概要
国内で自主的な排出量取引を実施する組織であるGXリーグは、2050年カーボンニュートラル実現と社会変革を見据えて、GXヘの挑戦を行い、現在及び未来社会における持続的な成長実現を目指す企業が同様の取組を行う企業群を官・学と共に協働する場として、2022年2月1日に発表されたGXリーグ基本構想をもとに、2023年4月から本格稼働が開始しました。
GXリーグは既に679社(2023年1月末時点)が参加するに至っており、そこでは、日本企業が世界に貢献するためのリーダーシップのあり方を示し、GXとイノベーションを両立し、企業のGX投資が金融市場、労働市場、市民社会から応援される仕組み作りを目指すという目標が掲げられています。具体的には以下の3つの場の提供等の活動を行うとされています(※3)。
① 2050年カーボンニュートラルのサステイナブルな未来像を議論・創造する場
産官学民の幅広いステークホルダーが、ワーキンググループを構成して、未来像とそこに向けた経済社会システムの移行像を示す。
② カーボンニュートラル時代の市場創造やルールメイキングを議論する場
上記未来像を踏まえ、新たなビジネスモデルを検討し、市場創造のためのルール作りを行う。
③ カーボンニュートラルに向けて掲げた目標に向けて自主的な排出量取引を行う場
高い排出量削減目標を自主的に掲げ、その達成に向けた取組の推進・開示と、カーボン・クレジット市場を通じた自主的な排出量取引を行う。
(※3)「GXリーグ基本構想」
(https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GX-league/gxleague_concept_2.pdf)
(2) GXリーグにおける排出量取引制度(GX-ETS)
排出量取引制度は、国や企業ごとに温室効果ガスの排出枠(キャップ)を設け、その排出枠を超えて温室効果ガスを排出した国や企業が、排出枠が余った国や企業から排出枠を購入するという取引を行う制度をいいます。これまで、我が国では、東京都や埼玉県など一部の条例に基づくものを除き、排出量取引制度は導入されていませんでしたが、上記(1)の③のとおり、GXリーグにおいて自主的な排出量取引の制度(GX-ETS)が設けられることになりました。
GX-ETSは、企業に参加が義務付けられるものではなく、自主参加型であることが特徴で、企業が自主的に目標設定をし、企業の自主努力で削減目標を遵守する制度であり、法的な枠組みに基づくものではありません。その基本コンセプトとして、①企業自ら野心的な削減目標水準を設定、②未達時はその事実と理由を説明、③東証と連携してカーボン・クレジット市場の創設に向けた検討、④価格の将来予見性を高める方策の検討があげられています(※4)。
GX-ETSは、2023年度から2025年度を第1フェーズとして試行的に開始され、2026年度から第2フェーズとして本格稼働し、2033年度から更なる発展として発電部門に対する段階的な有償オークションを導入することがGX-ETSの制度設計の議論の中で検討されています。GX-ETSの制度設計の議論においては、第2フェーズでは、「①政府指針を策定した上で、企業が設定した⽬標が指針に合致しているか等を⺠間第三者機関が認証する仕組みを導⼊し、⽬標からの超過削減分を取引対象とするとともに、②制度濫⽤者に対する指導監督等の規律強化を検討してはどうか。」といった提案もされており、第1フェーズの試行的な導入を踏まえてさらに制度を整えていくことが予定されているようです(※5)。
GX-ETSの第1フェーズに適用されるルールは、GXリーグのHPにおいて「GXリーグ規程」や「GX-ETSにおける第1フェーズのルール」が公表されており、そちらに詳細が記載されています(※6)。大まかな流れは以下のようになっています。
(出典:「GX-ETSにおける第1フェーズのルール」令和5年2月GXリーグ事務局
https://gx-league.go.jp/aboutgxleague/document/%E5%8F%82%E8%80%83%E8%B3%87%E6%96%993_GX-ETS%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E7%AC%AC1%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%81%AE%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%AB.pdf)
なお、現時点において制度上明確にはなっていないものの、GX-ETSの制度設計の議論においては、GX-ETSで認証された超過削減枠については、東京証券取引所に開設が予定されるのカーボン・クレジット市場(※7)で取引することが検討されています。
(※4)GXリーグにおける排出量取引に関する学識有識者検討会(第1回)資料02「来年度から本格稼働するGXリーグにおける排出量取引の考え方について」7頁を参照(https://gxleague.go.jp/aboutgxleague/document/02_%E6%9D%A5%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E6%9C%AC%E6%A0%BC%E7%A8%BC%E5%83%8D%E3%81%99%E3%82%8BGX%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%8E%92%E5%87%BA%E9%87%8F%E5%8F%96%E5%BC%95%E3%81%AE%E8%80%83%E3%81%88%E6%96%B9%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6.pdf)
(※5)GXリーグにおける排出量取引に関する学識有識者検討会(第3回)資料01「来年度から開始するGXリーグにおける排出量取引の考え方について(3)」5、6頁を参照(https://gxleague.go.jp/aboutgxleague/document/01_%E6%9D%A5%E5%B9%B4%E5%BA%A6%E3%81%8B%E3%82%89%E9%96%8B%E5%A7%8B%E3%81%99%E3%82%8BGX%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B0%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%8E%92%E5%87%BA%E9%87%8F%E5%8F%96%E5%BC%95%E3%81%AE%E8%80%83%E3%81%88%E6%96%B9%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6_3.pdf)
(※6)https://gx-league.go.jp/howtojoin/
(※7)東京証券取引所では、経済産業省からの委託事業として試行取引を行うカーボン・クレジット市場の実証を2022年9月22日に開始し、2023年1月31日に実証は終了しています。現在2023年10月を目途にカーボン・クレジット市場の売買を開始予定とされており、2023年6月9日には制度要綱が公表されパブコメが募集されています。(https://www.jpx.co.jp/news/2040/20230609-01.html)
終わりに
GX推進法の成立によって、本邦においても、今後、GX投資が一層活発になされることが予想されます。
もっとも、GX移行債ついては、現状まだその使途や具体的な金額を含め明確とは言い難く、今後の具体化が必要であると思われます。GX推進のために真に必要となる分野と具体的な金額を特定した上で、取り組みを進めていく必要があると思われます。
また、GXリーグで実施される予定の自主的な排出量取引(GX-ETS)についても、そもそもGXリーグへの参加が任意であることに加え、削減目標についても企業が自らの裁量で決定できるため、十分な削減効果を期待することが難しいのではないかという懸念も示されています。この点については、導入期ということもあり、今後十分な検討を経て、やがて実効性のある排出量取引となるように制度設計が進められるものと考えられますが、今後の動向が注目されます。
なお、2023年5月31日には、再生可能エネルギーの最大限の導入促進や、安全確保を大前提とした原子力の活用等について法律上の手当てをするため、脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律(GX脱炭素電源法)が成立しました。GXの実行に必要な施策は多岐にわたり、今後も多くの法令や制度改正がされるものと考えられますので、引き続き、その動向を注視したいと考えております。
以上