ブログ
【商標】英国判例紹介(Lidl vs Tesco)
2023.07.13
はじめに
ドイツで創業され英国に進出したスーパーマーケットLidlが、英国最大のスーパーマーケットチェーンTescoに対して、商標権侵害、著作権侵害、パッシングオフを根拠に2020年に訴訟を提起した事案において、英国及びウェールズ高等法院がLidlの主張の大半を認める判断を示しました。本稿では、特に文字要素を含む色彩付きの図形商標に関する類否判断を中心に、高等法院が示した判断を紹介します。
事案の概要
(1) Lidlについて
Lidlは1973年にドイツで創業されたスーパーマーケットであり、1994年にイギリスで1店舗目をオープンしました。Lidlは、以下に示すような、外周に沿って赤い輪が配置され黄色の円形の内側に、図案化されたLiDLの文字を配置し、円全体が青い正方形の中に配置された商標を使用しています。Lidlは、当該商標について、複数の登録商標を所有するとともに、Lidlの店舗、広告、製品等に広く使用してきました。判決では、この商標を「文字あり商標」と述べています。
出展:https://trademarks.ipo.gov.uk/ipo-tmcase/page/Results/1/UK00901779784
Lidlは、文字を除く図形部分のみについても、1995年(UK2016658A、UK2016658C、UK2016658D)、2002年(UK00902936185)、2005年(UK904746343)、2007年(UK00906560571)に商標を登録しました。判決では、この商標を「文字なし商標」と述べています。なお、Lidlがこれまで、文字なし商標を単独で使用することはありませんでした。
出展:https://trademarks.ipo.gov.uk/ipo-tmcase/page/Results/1/UK0002016658A
Lidlは「Big on Quality, Lidl on price」等のキャンペーンを通じて、ディスカウントスーパーマーケットの一般的な認識を変えるための努力を継続し、リドルのイギリス市場でのシェアは近年成長しており、2015年の約3.5%のシェアから2022年には7.2%のシェアに増加しています。
(2) Tescoについて
Tescoは1919年にロンドンのイーストエンドの市場で創業された英国の最大手のスーパーマーケットであり、2022年には英国市場の約26%のシェアを占めています。
Tescoは1995年から、買い物客への還元を目的とするロイヤリティ制度「Clubcard」を導入しており、2020年9月から個別の広告戦略として「Clubcard prices」キャンペーンを開始しました。当該キャンペーンでは、「Clubcard Prices」という文字を表示した黄色の円を青い正方形の内部に配した看板(以下、CCP表示といいます。)が使用されました。
CCP表示は、Tesco店舗、印刷媒体、ウェブサイト、ソーシャルメディア、バス停、テレビなどで広範に使用されました。テレビ広告では、スーパーマーケットで女性がClubcardを使って価格を下げる様子が「zapping」として描かれ、彼女が「zapping」するたびに、CCP 表示に新しい低価格が表示されました。
Lidleは、CCP表示の使用が、商標権、著作権侵害にあたり、パッシングオフにも該当するとしてTescoに対して訴訟を提起しました。
英国及びウェールズ高等法院の判断
(1) 商標権侵害について
(i) 「文字あり商標」について
ジョアンナ・スミス裁判官は、CCP表示が「文字あり商標」と類似しており、公衆はCCP表示と「文字あり商標」に関連性があると認識するであろうと判断し、
「本件では外観における類似性が重要な要素であり、文字要素が重要な差異を示していることは認めるものの、青い正方形の中央にある黄色の円の背景が与える、類似性の強い印象が排除されることはないと考える」、
「図形要素と文字要素の両方から構成される商標において、文字要素を支配的と判断することは必ずしも適切ではない」、
との判断を示しました。
なお、裁判には、Tescoの内部者が、CCP表示の開発段階で商標の類似性、混同の危険性を認識していたという注目すべき証拠が提出されました。また、口頭審理において、一般人二人が「CCP表示はLidlの商標に非常に似ている」、「明白な模倣」と証言しました。Tescoが2020年11月に実施したClubcard Pricesキャンペーンの評価のための調査では、屋外広告を見た276人の顧客のうち8%が、CCP表示をLidlの商標だと思ったと報告されていたことも明らかになりました。
