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【裁判例】令和4年(行ケ)第10092号 審決取消請求事件
2023.09.22
判決の内容
特許法17条の2第3項(新規事項の追加の禁止)の規定に違反するとして第2次補正を却下したのは誤りであると判断し、拒絶審決を取り消した事例。
事件番号(係属部・裁判長)
知財高裁令和5年3月27日判決(判決要旨)(判決全文)
令和4年(行ケ)第10092号(知財高裁第3部 東海林保裁判長)
拒絶査定不服審判の請求不成立審決に対する審決取消請求事件
事案の概要
(1) 本件の経緯
発明の名称を「プログラム、対戦ゲームサーバ及びその制御方法」とする特許出願(特願2017-171341号)の出願人である原告は、拒絶査定を受けたため、拒絶査定不服審判を請求し、令和3年9月29日付けの拒絶理由通知に対して、同年11月5日付けで特許請求の範囲の一部を変更する手続補正(第1次補正)をし、令和4年4月5日付けの拒絶理由通知に対して、同年5月18日付けで、明細書の発明の詳細な説明と特許請求の範囲の一部を変更する手続補正(第2次補正)をした。第2次補正は、第1次補正後の特許請求の範囲の請求項1、7及び8の、ゲームにおける「強さ」を、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」と限定することを含むものであった。
(2) 本件審決の要旨
本件審決においては、第2次補正における請求項1、7及び8の、ゲームにおける「強さ」を、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」と限定する補正は、当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入するものであって、そのようにする補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内でなされたものではないとして、特許法17条の2第3項の規定に違反するものであるのとして、却下された。その理由は以下のとおりである。
ア 当初明細書等に記載された本願発明の課題は、「攻撃力及び防御力の合計値が乖離してしまう」ことに起因して、ゲームに対するユーザの興味を著しく低下させてしまうことであり、このような課題からすれば、「強さ」とは、「攻撃力及び防御力の合計値」のみであると認められる。
イ 当初明細書等には、「強さ」が、「攻撃力及び防御力の合計値」であることは記載されているものの、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が「強さ」であることまでは記載されておらず、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである」ことについては記載されていない。
ウ 「ゲーム」分野において、「ユーザ」の「強さ」に攻撃力及び防御力以外に、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が含まれるのは技術常識といえるが、当初明細書等において、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が、本願発明が解決しようとする課題を解決することは記載されていないし、出願時の技術常識を勘案しても、それは自明といえない。
主な争点に対する判断
(1) 結論
審決が、特許法17条の2第3項の規定に違反するとして第2次補正を却下したのは、誤りであり、原告の主張の取消事由が認められる。
(2) 理由
ア 発明の課題と技術的意義
(ア) 当初明細書等記載の発明の課題と技術的意義
当初明細書等の段落【0004】及び【0005】の記載の発明の課題として、対戦するユーザ同士のデッキの攻撃力及び防御力の合計値が乖離してしまう可能性があり、ゲームに対するユーザの興味を低下させてしまうことが記載されている。
当初明細書等記載の発明の技術的意義は、ユーザの強さの段階を基準として所定範囲内の強さの段階にある対戦相手を抽出することにより、従来のように対戦相手をランダムに抽出する場合に比べて、対戦相手間の強さに大差が出て勝敗がすぐについてしまう戦いの数を低減することができ、また、対戦相手の強さに一定のばらつきを含ませて対戦ゲームの難度を変化させ、ユーザのゲームに対する興味を増大させることにある。
なお、当初明細書等の段落【0004】乃至【0006】の記載は以下の通りである(下線は追記。)。
【0004】 しかしながら、従来の対戦ゲームサーバでは、対戦相手であるユーザをランダムに、又は所定の対戦カード等を有することのみを条件に決定するため、対戦するユーザ同士のデッキの攻撃力及び防御力の合計値が乖離してしまう可能性があり、ゲームに対するユーザの興味を低下させてしまうことがあった。 【0005】 特にユーザが初心者であって、攻撃力及び防御力の合計値が低い場合、対戦相手に係る攻撃力及び防御力の合計値の方が高くなる可能性が高く、対戦ゲームで負けてしまうことが多くゲームに対するユーザの興味を著しく低下させてしまっていた。 【0006】 従って、上記のような問題点に鑑みてなされた本発明の目的は、各ユーザに適した対戦相手を選択でき、ユーザのゲームに対する興味を増大させることのできるプログラム、対戦ゲームサーバ及びその制御方法を提供することにある。 |
