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【中国】【特許】知的財産局が「特許遅延審査のガイドライン」を発表
2023.10.10
中国国家知識産権局(CNIPA)は、2023年8月30日に、「特許出願の遅延審査に関するガイドライン」を発表しました。中国の「遅延審査」は、特許及び意匠出願のみに認められている、出願人の申し出により審査の開始を遅らせることができる制度です。今回は、このうちの特許出願に関する遅延審査のガイドラインが発表されました。
遅延審査制度に関する現行規定
遅延審査については、中国の専利法ではなく、専利審査基準に規定されています。遅延審査は、特許及び意匠出願で請求が可能であり、実用新案出願に対しては請求することができません。請求方法は、特許出願では、「実体審査請求書」に「1年の遅延審査を請求する」、「2年の遅延審査を請求する」、及び「3年の遅延審査を請求する」とのチェック欄があり、このいずれかにチェックマークを入れることで請求します。意匠出願では、願書に同様のチェック欄があります。
遅延期間は、審査請求日から開始されます。出願と同時に実体審査請求を行い、遅延審査を請求した場合であっても、出願日(優先日)から18か月経過後に、出願は公開されます。また、実体審査請求と出願公開の両方が完了した段階で、遅延審査請求の有無に関わらず「実体審査段階移行通知」が発行され、そこから3か月が自発補正可能期間となります。出願は、1~3年の遅延期間の満了後に、改めて実体審査の待ち行列に並ぶことになります。
ガイドラインの内容
(1)遅延審査請求のメリット
ガイドラインでは、遅延審査を請求することの、以下の5つのメリットが挙げられています。
① 出願を補正可能な状態のまま係属させておくことで、競合他社の研究開発を牽制し、競合他社が市場に参入するための経済的・時間的コストを増大させることができる。
② 標準化関連特許の出願について、標準化の動向を見ながら出願を補正する機会を得られる。
③ 実験データの補充、コンピュータ分野の記憶媒体クレーム、プログラム製品の保護等、審査基準の改正により認められるようになった新制度の利便性を享受することができる。
④ 製品のライフサイクルや市場の動向に応じて、審査を継続するか否か検討できる。
⑤ 権利化のタイミングを特許の販売開始時期等と合わせて調整できる。
(2)遅延審査の費用
遅延審査申請のオフィシャルフィーは無料です。
(3)遅延審査請求の主体及び時期
遅延審査は出願人のみが請求可能であり、特許出願に対する遅延資産を請求できるのは、上述の通り、実体審査請求時のみです。
(4)遅延期間
請求できる遅延期間は1年、2年、又は3年であり、この期間は、実体審査請求の発効日から起算されます。
したがって、出願日(優先日)から3年以内に、できるだけ遅く実体審査請求を行い、3年間の遅延審査を請求することで、実質的に出願日(優先日)から6年間、出願を審査されない状態に置くことが可能になります。
(5)請求方法
上述の通り、実体審査請求書の該当欄にチェックマークを入れることで請求します。
(6)遅延審査請求に対する審査
遅延審査請求に対する審査はなく、請求すれば自動的に認められます。遅延審査請求が認められたことは、「実体審査段階移行通知」の中に記載されます。
(7)注意事項
ガイドラインでは、以下の4つの注意事項が挙げられています。
① 特許出願に対する遅延審査請求は実体審査請求時にしか行えず、この機会を逃すと遅延審査を請求することはできません。
② 遅延審査を請求したことによって、出願に関するその他の期限は変更されません。
③ 特許出願に対して請求できる遅延期間は、1年、2年、又は3年です。
④ 中国国家知識産権局(CNIPA)は、必要な場合に遅延審査を終了して実体審査を開始する権限を有します。
現行の遅延審査の問題点
今般のガイドラインは、現行の専利審査基準に記載されている遅延審査に関する規定を繰り返すと同時に、遅延審査制度のメリットを強調するものです。したがって、ガイドラインは、新たな規定やルールを設けるものではありません。
現行の遅延審査制度の問題点として、出願人の立場からは、例えば以下の点で利便性が低いことが挙げられます。
① 遅延期間開始後に、通常1年程度である実体審査待ち行列に入るため、遅延審査を請求した出願の実際の審査着手時期が読みづらい。
② 遅延審査を請求しても、自発補正可能な時期は「実体審査段階移行通知」受領から3か月以内で変わらないため、遅延期間終了後に自発補正を行うことができない。
③ 実体審査請求書の提出時にしか遅延審査を請求できず、請求できる遅延期間も、1年、2年、又は3年の選択肢しかないため、柔軟性に乏しい。
④ いったん遅延審査を請求すると、請求の取消や、遅延期間の変更は認められない。
このような問題があるためか、筆者の知る限り、現状で遅延審査制度を活用している出願人は、比較的限定的です。具体的には、とりあえず出願して権利化の要否は追って検討する場合、他国のファミリ出願の審査を終えてから中国出願の審査を開始したい場合、重要な出願等について分割出願を補正可能な状態のまま残しておきたい場合等、できるだけ審査を引き延ばしたい場合に利用されることが多く、そのため、遅延期間は3年を請求するケースが大半のようです。
遅延審査制度の活用に関するコメント
上述の通り、筆者の知る限り、現状で遅延審査が活用されている場面は多くはありませんが、例えば以下のような利用方法も考えられます。
① プログラム関連特許については、近く予定されている審査指南改正にて、「記憶媒体」クレームだけでなく「プログラム」そのもののクレームが認められるようになる可能性が高いため、「プログラム」で権利化したい場合には、遅延審査を請求しておく。
② 特実同日出願制度を利用して、同じ技術に関する特許と実用新案を同日に出願する。実用新案出願は早期に権利化し、特許出願は可能な限り遅く実体審査請求を行った上で、遅延審査を請求する。このようにすれば、実用新案権を確保しつつ、市場・技術の動向や、実用新案権の権利行使・無効審判の状況に応じて、特許出願を補正できる期間を長く確保し、他社を牽制することが可能となる。
③ 出願直後に分割出願を行い、分割出願については早期公開請求、優先審査等を利用して早期に権利化する。親出願は、可能な限り遅く実体審査請求を行った上で、遅延審査を請求する。このようにすれば、市場・技術の動向や、分割出願による特許権の権利行使・無効審判の状況に応じて、特許出願を補正できる期間を長く確保し、他社を牽制することが可能となる。なお、親出願ではなく分割出願を早期権利化する理由は、中国では例外的状況を除き、親出願が権利化された後に分割出願から更に分割出願(いわゆる孫出願)を行うことが認められないためである。
上記は、遅延審査制度活用のアイデアの一部に過ぎず、今後、他にも様々な活用方法が考え出され、利用されていく可能性があります。近く予定されている審査指南改正では、遅延審査請求の後日の取消を認めるとの改正が予定されており、制度の利便性も少しずつ高められてく方向にあります。今般発表されたガイドラインには、遅延審査制度の利用を促進したいという中国国家知識産権局(CNIPA)の積極的な姿勢が感じられます。遅延審査制度に関する今後の改正動向、及び、国内外の出願人が同制度をどのように活用していくかについて、更に注目していきたいと思います。
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