(ii) 「文字なし商標」について
裁判官は、商標が有効に登録されているのであれば、商標は侵害されたであろうとし、「文字あり商標」の使用は、「文字なし商標」の使用を十分に証明しているとの判断を示しました。また、「文字なし商標」がLidlの商品の出所表示として、消費者に相当程度に認識されていることを示す調査結果も指摘しました。特に、YouGov(注1:英国のインターネットベースの市場調査及び、データ分析会社。)の調査では、回答者に文字なし商標を示し、「次の質問に答える前に、以下の画像をご覧ください。この画像は何だと思いますか?」と尋ねたところ、回答者の73%がLidlと回答しました。
しかしながら、Tescoは、Lidlが「文字なし商標」を使用する誠実な意図がなく、悪意でエバーグリーン(注2:同一の商標を再出願する行為。)を行い、5年間の不使用による取消を回避するために再出願して商標の独占を維持しようとしていると主張しました。裁判官は、1995年の文字なし商標に関するTescoの主張に同意し、「文字あり商標」の一部として、「文字なし商標」が現在使用されていると考えていたが、Lidlが文字なし商標の出願を行った当時、商標を使用する意図はなく、単に「法的な武器」を目的としていたと述べました。更に、2002年、2005年、2007年の他の登録は、不使用の制裁を回避するために同一の商標を再出願したものと結論付け、それらが悪意を持って申請されたため無効であるとの判断を示しました。
(2) パッシングオフ(注3:詐称通用ともいわれ、自己の商品/役務が他者の商品/役務と関連性があるかのように偽って通用させる不法行為。)について
Lidlは、TescoがLidlの商品と同じ品質の商品を、他のスーパーマーケットと同じか同等の価格で販売していると偽っている、と主張したところ、全体的には、多数の消費者が欺かれ、Lidlが損害を受けたと判断され、パッシングオフの成立が認められました。
(3) 著作権侵害について
判決では、「文字あり商標」について。文字、色彩、形状の組み合わせは、著作権保護を受けるに十分なものであり、CCP表示と文字有商標の外観を比較した結果、両者の著しい類似性は単なる偶然の一致ではなく、コピーの結果である可能性が高いと判断した。
おわりに
本判決では、文字要素を含む色彩付きの図形商標の類否を判断するうえで、文字要素が必ずしも支配的に判断されるものではなく、文字要素が異なっていたとしても、文字の背景にある図形商標が類似性の強い印象を与えている場合は、類似性が認められると判示されました。文字要素が異なるため外観は一見すると明らかに異なり、文字要素から生じる称呼も異なり、更に、図形要素の構成が黄色の円形を縁取る赤色の輪の有無において異なることを考慮すると、青色の正方形に黄色の円形を配置する図形要素に非常に重きが置かれた判断であったと考えられます。
この様な判断に至った理由としては、Lidlの「文字なし商標」が単独で高い認知度を誇っていることに加えて、Tescoが商標の類似性、混同の危険性を認識していたという証拠が提出されたという背景事情も、判断に相当程度の影響を与えたのではないかと考えられます。
また、本判決では、Lidlの文字なし商標登録について、商標を使用する誠実な意図がない登録、悪意のエバーグリーンであると判断され、無効であると判断されました。商標の使用意思や、不使用を回避するための再出願に対して、厳格な判断が示されることが改めて確認された事例ともなりました。なお、英国(欧州においても)では、異議申立、侵害訴訟において、必要に応じて使用証拠の提出が求められることから、商標の使用意思に重きが置かれる傾向にあると考えられます。商標の出願、登録商標の維持を検討する場合には、将来的な無効のリスクを踏まえ、商標の使用状況、使用意思を十分に確認することが望ましいと考えます。
なお、Tescoは現在もClubcard Priceキャンペーンを継続し、HP上にはCCP表示が使用されています。Tescoは、今回の判断に対して控訴提起して争う意向を示しており、今後の展開が待たれるところであります。
Member
PROFILE