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【欧州法務ブログ:グリーンウォッシュ規制への動き】 第1回:フランス
2023.07.27
はじめに
SDGsへの取り組みは企業のブランドイメージ向上に貢献することから、環境に配慮した自社製品の宣伝やかかる事業活動の報告によるアピールは、近年メディアで頻繁に見聞きするようになりました。しかし、ビジネス戦略の一環として環境問題に真摯に取り組んでいるように見せかけて、実態が伴わない「グリーンウオッシュ」を行う企業も増加しており、消費者保護を目的とした法規制の整備が進んでいます。
欧州委員会は、2023年3月22日付で「グリーンクレーム指令(案)」を公表しました[1]。これにより、自社製品・サービスに関して「カーボンニュートラル」「ネットゼロ」「環境にやさしい(エコフレンドリー)」などの表現を宣伝・ソーシャルメディア・包装に用いる企業は、外部機関により検証されたエビデンスを公表することが義務付けられます[2]。当該EU指令は18か月以内の国内法化が必要であることから、順調に行けば、2026年頃に加盟各国において上記の義務が施行されることになります。
フランスでは、すでに同じ趣旨の法規制が整備され、2023年1月から環境配慮をうたう製品やサービスの宣伝広告規制が実施されています。本ブログでは、グリーンウオッシュ排除に向けたフランスの取り組みをご紹介します。
環境配慮のキャッチフレーズに関する制限 - 環境法典の観点から
2021年8月22日付の「気候変動への対処およびその影響に対するレジリエンス強化に関する法律[3]」により、企業の環境保全に向けた取り組みのアピール(グリーンクレーム)に関する法規定が環境法典に新設されました。続いて、2022年4月13日付で、同法の施行令(デクレ)[4]が公表され、広告・宣伝で「カーボンニュートラル」などの表現を用いる場合の要件が明らかにされました。
グリーンクレームに関する法規定が2023年1月1日付で発効したことを受け、企業は、自社製品やサービスの宣伝・広告において「カーボンニュートラル」「ゼロカーボン」「ゼロカーボンフットプリント」「クライメイトニュートラル」「カーボンオフセット」「100%オフセット」などの環境に関するクレームをする場合、これらの環境配慮をうたう製品やサービスの一つ一つについて、(1) ライフサイクル全体にわたる温室効果ガス排出の年次収支報告書[5]を作成し、(2) カーボンフットプリントに関する概要書、及び、温室効果ガス排出削減やオフセットまでのプロセスに関する概要書をネット上で公表しなければなりません。
概要書の形式は自由ですが、(1) 温室効果ガス排出の収支報告書および当該報告書の作成に用いたアプローチの説明を行い、(2) 広告宣伝の対象となった製品やサービスにかかる温室効果ガス排出の年次収支報告書が公表された時から少なくとも10年間にわたる温室効果ガス排出削減想定軌道を、定量化した年次進捗目標を別紙にまとめて概要書に添付し、そして (3) 残存排出量のカーボンオフセットの方法やカーボンオフセットに要する費用についても別紙で説明し、残存して排出される温室効果ガスが完全に吸収される(オフセットされる)ことを立証するものでなければなりません。
企業は、グリーンクレーム製品やサービスの流通・販売を継続する限り、概要書の内容を毎年検討し、想定していた温室効果ガス排出削減軌道に誤りがないことを確認しなければなりません。なお、カーボンオフセット前の製品やサービスの温室効果ガス排出量が2年連続して増加した場合、カーボンニュートラルな製品・サービスなどと広告宣伝することはできなくなりますのでご留意ください[6]。
これに加えて、フランス環境・エネルギー管理庁(ADEME[7])も、企業による「カーボンニュートラル」などのキャッチフレーズの乱用は誤解を招く恐れがあると警鐘を鳴らしていました。企業単位で「ネットゼロ」を目指すのではなく、サプライチェーン全体で脱炭素化に取り組むことの重要性をはじめ、温室効果ガスの排出量削減とカーボンシンクの増大を考慮した、地球規模での気候戦略の実施を推奨しています。
また、前述した「気候変動対策・レジリエンス強化法」は、2030 年までに1990 年に比べて温室効果ガス排出を40%削減するとするパリ議定書の目標を再確認するとともに、熱効率の悪い住宅の賃貸禁止や環境に顕著な影響を与える製品やサービスの広告宣伝についても規制しています。同法が2022年8月22日付で発効したことを受け、石油をはじめとする化石燃料[8]に関する宣伝行為が禁止されました。これにより、ガソリンスタンドなどをコマーシャルや映画・ドラマの背景で映し出すことはできなくなりました[9]。
消費者保護- 消費者法典の観点から
グリーンウオッシュ規制は、科学的根拠に基づき、本当に環境に配慮した製品やサービスを消費者が安心して購入・利用できる制度的枠組みを導入し、実施することを目的としています。この観点から、環境に及ぼす影響は、消費者が購入・利用を検討している製品やサービスのパフォーマンスの一要因と捉え、消費者の誤解を招くような環境配慮をアピールした虚偽の宣伝や誇大広告は、消費者の誤認を生む商慣習として禁止されています[10]。
フランスの広告業界自主規制機関であるARPP[11]は、加盟メンバーに向けてガイドラインやアドバイスを提供し[12]、独立行政機関である競争・消費・不正防止総局(DGCCRF[13])は、環境配慮をほのめかす宣伝広告をモニタリングし、違反があれば取り締まり、勧告処分、改善命令、罰金処分などを言い渡す権限を有します[14]。さらに、国立消費審議会(CNC[15])は、グリーンウオッシュとなる宣伝広告の法的枠組みについて解説したガイドブックを2023年5月に公表しました。ガイドブックには法的拘束力はありませんが、消費者の判断を助ける具体例が多く掲載され[16]、広く活用されるものと期待されます。
環境配慮やグリーンクレームに関する事例
