ブログ
海外の資産運用会社等による拠点開設サポートオフィスの活用の現状と、資産運用立国に向けた取組の展望
2023.10.27
はじめに
2023年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023」(いわゆる「骨太方針」)にて『資産運用立国』の実現が掲げられ、2023年8月29日に金融庁が公表した「2023事務年度 金融行政方針」(「金融行政方針」)では、資産運用立国に向けた取組の推進として、
①資産運用会社等の資産運用力の向上及びガバナンス改善・体制強化
②スチュワードシップ活動の実質化
③新規参入の支援拡充等を通じた競争の促進
④運用対象の多様化
⑤国際金融センターの実現に向けた情報発信等の強化・環境整備
に取り組むとしている。
そして、2023年9月21日、岸田文雄首相はニューヨーク経済クラブでの講演で、「資産運用立国」の実現に向けた以下の施策を説明した。
①日本独自のビジネス慣行や参入障壁を是正
②新規参入者への支援プログラムを整備
③バックオフィス業務のアウトソーシングを可能とする規制緩和
④海外からの参入を促進するため、資産運用特区を創設(英語のみで行政対応が完結するよう規制改革し、ビジネス環境や生活環境の整備を重点的に進める)
金融行政方針では、資産運用立国に向けた具体的な政策プランは年内に策定するとあり、新しい資本主義実現会議の下で、資産運用立国分科会が開催され、また、金融審議会「資産運用に関するタスクフォース」が2023年10月から開催されている。
他方で、これらの施策に先立ち、日本の国際金融センター機能の強化として、金融庁・財務局は2021年1月に「拠点開設サポートオフィス」(Financial Market Entry Office)を開設し、新規に日本に参入する海外の資産運用会社等の登録に関する事前相談、登録手続及び登録後の監督が英語で行われている。
○金融庁「『拠点開設サポートオフィス』について(Financial Market Entry Office)」
また、上記の拠点開設サポートオフィスの取組のほか、これまで日本政府や地方自治体は、日本拠点開設を検討する外国人・海外金融事業者を対象に、モデル事業の実施や補助金の交付を行うなどの取組を行ってきた。
○金融庁「金融創業支援ネットワーク(モデル事業)」
○東京都「資産運用業の創業に係る補助金」
○大阪府「金融系外国企業等拠点設立補助金について」
○福岡県「福岡県金融機関等拠点開設補助金」
本稿では、海外の資産運用会社等による投資運用業、投資助言・代理業、運用業務に関連する第二種金融商品取引業(自社で運用するファンド等の販売業務)及び第一種金融商品取引業(外国投資信託の受益証券、外国投資証券等の販売業務)などに参入する際の英語での登録手続の対象などその概要を紹介するとともに、資産運用立国に向けた今後の取組を紹介する。
英語での登録手続・登録後の監督
海外の資産運用会社等について、次の①と②の条件に該当する場合には登録手続を英語で行うことができる。登録手続を英語で行った海外の資産運用会社等に対する監督は拠点開設サポートオフィスが英語で対応し、また、検査についても英語で対応がなされる。
なお、新規に日本に参入する海外の資産運用会社等のみが対象となるのではなく、既に金融商品取引業に登録している者が変更登録により変更登録を行おうとする場合も対象となる。
■条件①(登録申請者の属性)
以下のいずれかに該当する場合
(1) 日本で行う業務と同種類の業務を外国において行っている者
(2) (1)の親会社等、子会社等又は関連会社等
(3) (1)の役職員であった者(役員又は重要な使用人として申請する場合)
■条件②(行う業務の種類)
金融商品取引業の種類 | 対象の業務 |
第一種金融商品取引業 | 特定投資家を相手方として行うものであって、取り扱う有価証券が外国投資信託の受益証券、外国投資証券などの一定の有価証券のみであるもの |
第二種金融商品取引業 | 運用業務に関連する以下の(1)~(3)の業務 (1) 運用業者が自社設定した投資信託やファンドの販売業務 (2) 特定投資家を相手方として、グループ会社が運用する組合型ファンド(集団投資スキーム持分)の販売業務 (3) 投資法人の資産運用会社及び適格投資家向け投資運用業者のみなし第二種金融商品取引業に係る業務 |
