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特許棚卸の判断基準について
2023.11.20
はじめに
特許の棚卸しとは、自社が保有している特許出願や特許権(本稿では併せて「特許」と言います。)について、必要性が高いものとそうでないものを整理した上で、維持・放棄を選択することをいいます。特許は保有しているだけでも毎年、年金費用などの維持コストがかかるため、不要となった特許は放棄または売却するなど、定期的に棚卸を行うことが望ましいと言えます。特許を棚卸する際の判断基準については、自社の製品やサービスとは無関係な特許を一律で放棄するとする考え方もあります。しかしながらその場合、後々放棄した特許が自社の新製品や新サービスに使えることが判明した時にそれらの新製品・サービスを保護するような特許がすでに取得できないというリスクや、他社から特許侵害で警告を受けた時にそれに対抗するような特許を保有していないなどのリスクを抱えることになります。一方、上記のようなリスクを恐れて特許を放棄することに慎重になり過ぎると、毎年多額の維持コストが発生し、本来の知財業務に使うべき予算が圧迫されてしまうという事態も起こり得ます。特許の棚卸については毎年の固定費に直接影響する重要な検討事項であるにもかかわらず、その判断基準を曖昧にしたままである企業が多いのが現状であると思われます。今回は特許の棚卸しの判断基準について、その基本的な考え方についてご紹介したいと思います。
判断基準の軸について
特許の棚卸については、その判断基準が曖昧であると、特許を保有していないことによる将来的なリスクを懸念するあまり、結局ほとんどの特許を放棄することができない、ということになりがちです。また、部門間で判断が割れた場合(例えば、事業部門では維持すべきとし、知財部門では放棄すべきとした場合など)についても、他の部門の意見を尊重し、維持するという方向に行くことが多いと思われます。したがって、特許の棚卸を効率的に進めていくためには、棚卸の判断基準を明確にし、その判断基準に従ってある程度機械的に維持する・放棄する、の選択をしていくことが必要になると考えます。ここで、棚卸の判断基準としては、自社の業種・業態、製品・サービスの種類やライフサイクルの段階、自社のマーケットでのポジションなどによって異なってきますが、大枠としては、事業軸、技術軸、法律軸の3つの軸に沿って設定することが考えられます。
1.事業軸
最初の軸は事業軸になります。自社や他社の事業内容を考慮に入れた軸であり、実際のマーケットにおけるニーズを意識したものです。事業軸での評価項目としては、例えば、以下の各項目が挙げられます。
✓ 自社が特許にかかる事業を実施しているか或いは近い将来実施する可能性があるか
✓ 他社が特許にかかる事業を実施しているか或いは近い将来実施する可能性があるか
✓ 特許によってライセンス収益を得られているか
✓ 特許にかかる事業の競争環境は激しいか
✓ 自社製品・サービスへの特許の貢献度(寄与度)は高いか
自社や他社が現在実施している或いは近い将来実施する可能性がある事業にかかる特許や、特許によるライセンス収益を得られているものついては、自社の売上や利益に直接影響するため、残すべき特許になります。将来的に海外での実施を想定している場合には、少なくとも海外で出願或いは権利化されている特許については維持しておくべきということになるでしょう。また、事業への参入障壁が低く競争環境が激しい場合、特許はなるべく多く保有しておいた方が良いという判断になり得ますし、逆に、法規制が厳しいこと等の理由によって参入障壁が高く一部の企業によって寡占状態にあるような場合は、争いになり難い環境にあると言え、万が一の場合に備えて最低限の特許を保有しておけば良いということになります。さらに、その特許が、製品やサービスに対してどの程度貢献しているか(寄与度)についても重要な観点であると考えます。製品・サービス全体としては大きな売上や利益を上げている場合でも、その製品・サービス全体に対して特許が僅かしか寄与していない場合、特許を保有することよって得られる経済的利益よりも維持コストの方が高いということになります。なお、自社や他社が特許にかかる事業を実施しているか否かについては、職務発明規程において、いわゆる実績報奨金の定めがある場合においては、実績報奨金の算定に際して既に評価されていることも多く、それらの評価を流用することができる場合もあります。一方、出願時報奨金、登録時報奨金のように一律定められた報奨金を支払うのみで、実績を評価する報奨金の定めがない場合には、自社・他社実施の有無についてはあらためて確認を要する点には留意する必要があります。