(1)BNP Paribas(BNPパリバ)
金融機関は世界各地で展開される化石燃料プロジェクトに潤沢な資金を提供することから、カーボンフットプリントが高く、削減が求められていました。特に、欧州トップ、全世界5位の化石燃料プロジェクトのレンダーであるBNP Paribas銀行グループは、フランス全体の二酸化炭素排出量を上回るCO2を排出しています。これを見かねたNGOらは、2022年10月に、親会社及び経営を統括する企業の監視義務に関する法律[17]にもとづく環境配慮義務違反を3か月以内に是正するように催告しました。同行は、ウェブサイト上で、2030年までに石油採掘・生産への融資を8割、ガス採掘・生産への融資を2割削減することなどを発表しましたが、NGOらは不十分と判断し、2023年2月23日付でパリ司法裁判所に提訴したと伝えられています[18]。
(2)TotalEnergies(トタルエナジーズ)
2021年に商号がTotal(トタル)からTotalEnergies(トタルエナジーズ)に変更した際の宣伝広告にグリーンウオッシュがあったとして、グリーンピースをはじめとするNGOらが2022年3月2日付でパリ司法裁判所に同社を訴えました[19]。原告は、「被告は、ガソリンやガスなど事業による産物から排出されるCO2を自社のCO2排出量に含めずに、操業により排出されるCO2だけをデータ化しており、間違ったカーボンフットプリントを公表している。エネルギー移行のキープレイヤーと自ら位置付けて気候変動に適切しに対処しているとうたっているが、これに見合った投資を行っていない。」と主張しています。
被告は原告適格について争いましたが、パリ司法裁判所は2023年5月16日付でかかる主張を退けました。今後は争点についての実質的な審議が行われる見込みです。
[1] https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=COM%3A2023%3A0166%3AFIN
[2] 年間売上200万ユーロ未満かつ従業員数が10名未満の零細企業、並びに、すでに特定の法令により宣伝に用いることができる環境配慮基準が確立しているセクター(オーガニック食品、自動車のCO2排出や燃費、エネルギー効率ラベルの対象となる製品など)は、当該EU指令の適用を受けません。
[3] Loi n° 2021-1104 portant lutte contre le dérèglement climatique et renforcement de la résilience face à ses effets
[4] https://www.legifrance.gouv.fr/jorf/id/JORFTEXT000045570611
[5] フランス規格協会(AFNOR)などのISO認証サービス機関のカーボンフットプリントガイドラインに準拠して作成されたものでなければなりません。
[6] これらに違反があった場合、環境法典第L.229-69条に基づき、法人の場合、10万ユーロの罰金が科せられますが、違法な宣伝広告に要した費用相当額まで罰金額が引き上げられる可能性があります。
[7] Agence de l'Environnement et de la Maîtrise de l'Energie
[8] ガスについては、2023年7月1日から宣伝広告が禁止されます。
[9] 環境法典第L.229-63条にもとづき、法人に違反が認められた場合、10万ユーロの罰金が科せられますが、違法な宣伝広告に要した費用相当額まで罰金額を引き上げることが可能です。再犯の場合は、罰金の上限額が2倍となります。
[10] 消費者法典第L.121-2条。なお、量刑は、同法典第L.132-2条に基づき、懲役2年、罰金30万ユーロと定めてありますが、違反行為の重要度に応じて、年間売上高の1割相当額、もしくは、違法な広告宣伝にかかった費用の8割相当額まで罰金額を引き上げることができます。
[11] Autorité de régulation professionnelle de la publicité
[12] 持続可能な開発に関するガイドライン(仏語):https://www.arpp.org/nous-consulter/regles/regles-de-deontologie/developpement-durable/
[13] Direction Générale de la Concurrence, de la Consommation et de la Répression des Fraudes
[14] 2021年および2022年に実施された調査報告(仏語):https://www.economie.gouv.fr/dgccrf/bilan-de-la-premiere-grande-enquete-de-la-dgccrf-sur-lecoblanchiment-des-produits-non-0
[15] Conseil National de la Consommation
[16]「BIO」「ナチュラル」「サステナブル」「リサイクル可能」などの用語を商品やパッケージに表記する場合の使用基準などが詳しく解説されています。
[17] https://www.legifrance.gouv.fr/loda/id/JORFTEXT000034290626
[18] https://notreaffaireatous.org/wp-content/uploads/2023/02/Assignation-BNP-fossiles.pdf
[19] http://climatecasechart.com/wp-content/uploads/sites/16/non-us-case-documents/2022/20220302_15967_petition-2.pdf
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