ブログ
【欧州法務ブログ:アイルランド進出・アイルランド企業のM&A実施前に知っておきたい基礎知識】 第2回:事業譲渡に伴う従業員の雇用を保護する法律
2023.07.13
はじめに
アイルランドでは事業譲渡の場面において、譲渡対象事業に携わる従業員の雇用関係は原則として譲受会社に移転することを前提として、そのような従業員の権利を保護するための規則(注1、以下「本規則」といいます。)が制定されています。アイルランドの会社の事業を売却したり、買収したりする場合には、本規則が適用される可能性がありますので、本規則で課されている義務や手続の内容を正確に理解しておく必要があります。
なお、本規則は、EUの指令(注2)をアイルランド国内で実施するための国内法です。他のEU加盟国でも、EUの指令に基づき従業員の権利を保護するための同様の国内法が制定されていますが、同じEUの指令に基づき制定された国内法であっても、EU加盟国ごとに、その適用範囲や手続、違反に対する罰則等は同一ではありません。
本稿では、EUの指令を実施する本規則の特徴について御紹介します。
本規則の概要
(1) 適用範囲
本規則は、事業の全部又は一部が法律上の譲渡(賃借権の譲渡及び放棄を含む。)又は合併の結果、譲渡会社から譲受会社に移転することに伴い、譲渡会社の従業員の雇用関係が譲受会社に移転する場合に適用されます[1]。すなわち、本規則は、典型的にはある事業に関して、従業員の雇用関係を含めて、一括して譲渡人から譲受人に譲渡される場合に適用されます。加えて、本規則で明確には規定はされていないものの、内製していた役務を外注したり、若しくは外注先を変更したりする場合、又は外注していた役務を内製するような場合にも、本規則が適用される可能性があります。ただ、この場合、組織の一体性を維持しつつ、有形又は無形の資産の譲渡を伴うことが必要と解釈されています。例えば、労働集約型の活動(防犯セキュリティやクリーニングサービス)については、当該活動に従事する多数の従業員が譲受会社に移転するような場合、資産依存型の活動については、重要な資産が譲受会社に譲渡されるような場合です。
本規則は、譲渡会社の従業員の雇用関係が譲受会社に移転する場合に適用されるため、雇用主の変更がない株式譲渡により事業が売却される場合や破産手続を開始するために事業が譲渡される場合には適用されません。
(2) 譲渡会社及び譲受会社に課される義務
本規則が適用される場合、譲渡会社と従業員の雇用関係は、原則として譲渡前の雇用条件のまま譲受会社に引き継がれることになります[2]。したがって、従業員にとっては、継続的な雇用関係が維持されることになります。また、移転することになる従業員に関係する持株制度、利益分配制度、整理解雇に伴う任意手当、懲戒及び苦情その他の社内手続、競業避止や勧誘禁止義務等の雇用契約に定められている誓約事項についても原則として譲受会社に引き継がれることになります。もっとも、企業年金に関する事項は、譲受会社には引き継がれないとされています。
譲渡会社及び譲受会社は、原則として、事業の移転を理由に従業員を解雇することは認められていません[3]。経済的(’economic’)、技術的(’technical’)、組織的(’organisational’)な理由(一般的に「ETO事由」と呼ばれています。)により人員の変更を必要する場合にのみ解雇することが許容されます[4]。事業の移転により余剰人員が出るなど、真に整理解雇をする必要がある場合には、ETO事由に該当する可能性がありますが、このような場合、事業譲渡前に譲渡会社が整理解雇手続を実施するよりも、将来の事業予測を認識している譲受会社が事業譲渡後に整理解雇手続を実施した方が、一般的に公平に手続が実施されたと判断される傾向にあります。
(3) 譲渡会社及び譲受会社に課される手続上の義務
本規則が適用される場合、譲渡会社及び譲受会社は、次の情報を合理的期間内に、遅くとも移転日の30日前までに従業員代表に通知する必要があります[5]。
- 事業移転日
- 移転理由
- 移転が従業員に与える法的影響及び社会的並びに経済的な影響についての概要
- 従業員との関係で想定される措置
また、従業員との関係で何らかの措置を想定している場合には、譲渡会社又は譲受会社は、合理的期間内に、遅くとも移転日の30日前までに従業員代表と協議をする必要があります[6]。なお、従業員代表がいない場合、譲渡会社又は譲受会社は、従業員がその代表者を選択できる手続を定め、それでも従業員の代表者がいない場合には、各従業員に上記の情報を通知する必要があるとされています[7]。
(4) 本規則に違反した場合
本規則の適用を制限したり、違反する内容の合意は無効とされています。雇用主が本規則に違反したと疑われる場合には、従業員等は、当局に苦情を申し立てることができるとされています[8]。違反が認定された場合には、次のような制裁を課される恐れがあります。
- 情報通知義務又は協議義務に違反した場合、4週間分の給料を超えない限度で従業員への賠償金の支払
- その他の義務違反の場合、2年分の給料を超えない限度で従業員への賠償金の支払
***
(注1)The European Communities (Protection of Employees on Transfer of Undertakings) Regulations 2003 (S.I. No. 131 of 2003)))
(注2)Council Directive No. 2001/23/EC of 12 March 2001 (OJ No. L. 82 p16 22.03.2001)
***
[1] 本規則第3条1項
[2] 本規則第4条1項
[3] 本規則第5条1項
[4] 本規則第5条2項
[5] 本規則第8条1項
[6] 本規則第8条4項
[7] 本規則第8条6項
[8] 本規則第10条1項
※本ブログは、TMI総合法律事務所の外国法共同事業先であるSimmons & Simmons LLPアイルランド ダブリンオフィスパートナーのディビッド・ブランガム弁護士(アイルランド法、イングランド&ウェールズ法)の協力を得て作成しました。