2.技術軸
2番目の軸は技術軸になります。事業軸がマーケットにおけるニーズを意識した軸であるのに対して、技術軸は特許にかかる技術そのものの価値であるシーズを意識した軸になります。技術軸での評価項目としては、例えば、以下の各項目が挙げられます。
✓ 特許にかかる技術が一連の技術群の元となる技術(基本技術)であるか
✓ 特許にかかる技術の応用性や発展性は高いか
✓ 代替技術は存在していないか或いは代替技術が近い将来登場する可能性が高いか
✓ 技術開発への参入障壁が高いか
特許にかかる技術が、現時点で製品・サービスに使われていなかったとしても、一連の技術群の元となる技術(基本技術)であったり、その技術の応用性や発展性が高い場合は、将来的に何らかの製品・サービスに使われる可能性が高いと言えます。また、代替技術の有無についても重要な観点になります。特許にかかる技術よりも優れた代替技術がすでに存在する或いは近い将来、そのような代替技術が登場する可能性が高い場合には、現時点で保有している特許にかかる技術は早々に陳腐化してしまう恐れが高く、積極的に維持しておく必要性は低いと判断できます。さらに、高額な検査装置が必要になる、大型のプラント建設が必要になる、などの理由によって技術開発への参入障壁が高い場合については、他社が新規参入することが困難な領域であると言え、この場合も特許は最低限保有しておけば良いということになります。
3.法律軸
3番目の軸は法律軸になります。法律軸は、特許の権利範囲や、審査経過などの情報を元に、法律的な側面から特許を評価するものです。法律軸の評価項目としては、例えば、以下の各項目が挙げられます。
✓ 権利範囲が十分に広く他社が回避することが困難であるか
✓ 他社実施についての侵害検証が容易であるか
✓ 無効にされ難いか
✓ 情報提供や異議申立てなどが行われているか
特許の権利範囲については、権利範囲が十分に広く他社がこれを回避することは困難であること、他社実施についての侵害検証が容易であること、の2点が特に重要になります。これらの2点を満たす場合、そのような特許の存在は他社の実施に対する強力な抑止力になります。また、特許が無効にされ難いか否かについても考慮すべき項目になります。例えば、審査経過において一度も拒絶理由を受けることなく特許となったものについては、十分に先行技術調査が行われていない可能性があり、無効にされ易い特許である可能性があります。一方、審査経過において拒絶査定不服審判を請求しているものは、先行技術調査や新規性・進歩性の議論が十分にし尽されている可能性が高く、無効にすることは比較的難しい特許である可能性が高いと判断できます。また、審査中や特許登録後において他社から情報提供や異議申立てが行われている場合、自社では認識できていない他社製品・サービスにその特許が用いられている可能性があるため、なるべく維持しておいた方がよいということになります。
棚卸の進め方について
具体的な棚卸の進め方としては、特許を維持するか・放棄するかの判断に客観性を持たせるため、上述した3つの軸の各評価項目を用いてその判断基準をルール化することが必要になります。以下の特許棚卸フローチャートの一例では、上記で説明した事業軸、技術軸、法律軸の各評価項目の他、出願から3年以内のものと、商用ツールで算出した価値スコアの上位10%のものは全て維持する、の2点をデフォルト軸として設定しています。
上記のようなフローチャートを作成してルール化しておくことで、棚卸の判断に余計な労力や時間を割くことを回避することが可能になるだけでなく、個々の特許に関与した発明者間の不公平感を緩和することができると考えます。ルール化については特に決まった形式はなく、上記のようなフローチャートの他、例えば、各評価項目に重み付け(点数付け)をし、それらの合計点によって維持・放棄の判断をするなどが考えられます。また、同じ社内でも、事業内容や製品・サービスによって判断基準は異なってくる可能性あるため、同じ基準を別製品・サービスに適用することに違和感がある場合には、それぞれ個別に基準を定めておくことも検討に値します。また、どの部署が主体で棚卸を進めるかについてですが、事業軸は事業部で評価、技術軸は研究開発部で評価、法律軸は知財部で評価することが適切ですが、どこかの部署が最終的な決定権を持つ必要があります。この点については知財部が特許を専門的に扱う部署であることから、事業部と研究開発部の意見を取り入れつつ、知財部が主導する形で棚卸を進めるのが望ましいと考えます。
以上
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