(イ) 第2次補正後の明細書等記載の発明の課題と技術的意義第2次補正においては、令和4年4月5日付けの拒絶理由通知で通知された、第1次補正が特許法36条6項1号に規定する要件(サポート要件)を満たしていないという拒絶理由を解消するために、当初明細書等の段落【0004】及び【0005】記載の発明の課題が削除され、段落【0006】の記載が「本発明の目的は、対戦ゲームを不適切な強さの対戦相手との対戦が行われることを防ぐ」に補正された。また、第2次補正においては、特許請求の範囲について「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」と限定する補正が行われた。
この点に関して、原告は、第2次補正における段落【0004】及び【0005】の削除及び段落【0006】の補正は遡及効を有するから、特許請求の範囲について「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」と限定する補正が新たな技術的事項を導入しないものであるか否かは、第2次補正後の段落【0006】に基づくべきであり、当初明細書等の段落【0004】及び【0005】、第2次補正前の段落【0006】に基づくべきではないと主張した。
しかし、補正が「当初明細書等に記載した事項」との関係において新たな技術的事項を導入しないものであるか否かを判断する場合には、当初明細書等の記載に基づいて、そこに記載された技術的事項を明らかにする必要があるから、本件審決が、当初明細書等の段落【0004】乃至【0006】の記載に基づいて発明の課題を認定したことに誤りはないものと認められ、この点においては、原告の主張を採用することはできない。
もっとも、第2次補正後の段落【0006】の「不適切な強さの対戦相手との対戦が行われることを防ぐ」とは、ユーザの強さに比較的近い強さの相手との対戦が行われるようにして、対戦するユーザの強さに大きな差があるためにゲームに対するユーザの興味を失わせるような対戦が行われることを防ぐという意味であり、第2次補正前の段落【0004】、【0005】及び【0006】に記載されていたことと実質的に同じ内容を述べるものと認められる。したがって、当初明細書等に記載の発明と第2次補正後の明細書等に記載の発明は、課題を共通にするものであり、また、それらの技術的意義も同じであるものというべきである。
イ 取消事由の存否
当初明細書等及び第2次補正後の明細書等に記載の発明の技術的意義は、ユーザの強さの段階を基準として所定範囲内の強さの段階にある対戦相手を抽出することにより、従来のように対戦相手をランダムに抽出する場合に比べて、対戦相手間の強さに大差が出て勝敗がすぐについてしまう戦いの数を低減することができ、また、対戦相手の強さに一定のばらつきを含ませて対戦ゲームの難度を変化させ、ユーザのゲームに対する興味を増大させることにある。
そして、「ゲーム」分野における技術常識に関して、「ユーザ」の「強さ」に、攻撃力及び防御力以外に、体力、俊敏さ、所持アイテム数等が含まれることが本願の出願時の技術常識であったことは、当事者間に争いがない。
上記のような、対戦ゲームにおいて、強さに大差のある相手ではなく、ユーザに適した対戦相手を選択するという発明の技術的意義に鑑みれば、当初明細書等記載の「強さ」とは、ゲームにおけるユーザの強さを表す指標であって、ゲームの勝敗に影響を与えるパラメータであれば足りると解するのが相当であり、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」とすることは、発明の一実施形態としてあり得るとしても、技術常識上「強さ」に含まれる要素の中から、あえて体力、俊敏さ、所持アイテム数等を除外し、「強さ」を「攻撃力と防御力の合計値」に限定しなければならない理由は見出すことができない。言い換えれば、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定するか否かは、発明の技術的意義に照らして、そのようにしてもよいし、しなくてもよいという、任意の付加的な事項にすぎないと認められる。
そうすると、当初明細書等には、「強さ」の実施形態として、文言上は「攻撃力及び防御力の合計値」としか記載されていないとしても、発明の意義及び技術常識に鑑みると、第2次補正により、「強さ」を「攻撃力及び防御力の合計値」に限定せずに、「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータ」と補正したことによって、さらに技術的事項が追加されたものとは認められず、第2次補正は、新たな技術的事項を導入するものとは認められない。第2次補正は、当初明細書等に記載した事項の範囲内においてされたものであると認められ、特許法17条の2第3項の規定に違反するものではないというべきである。
