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【労働法ブログ】職場内のいじめ・嫌がらせ事案への対処法
2023.07.24
はじめに
職場内における「いじめ・嫌がらせ」事案が後を絶ちません。
厚生労働省の公表資料によれば、令和4年度に総合労働相談コーナーに寄せられた個別労働紛争相談のうち、最多の相談内容が「いじめ・嫌がらせ」に関するものであり、11年連続で最多であるとのことです(※1)。
※1:厚生労働省プレスリリース https://www.mhlw.go.jp/content/11909000/001114181.pdf
「いじめ・嫌がらせ」(ハラスメントを含む)が個人の尊厳・人格を傷つけるものであって許されないことは、もはや言及するまでもないと思います。昨年9月、日本政府のガイドラインとして「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定されましたが(※2)、企業内における「いじめ・嫌がらせ」の問題は、企業が直面し、かつ対処すべき最も身近な人権問題です。
※2:経済産業省「ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて~」https://www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/index.html
もっとも、上記の統計資料からは、いざ具体的な事案が発生した場合に、適切に対処できていない会社が多いこともまた事実であるように思います。
そこで、本記事では、自社内で「いじめ・ハラスメント」事案が発生した場合に、会社がとるべき対処法について、対処すべき理由とともに概観したいと思います。
法規制について
(1)「いじめ・嫌がらせ」事案への必要かつ適切な対処は法律上の義務
労働契約法5条により、使用者は、従業員がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすることが義務付けられています(いわゆる安全配慮義務)。
この点に関連して、男女雇用機会均等法11条、労働施策総合推進法30条の2並びに男女雇用機会均等法11条の3及び育児介護休業法25条により、事業主は、いわゆるセクシャルハラスメント・パワーハラスメント・マタニティハラスメントにより従業員の就労環境が害されることのないよう、従業員からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じることが義務付けられています。
この「雇用管理上必要な措置」の具体的内容は、厚生労働省が作成する指針(※3)にて詳細に記載されていますが、本項との関係で特に重要なものが次の3つです。
- 相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備
- 事後の迅速かつ適切な対応
- 相談者のプライバシーを保護し、相談したことや調査に協力したことを理由に不利益な取り扱いをしないこと
※3:
事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605548.pdf
事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605661.pdf
事業主が職場における妊娠、出産等に関する言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針
https://www.mhlw.go.jp/content/11900000/000605635.pdf
なお、セクシャルハラスメント・パワーハラスメント・マタニティハラスメントにあたらない「いじめ・嫌がらせ」問題については、上記指針の雇用管理上必要な措置の対象とはされていません。
もっとも、特に相談の段階では、相談内容が上記のいずれかの類型にあてはまるか必ずしも明らかでない場合が多く、またいわゆる安全配慮義務との関係でも、上記の類型以外の「いじめ・嫌がらせ」問題についても、上記指針の内容と同様の対応を履践することが求められていると言えるでしょう。
以上のとおり、「いじめ・嫌がらせ」問題に対して必要な体制を整備し、適切な対応を採ることは法律上の義務とされています。
(2)必要な体制整備は投資判断にも関わる重要な問題
また、上記指針に掲げられた必要な措置を採ることは、単に法律上の義務というだけでなく、投資家の投資判断にも関わる重要な問題となっています。
コーポレートガバナンス・コード原則2-5及び補充原則2-5により、上場会社は、従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行わなければならいとされ、具体的には、経営陣から独立した窓口を設置し、情報提供者の秘匿と不利益取扱いの禁止に関する規律を整備する必要があります。
また、企業内容等の開示に関する内閣府令等の改正に伴い、2023年3月期の有価証券報告書からは、「人的資本」に関する開示が求められています。具体的には、人材の多様性の確保を含む人材育成に関する方針及び社内環境整備に関する方針(例えば、人材の採用及び維持並びに従業員の安全及び健康に関する方針等)が必須記載事項とされ、従業員の安全(「いじめ・嫌がらせ」問題に限りません。)にどのように配慮しているかを有価証券報告書にて開示することが求められています。
このように、内部通報制度といった形で、「いじめ・嫌がらせ」問題に対処できる十分な体制を整えているかどうかは、投資家にとっても重要な関心事の一つとなっています。
会社の事業を担う主体が一人一人の従業員であることからすれば、従業員の働きやすい環境づくりがなされているかという点が投資判断にとって重要であることは、ある意味で当然の帰結とも言えます。
会社にはこの点を十分に認識したうえで、必要な対応を採ることが求められています。