投資運用業 | 全て対象 |
投資助言・代理業 | 全て対象 |
英語での業登録(変更登録)・届出が完了した例は、2023年9月末時点で27例である(変更登録による重複を含む。)。
業務の種別 | 件数 |
第一種金融商品取引業 | 2 |
第二種金融商品取引業 | 4 |
投資運用業 | 2 |
適格投資家向け投資運用業 | 2 |
投資助言・代理業 | 17 |
海外投資家等特例業務 | 1 |
○金融庁「英語での登録業者・届出者リスト」
金融商品取引業は「第一種金融商品取引業」、「第二種金融商品取引業」、「投資運用業」及び「投資助言・代理業」の4種類に大別される。
有価証券の取得の勧誘・販売を行うためには、その有価証券の種類に応じて、第一種金融商品取引業又は第二種金融商品取引業の登録が必要となる。
顧客資産やファンドの運用を行うには原則として投資運用業の登録が必要となるが、適格機関投資家等特例業務や海外投資家等特例業務も選択の俎上に上がる。
また、国内外の「適格投資家」を対象とする場合に限り、一定規模(運用財産総額200億円以下)以下の投資運用業(「適格投資家向け投資運用業」)について、
・取締役会が不要
・最低資本金が1,000万円
・いわゆるプロ向け運用業であることに鑑み、人的構成要件の一部を緩和
など、通常の投資運用業より参入規制が一部緩和されている。
人的構成要件の緩和として最も大きな点は、コンプライアンス業務の外部委託が可能とされているところであろう。
また、適格投資家向け投資運用業を行う者が運用する投資信託の受益証券等を私募の方法で行う取得勧誘について、通常、第一種金融商品取引業の登録が必要となる業務を第二種金融商品取引業とみなす登録要件の特例がある。
「最終的投資判断」と「投資権限」の委任は受けず、有価証券の価値等や金融商品の価値等の分析に基づく投資判断に関する助言を行う場合には投資助言・代理業の登録が必要となる。投資助言・代理業への参入は増えているが、その役割のひとつは日本拠点で日本企業などの調査・分析をして海外の親会社(投資運用会社や投資助言会社)に投資助言する業務である。また、機関投資家と海外の親会社を結びつけて投資一任契約や投資顧問契約の媒介や契約締結の代理を行う業務も投資助言・代理業の範疇となる。
資産運用立国に向けた今後の取組
日本政府は、資産運用立国に向けた取組の促進として、「資産運用会社やアセットオーナーのガバナンス改善・体制強化やスチュワードシップ活動(企業との対話)の実質化、国内外の資産運用会社の新規参入の支援拡充・競争促進」、資産運用力の向上及び運用対象の多様化に向けた環境整備等を通じて、資産運用業等を抜本的に改革する」とし、これらの取組を含む具体的な政策プランは年内(2023年)にまとめられる予定である(注1)。
例えば、投資運用業の登録要件の緩和として、適切な品質が確保された業者へのミドル・バックオフィス業務の外部委託を可能とし、投資運用業の参入要件(資本金・体制整備等)を緩和することが議論されている(注2)。これは、シンガポールや欧州では資産運用会社のコンプライアンス業務について外注を受ける大手業者が存在すること、新規に算入する外資系の運用会社にとって、コンプライアンス業務の知識・経験を有し、かつ、英語でやり取りできる人材を確保することが難しいとの声が聞かれること、ミドル・バックオフィス業務は大手運用会社にとっても非常に負担が重いといった課題の指摘を受けてのものである。
こうしたミドル・バックオフィス業務の委託先について、参入規制、行為規制(善管注意義務等)を課すなど当局による監督の対象とすることが議論されている。外部委託する場合であっても、委託者には委託先の管理を行うことが必要であるが、委託者と委託先の権限と責任の範囲を明確にすることが必要と思われる。
注1 2023年6月16日「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」
注2 2023年10月18日金融審議会「資産運用に関するタスクフォース」(第2回)事務局説明資料