したがって、本件審決が、第1次補正後の発明の「強さ」について、第2次補正により「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」と補正したことは新たな技術的事項を導入するものであるとして、第2次補正は特許法17条の2第3項の規定に違反すると判断して第2次補正を却下した(本件審決第2)のは誤りであると認められ、本件審決には、原告主張の取消事由が認められる。
コメント
特許法17条の2第3項には、補正は、「願書に添付した明細書、特許請求の範囲、または図面」に記載した事項の範囲を超える範囲内においてしなければならないと規定されている(新規事項の追加の禁止)。
この「願書に添付した明細書、特許請求の範囲、または図面」の解釈について、知財高判平20.5.30判時2009号47頁<ソルダーレジスト事件>は、以下のように判示している。
「明細書又は図面に記載した事項」とは、当業者によって、明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり、補正が、このようにして導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入しないものであるときは、当該補正は、『明細書又は図面に記載した事項の範囲内において』するものということができる。 |
ソルダーレジスト事件で判示された「明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において新たな技術的事項を導入しないもの」であるか否かに基づく新規事項の追加の禁止の判断に関して、以下の2点が実務上参考になると考えられる。
(1) 当初明細書に明示がない構成を加える補正の可否
裁判所は、「強さ」の実施形態として文言上「攻撃力及び防御力の合計値」としか記載されていないとしても、発明の意義及び技術常識に鑑みて、「強さ」を「数値が高いほど前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータ」と補正したことは新たな技術的事項の導入に当たらないと判示した。このことは、当初明細書に明示がなくとも発明の課題、意義及び技術常識を鑑みた補正の余地があることを示しており、当初明細書に明示のない構成を加える補正について興味深い示唆を与えている。
(2) 発明の詳細な説明が補正された場合においても、特許請求の範囲の補正が新たな技術的事項を導入しないものであるか否かの判断基準となる「明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項」は当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であること
審査過程においては、出願当初に想定していた対象技術とは異なる技術を権利範囲に含めようとして、当該異なる技術を包含するように特許請求の範囲の記載を上位概念化する補正を行う場合がある。この場合、「発明の詳細な説明に記載された、発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる」としてサポート要件違反の拒絶理由を受けることがある。当該拒絶理由を解消するために【発明が解決しようとする課題】の補正を行うことは、審査過程においてみられる手法の一つである。当該【発明が解決しようとする課題】の補正は有効であれば遡及効を有するから、当該異なる技術を含むように上位概念化された特許請求の範囲の補正が新たな技術的事項に該当しないものであるか否かが、(i)補正後の【発明が解決しようとする課題】を含む明細書等、又は、(ii)当初明細書等のどちらを総合することにより導かれる技術的事項に基づいて判断されるべきかが問題となる。
本事例においては、第2次補正における特許請求の範囲の「数値が高い程前記対戦ゲームを有利に進めることが可能な所定のパラメータである強さ」と限定する補正が新たな技術的事項を導入しないものであるか否かは、第2次補正後の段落【0006】等に基づくべきではなく、当初明細書等の段落【0004】及び【0005】、第2次補正前の段落【0006】等に基づくべきであると判示されている。すなわち、特許請求の範囲の補正が新たな技術的事項に該当しないものであるか否かは、(i)補正後の【発明が解決しようとする課題】を含む明細書等ではなく、(ii)当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項に基づいて判断すべきと判示されている。
審査過程においてサポート要件違反の拒絶理由を解消するために【発明が解決しようとする課題】の補正を行った後、更に、特許請求の範囲の補正を行うことは実務上行われ得る。このとき、当該特許請求の範囲の補正が新たな技術的事項に該当しないものであるか否かは、遡及効を有したとしても(i)補正後の【発明が解決しようとする課題】を含む明細書等ではなく、(ii)当初明細書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項に基づいて判断すべきであるということは、当然のようにも思われるが留意しておくことは実務上有効であると考える。
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