具体的な対処法
「いじめ・嫌がらせ」事案への対処は、主に①覚知→②調査→③事実認定・評価→④対処・改善の4つのステップに沿って進むことになります。
以下ではそれぞれのステップについて、基本的な留意点を確認します。
(1)覚知
上記2で確認したとおり、会社には、従業員からの「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」を行う義務があります。
「いじめ・嫌がらせ」事案は、類型的に会社が覚知しにくい問題であることから、事案が発生した際にできるだけ早期に覚知できるようにする観点からも、上記のような体制を構築することは非常に重要なことであると言えます。
(2)調査
上記2で確認したとおり、会社には、「いじめ・嫌がらせ」事案が発生した場合には、「迅速かつ適切な対応」を採る義務があります。
そのため、会社が「いじめ・嫌がらせ」事案を覚知した場合は、事実関係を確認するため早期に調査を開始することが不可欠です。この点、「いじめ・嫌がらせ」事案を覚知したにもかかわらず、調査を怠り事態を放置した場合には、そのこと自体が従業員に対する安全配慮義務違反と判断される可能性があることに注意が必要です(東京高判平成29年10月26日労判1172号26頁等)。
調査の具体的な手法は様々存在しますが、いずれの手法であっても以下のポイントにはご留意いただく必要があると考えます。
① 相談者のプライバシー保護
上記2で確認したとおり、会社には「相談者のプライバシーを保護」する義務がありますので、当該事案について誰が会社に相談したかという点が被調査者に露見しないように最大限配慮する必要があります。
事案の性質上、配慮した場合であっても相談者が誰かが明らかになってしまうケースはありますが、そのような場合は予め相談者にその懸念を共有するなど適切に対応しなければ、相談体制に対する信頼性が失われ、形骸化してしまうおそれがあります。
② 調査対象(争点)を明確に
当職の経験上、会社担当者が実施したヒアリングメモを拝見することがありますが、調査対象を明確に意識しないままにヒアリングを実施したがために、重要な争点についての調査(ヒアリング)が十分行われていないという事象が時折見受けられます。
この場合には、再度のヒアリングが必要になってしまい、調査者・被調査者双方の負担が増えてしまうことになります。
調査を実施するにあたっては、予め調査のポイントを明確にしたうえで臨む必要があります。
(3)事実認定・評価
どのような事実があったのかを確定するにあたっては、関係者の供述のみを根拠とせざるを得ないことも少なくありません。そのため、供述の信用性をどのように判断するかが問題となりますが、考慮要素となる重要なポイントについていくつか説明します。
①客観的証拠や明らかな事実との整合性
客観的証拠や明らかな事実と整合する供述は信用性が高いと言える一方、これらに反する供述の信用性は低いと言えます。
なお、供述の一部のみが客観的証拠に反する場合に、その一部が調査対象(争点)との関係で重要でないときは、供述全体が信用できないとまで判断することはできない(単にその点について記憶違いをしているにすぎない可能性がある)ことに留意する必要があります。
②不利益事実の自認
自らに不利益な事実を認める供述は、基本的に信用性が高いものと言えます。
ただし、客観的証拠や明らかな事実と矛盾している、不利益事実を自認することについて供述者にメリットがある(第三者をかばうなど)、そもそも供述者が「不利益」事実だと認識していない、などといった事情がある場合は、例外的に信用性が高いとは言えないことに留意する必要があります。
③供述の変遷
合理的理由なく変遷する供述は信用性が低いと言えます。
なお、供述の一部が変遷している場合に、その一部が調査対象(争点)との関係で重要でないときは、供述全体を信用できないとまで判断することはできない(単にその点について記憶違いをしているにすぎない可能性がある)ことは①と同様です。
④供述態度・虚偽供述の動機といった主観的事情
客観的証拠が存在せず、事実認定が困難に陥った場合には、関係者の供述態度や虚偽供述の動機といった主観的事情により、事実認定を行ってしまいかねません。
しかし、これらの事情は事実認定においてはあくまでも補足的な事情であり、これらのみを根拠として供述の信用性を判断することは、誤った事実認定の危険があることに留意する必要があります。
(4)対処・改善
上記2で確認したとおり、会社には、「いじめ・嫌がらせ」事案が発生した場合には、「迅速かつ適切な対応」を採る義務があります。
そのため、「いじめ・嫌がらせ」事案が発生したと認定された場合には、速やかな問題への対処・改善対応が不可欠です。上記(2)のとおり、「いじめ・嫌がらせ」事案を認識したにもかかわらず、事態を放置した場合には、そのこと自体が従業員に対する安全配慮義務違反と判断される可能性があります。
この点、従業員が安心して働ける職場づくりという観点からは、加害者に対する懲戒といった一回的対応のみでは必ずしも十分ではなく、同じ事態を発生させないために再発防止策を講じ、かつ再発防止策が事後も機能しているかという点について継続的にチェックすることが重要になります。
最後に
本稿では、会社の立場から「いじめ・嫌がらせ」事案への対処法等を概観してきました。
もっとも、「いじめ・嫌がらせ」事案で最も辛い思いをしているのは、被害を受けている当事者本人だと思います。不幸にもそのような事態に遭ってしまった場合には、我慢する必要はありません。会社の相談窓口に相談するとともに、休職制度を利用するなどして辛い状況から一時的に離脱するなど、自身の心身の安全を最優先に考えて行動していただければと思います。
そして、会社には、従業員にそのような思いをさせないよう、安心して働ける職場づくりを心掛けていただければと思います。
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